第188話5.8 地下牢

 クイナさんがスイッチを押して、数十秒、辺りには沈黙が流れていた。

「あの、クイナさん? 何も変化がないようですけど?」

「そんなに焦って結論を出すべきではないわ。少し調べるから少し待ち下さい」

 沈黙に耐えかねた俺が口を開くと、そう言って、あたりを調べていくクイナさん。俺達は、黙ってそれを見ていた。


 しかし、確かにスイッチは動いたよな。

 その魔素の動きだけは分かったのだけど、それ以降が分からない。

 何も動いていないように思えるのだけど。

 もしかして昔のRPGゲームみたいに他の場所のドアが開くとかか? そんな面倒なギミックだったらどうしよう。などと考え事をしている間にクイナさんの調査が終わったようだ。

「分かりましたよ」

 そう言い置いて、クイナさんは壁の中に消えて行った。皆が、「「「え?」」」と戸惑っていると、また壁から出て来るクイナさん。

「ふむ、大丈夫そうですね。壁の向こうも異常はありません。行きましょう」

 そう言って皆を促して来た。

「あの、一体何が?」

「ああ、あのスイッチは、この壁を立体映像に変えるスイッチだったようです。恐らく、この道の事を知った領主辺りが、いざという時の脱出路として造ったのでしょうね。スラムの亜人達にこの道の情報がダダ漏れだとは知らずに」

 その言葉で俺は納得がいった。この差別意識の強い領主に、スラムの亜人の話なんて届くはずがないものな。なんて考えているとヤヨイが吐き捨てるように言った。

「無駄に敵を作るから、裏をかかれるのよ」

 全くその通りだ、と俺が同意しようとしたところでヤヨイが続けた言葉に俺達は固まってしまった。

「そんな奴が、巨乳エルフを独り占めなんて許さないわ」

 そう言って、壁を潜るヤヨイ。かなり巨乳エルフにご執着のようだった。


 そして残された俺達はというと、

「何してるのよ! 早く来なさい!」

 とヤヨイに呼ばれるまで固まっていた。


 潜り抜けた壁の先は、いわゆる地下牢のようだった。石造りの壁に分厚い鉄の扉が付いた牢屋が、左右に10部屋程見える。俺達は、その中の1つ、物置として使われている部屋に出たようだった。今は、その物置から出て、廊下の部分を歩いている。

「結構使われているみたいね」

「そうですね。8名程収容されていますね。解放しますか?」

 牢屋の中の魔素を探ったと思われるクイナさんの言に、ヤヨイが答える。

「いえ、後でいいわ。皆、今すぐ死ぬような事は無さそうだし、出して暴れられても困るから。それに、この中に巨乳エルフは見当たらないからね」

 あくまでも巨乳エルフが第一のヤヨイ。領主はいいのかと思うほどである。そんな事を考え苦笑しながら歩いていると、上に続く階段に突き当たった。

 警戒しつつその階段を上がっていくと階段の踊り場辺りで、何か変な音が聞こえて来た。


『パシーン! パシーン!』


「おい、もっとだ。もっと大きな声を出せ、そしてもっと激しく振れ!」

「も、申し訳ありません。旦那様。やっぱり私、こう言った事は、不慣れで……」

 合わせて聞こえて来る男女の声に耳を傾けていると、ユウキさんがワナワナと口を開いた。

「この声、母さんに似ている」

 その言葉にギョッとする一同。更に耳をすませて聞いて行く。

「ええい、言い訳をするな! 言われた通りやるんだ!」


『パシーン!パシーン!』


「お許し下さい。旦那様」


『パシーン!パシーン!』


 どうやら、この変な破裂音は鞭の音のようだ。

「ひょっとして、ユウキ君のお母さん、鞭で打たれている?」

 その俺の言葉に即座に反応したのは、ヤヨイだった。

「クイナ、すぐに入り口を探して」

「は!」

 短い返事だけを残して壁を調べたクイナさん、直ぐに隠し扉を発見し開閉ボタンを押した。

 重々しく開いて行く扉、その先に見えてきたたものは――

 裸でロープに縛られている男とどうにもなボンテージの衣装を着て鞭を振るっている女だった。

 中の男女と目が合う俺達。其々に言葉無く呆然としていた。


「母さん!」

 余りに不可解な光景に呆然としていた俺達だったが、ユウキさんの言葉で我に帰った。そして、その言葉に我に帰ったのは、部屋の中の人物も同じだった。

「何者だ!」

「まぁ、ユウキ」

 中の2人がこちらを見て叫ぶ。女性の方は、ユウキさんのお母さんで間違いないようだった。今2人は、抱き合って再会を喜んでいる。その横で、男を見ていたヤヨイは溜息をついていた。

「はぁ、ずいぶん間抜けな格好ね、オバタ ノブサダ伯爵」

「な、貴様、何者だ! なぜ俺の名を知っている」

 突然入って来た輩に名前を呼ばれて驚いたのだろう、オバタ伯爵が狼狽している。

「何者か。そうね。王家の使いと言っておこうかしら。貴方には、王家よりスワの町への魔物襲撃教唆の罪で令状が出ているわ。同行してもらおうかしら」

「な! 何を証拠に!」

「証拠ね。シオジリの領域で捕まえたテイマーが吐いたわよ」

「な、そんな奴は知らん!」

 そう言ってシラを切るオバタ伯爵にヤヨイが悪い笑みを浮かべてつぶやいた。

「ちょうど良いわ。ここで、ちょっと尋問しましょう」

 そして、オバタ伯爵に近づいて行くヤヨイに縛られたままの伯爵は、身動ぎもせず固まっていた。

「吐くなら、今のうちよ」

「貴様に話すことなどない」

「ふーん、威勢が良いわね。ならこれならどうかしらね」

 そう言ってヤヨイが取り出したのは、ユウキさんのお母さんからいつの間にか受け取っていた鞭だった。その鞭を手でペチペチしながらオバタ伯爵を睨むヤヨイ。

 そのヤヨイを見たオバタ伯爵……何故か息が荒かった。


「どう、吐く気になった?」

 悪どい笑顔で尋ねるヤヨイ。そのヤヨイにオバタ伯爵は荒い息のまま答えた。

「あ、あの、は、話したら、その鞭で、叩いてくれますか?」

「は? 逆じゃ無くて?」

「はい、全て話します。ですので、その鞭で、私を思いっきり叩いて欲しいのです! 虐めて欲しいのです! お願いします!」

 ロープで縛られたまま土下座するオバタ伯爵が叩かれている所を想像しているのだろう。

 トロンとした顔をしている。オバタ伯爵、本物のマゾの様だった。流石のヤヨイもドン引きである。

「えっと、誰が叩いても良いのかしら?」

 自分でやりたくないのだろう。ヤヨイが恐る恐る口を開く。

「いえ、ダメです。亜人の貴女が、良いのです。それも、先程のゾクリとする様な笑みを浮かべてお願いします。女王様。何でも話します。ですから、お願いです」

「女王様」

 ヤヨイでないとダメなようだった。更に頭を擦り付けてお願いしてくるオバタ伯爵にヤヨイ、戸惑いながらも仕方なく許可を出した。なにしろ、全て話してくれるそうだから。やらない手はないと言う事で。


 そして、響き渡る鞭の音とオバタ伯爵の喜悦の声は、それから数時間続いた。

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