第189話5.9 恩返し

「はぁー、本当に疲れたわ」

 領主の館地下でオバタ伯爵の尋問を終えた俺達は、地上部の応接室へとやって来ていた。

 そこで、お茶を飲んでいる。座っているソファーや部屋の調度品が悪趣味で落ち着かないのだが、本当に疲れていたのであろうヤヨイ、ソファーにもたれかかっていた。

「しかし、本当に綺麗に吐いたな」

「ええ、聞かれていない事までね。しかも、最後には、『私を奴隷にー』だもの本当に困ったわ」

 オバタ伯爵は、本当に洗いざらい吐いた、もう鞭が入るたびに恍惚とした表情で。スワの町に魔物をけしかけた事。トクガワ公爵に頼んで水竜を用意してもらった事。アリマの街への攻撃についても、トクガワ公爵が発案しヌマタ男爵の手の者が動いた事。

 更には、ヒガシナカの街での魔虫の氾濫への経緯なども教えてくれた。ただ本人は、狭間教には入信しているもののそれ程傾倒しておらず、教祖の黒龍が何処にいるのかとかトクガワ公爵がどう関わっているのかと言った詳しい事は、分からないと言っていた。

 あれ程、鞭と罵声に歓喜の声を上げていたオバタ伯爵だ。嘘は無いだろう。


 俺が尋問の様子を思い浮かべていると、ヤヨイも思い出していたのだろう顔が苦り切っていた。

 うんうん、よく分かるぞ。俺もカーチャ王女に言われた時は、そんな顔していたと思う。そんな事を考えて肯いていると、オバタ伯爵が戻って来た。


「ヤヨイ女王様。お食事の準備が出来ました。どうぞこちらへ」

「あ、うん、行くわ」

 執事もメイドも押し退けてヤヨイを促すオバタ伯爵だったが、少し顔に落胆の色が見える。きっとヤヨイに罵声をかけて欲しかったのだろう。

 だがヤヨイは御構い無しだ。ズンズン部屋を出て行く。あまり関わりたくないのかもしれない。

 その行動に出る気持ち本当によく分かる、俺のカーチャ王女への対応と同じだから。


 そして辿り着いた食堂で俺達は、遅めの昼食をとった。用意された昼食は突然現れた客に準備したにしては、豪勢なものだった。

 ちなみにオバタ伯爵に連れられて地上部へと出た時、執事が見せた驚愕の表情にはこちらも吃驚したが、それも一瞬だった。直ぐにオバタ伯爵が王家の使いだと告げると驚きなど無かったかのような素晴らしい対応を見せた。技術は一流のようだった。

 内心は、ビクビクしているのだろうが。

「お味はどうでしょうか? ヤヨイ女王様。当家のシェフは、ニッコウの街で修行を積んだ、一流の料理人です」

 ヤヨイの横に座って食事をとるオバタ伯爵がしきりに話しかけている。一方のヤヨイは、「ええ」とか「まあ」とか曖昧にしか答えていないのだが。それでも、最初の方は、「王女様はやめて」とか言っていたのだが、一向に変わらないオバタ伯爵に諦めたようだった。


「それでオバタ伯爵、こちらのお願いは聞いてもらえましたか?」

「はい、既に領主軍には、撤収の指示を出しております。条例の方も、即時執行の停止、これまでの被害者への復権と補償金の支払い、次の議会での廃止で話を進めています」

 余りにヤヨイが鬱陶しそうなので、俺が口を挟んでオバタ伯爵に地下でお願いした事について尋ねると、素晴らしい回答が返って来た。

「仕事が早いですね」

「はい、もちろんです! ヤヨイ女王様の為なら、この不肖オバタ ノブサダ全身全霊をかけて働かせていただきます!」

 爽やかな笑顔で決意を語るオバタ伯爵。だが、心の中では思っているはずだ、口で罵って欲しいと。鞭で叩いて欲しいと。現にヤヨイもオバタ伯爵の裏の心を読んだのだろう、嫌そうな顔をしている。ただ、その顔こそがオバタ伯爵にとってご褒美になっている事には気付いていないようだったが。


 そんな危ない雰囲気が嫌になった俺は、さっきから親子で仲睦まじくしているユウキさんの会話に混ざることにした。

「良かったですね。ユウキ君。お母さんも御無事で。しかも、とても健康そうで」

「はい。本当に有難うございます。トモマサ様には、ボクだけでなく母さんまで助けていただいて、返せない程の恩をいただきました。トモマサ様、この御恩どうやってお返ししたらいいでしょうか?」

