第187話5.7 エルフの事情
「それじゃ、説明するね。ボクの名前は、ユウキ。当年取ってハタチ。でもエルフだから全然若者だけどね」
そんな言葉で始まった、ユウキ君の話を俺たちは聞いて行く。ちなみに余りに臭いので、建物の中に臭い消しの生活魔法をかけた。直ぐそこに下水が流れているので効果は一時的だが、かなり臭いはましになっていた。
ユウキ君、生まれはチチブの山奥にあったエルフの里だったらしい。ただ、小さい頃に里を人族の盗賊に滅ぼされて家族3人で逃げ出したそうだ。他の人達も同様に逃げ出したのだが、固まっていると人族に狙われるとかでバラバラに逃げたらしい。そしてしばらくは、森の中を転々としながら暮らしていたそうだ。
だが、ある時事件が起こった。
「父さんが、魔物の狩をしている時に片腕を失う大怪我をしてしまってね。森では暮らせなくなってしまったんだ。それで仕方なくこのカンラの街に来て、スラムで隠れて暮らしていたんだ。亜人への差別が厳しい街だけど、スラムの中には同じような境遇の人がたくさんいてね。何とか暮らせてたんだ。だけど、そこでまた問題が起きたんだ」
辛い話になっていくのだろう、ユウキ君の顔が段々暗くなって行く。
「流行病があってね。父さんは呆気なく亡くなってしまったんだ。そして、その病はボクにも……」
そして声まで小さくなって行くユウキ君、それでも何とか話を続ける。
「その病を治すために、母さんはスラムの顔役に借金をして治療師を呼んだんだ。けど、この治療師が悪かった。どれだけ回復魔法をかけても病を治せなったんだ。それでも、魔法をかけたんだからと治療師は金をふんだくって帰ってしまったそうだ。それで結局、残ったのは借金と病気のボク。でも、その後、母さんは諦めなかった。更に悪い所から借金をして他の治療師を頼ったそうなんだ。その治療師は、ちゃんとした治療師だったよ。ボクの病は直ぐに良くなったんだから。けど、借金が残った。悪い所から借りた金が。顔役の方は、返すのはいつでも良いと言ってくれたんだけどね。それから、病が治ったボクもガンバって仕事したんだよ。だけど、子供のボクがいくら頑張っても利子ばかり増えてね。とても借金は返せず、母さんは奴隷になってしまったんだ」
酷い話だった。子供の病気を治す借金で奴隷落ちなんて。そんな事を思っていると、ヤヨイも悔しいのだろう。ボソボソと、関東貴族の悪口を言っていた。
「まったく、本来の法律解釈では借金滞納で犯罪者になる事は無いのに、この街にも『亜人の借金に関する条例』があるのね。亜人だけ借金踏み倒しが犯罪だなんて。何をやってるのよ。こっちの司法は!」
その言葉に、何だその条例は! と思った俺だったが、悔しげな顔をするヤヨイを見ると何も言い出せなかった。ヤヨイ自身が、1番忸怩たる思い何だろうと分かってしまったから。
そんなヤヨイだったが、ひとつ疑問を口にした。
「それにしても不思議なの一つ教えてくれるかしら? 亜人に対して不当な条例については、さっき話した通りよ。王家でも長年、撤回を要請している物でもあるから。だから近年、王家からの干渉を嫌って、その条例による奴隷落ちはかなり制限されているはずだわ。貴方の母親……と言うからには生娘でも無いでしょうし、いくらエルフが容姿に優れていると言っても、態々奴隷にするとは思えないのだけど?」
ヤヨイの疑問にユウキ君は、顔を伏せ悔しそうな小さな声で答えた。
「母さんはエルフで……巨乳だったのです」
その言葉に俺の頭に大量の『?』が浮かんだ。
「は? どう言う事? 巨乳だったら狙われるの? 街でも普通にいるだろう、巨乳?」
意味がわからないとばかりに俺がツッコむと、ヤヨイが物凄い剣幕で捲し立てた。