 恩返しの方法を聞いてくるユウキさんだったけど、とてもいい笑顔で話すユウキさんに俺は思わず見惚れてしまって言葉が出ない。

「えっと、どうされましたか? ボク何か変なこと言いましたか?」

「い、いえ、大丈夫です。それより俺は、大したことしていないので恩返しなど気になさらずに」

 ぽけ〜っとしている俺を不審に思ったのだろう、ユウキさんが首を傾げて更に聞いて来たことでようやく、口が動いた。

「だ、ダメですよ。命の恩人に何もしないなんて、例えトモマサ様が何と言おうともあり得ませんから。だから、何でもいいんです。御恩を返させてください」

 真剣な顔で、言い返してくる、ユウキさん。やはりかなりのお人好しだ。

「あらー、ユウキちゃん。そんなに問い詰めてはダメよ。トモマサ様が困ってらっしゃるわ。少し時間を置けば、きっとトモマサ様もユウキちゃんにお願いしたい事が出てくるから。大丈夫よ」

 ユウキさんの余りの性急さに止めに入るユウキさんのお母さん。ただ、このお母さん気の所為か目線が周りの女の子達に向いている気がする。そして、最後に俺を見てニヤッて笑っている。

 何だか俺の背筋がゾクってする笑いだ。

「御礼ならアイさん。是非、巨乳の秘訣をお教え下さい」

 そこに口出しして来たのはヤヨイだ。オバタ伯爵に罵声の1つでも浴びせて話をぶった切って来たのだろう。何だか伯爵も満足そうな顔している。ちなみに、アイさんとは、ユウキさんのお母さんの名前だ。のんびりした雰囲気のおっとり美人で、奴隷に落とされた割には元気そうだ。聞けば、オバタ伯爵の奴隷は皆そんな感じらしい。

 プレイさえきちんとこなせば、肉体的にダメージを負うこともなく暮らせるそうだ。地下牢からは出れないけれど。

 そして問題の胸は、凄かった。いや、凄過ぎた。ちょっと引くほどだ。

 大きいと思っていたアズキの倍ぐらいありそうなのだから。

 個人的に胸の大きさに拘りは無いのだが、その大きさは拒否したい程だった。オバタ伯爵は、その胸がプレイに必要だと思って奴隷にしたようだったが。

 いや、個人的な趣味はどうでもいい、話を戻そう。

「そうは仰いますけど、ヤヨイ様、秘訣など分かりませんわ。特に何もしておりませんから。ですので、それを御礼と申されても困ります」

「くっ、自覚がないのか。それなら、私の屋敷に客員として招こう。そこで、私と共に生活すれば、きっと何か掴めるはずだ」

 アイさんの断りにも負けないヤヨイ。執念を感じる。意地でも逃がさないつもりのようだ。

「そんな、助けていただいて、その上、客員だなんてとても受け入れられません。せめて、身の回りのお世話だけでもさせて下さい」

「分かった! それならメイドとして雇おう。私の所は、給料はいいぞ。その上、身の安全も保証する。その胸を見て拐おうとする輩など瞬殺する戦力を揃えているからな」

 どうだ! とばかりにマリさんの顔を見る、ヤヨイ。この提案にマリさんも満足なようだ。

「お受けいたします」

 と肯いていた。

 熱い握手を交わす2人。ヤヨイの執念が実った瞬間だった。


「母さん、イチジマに行っちゃうの?」

 そこに口を挟んで来たのは、少し寂しそうなユウキさんだった。

「ええ、私は、ヤヨイ様の所で働いて受けた恩をお返しする事にするわ。大して返せないかもしれないけど、頑張ってくるわ。だからね、ユウキちゃんは、ちゃんとトモマサ様にくっ付いて行って受けた恩を返すのよ」

「はい、分かりました。恩を返せるまで、トモマサ様に付いて行きます」

 そうして親子の話は纏まったみたいだが、その話に肝心の俺が関与していなかった。

「ちょっと待って下さい。何だか親子で盛り上がってますけど、俺の意見を聞かずに決められても……」

「ダメ、ですか?」

 ちょっと落ち着いてって感じで声をかけただけなのに涙目で見つめてくるユウキさんに俺は、何も言えなくなった。どれぐらい沈黙が続いただろう、溜息と共にヤヨイが動いた。

「はぁ、全く。ちょっと待ってて」

 そう言い置いて、ユウキさんを連れて部屋を出て行くヤヨイ。

 残された俺達は、黙って食事を終えた。

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