「父さん! 何言ってるの! 巨乳よ。エルフの巨乳なのよ! これ迄の私の人生でも数名しか見た事が無い、ウルトラスーパースペシャルレアな存在なのよ! 分かってるの? 本当に……」
余りにテンションが上がったのだろう、途中でヘタリ込むヤヨイ。シンゴ王子が後ろからそっとヤヨイの体を支えていた。普段ならそのシンゴ王子にひと睨み入れる所であるが、俺はそれどころでは無かった。これまでに会ったエルフ達を思い出していたからだ。
「確かにアシウでも巨乳のエルフはいなかったな。寧ろ、服の上から胸の膨らみがあるエルフを思い出せない……」
「そうよ! 無いのよ。エルフには!」
何だか悲壮な顔で叫ぶ、ヤヨイ。シンゴ王子に慰められている。きっと「ヤヨイ様の美しさには、胸の大きさなど関係ありません」などと耳元で囁いているのだろう。
何だかムカとした俺だったが、それよりも、その横で物凄く肯いているユウキ君のほうが気になった。
「何で、ユウキ君までそんなにヤヨイに同調しているんだ?」
俺がボソッとつぶやいた言葉に、ユウキ君の顔が真っ赤になった。
「いや、ボクはただ、知り合いのエルフも悩んでいたなぁ〜。と思っただけだから決して、ボクのむ……」
尻すぼみにゴニョゴニョと話すユウキ君。後半の話は聞こえなかった。そしてその顔を見て赤くなる俺は、何か大事な事に気付けそうな気がしていた。
「ユウキ君てひょっとして……」
「兎も角、巨乳のエルフ何としても救出しなくては! そして何としても巨乳の秘訣を聞かなければ‼」
俺の疑問に被せるように、そう意気込むヤヨイ、領主を捕まえると言った時のテンションとは段違いだった。
そして俺の疑問は、当然のように流された。
話が終わった後、俺達は下水道を灯り《ライト》の魔法で照らしながら歩いていた。先頭ではクイナさんが地図を片手に罠がないかを調べながら進んでいる。
「しかし、ユウキ君。準備が良いね。下水道の工事図面持ってるなんて」
「はい、母さんが領主に引き取られたと聞いた時から、いつか救い出すためにコッソリと用意していたのです。その日が、本当に来るとは思いませんでしたけど」
俺と並んで歩きながら話をするユウキ君。母親に会えるかもしれないと言う思いからか、笑顔が戻ってきたようだ。とっても臭い下水道の中なのに。そんな笑顔のユウキ君をじっくり観察していた俺は、さっき聞きそびれた疑問が間違いでは無いと確信し始めていた。
それは、ユウキ君が女の子では無いかと言う疑問だ。改めてユウキ君を見る。身長160cm程、体付きはとても細い。腕や足も今は見えないが、ボロ切れを纏っていた頃見た感じだととても細かった。男の子にしては華奢すぎる。
栄養が足りないのか? と思ったのだが、女の子だとすると納得がいく。また顔も線が細く、どちらかと言うと女の子のような顔をしている。髪色は目立ったない黒色だが、生え際をよく見ると明るい色が少し見える。
もしかしたら、何かで染めているのかもしれない。髪色は性別とは関係ないけど。
そして髪の長さも短めだがベリーショートの髪型だと言われれば女の子としても受け入れられそうな長さだ。
何より、あの俺をドキドキさせる仕草だ。手を取って礼を言った時の、あのキラキラさせて見つめる目。あの巨乳の話の時の恥ずかしそうにうつむくあの立ち振る舞い。どう見ても女の子だ、それもかなり可愛い感じの。
そうだ、そうに違いない。
そうで無いと、俺は男にあんなにドキドキしたと言う事になってしまう。
それはダメだ。
受け入れれば、魔素量が上がりそうな気がするけど、断じでタメだ。ダメだったらダメだ。そう、ユウキ君、いや、ユウキさんは女の子だ。これからは、そう扱う事にしよう。
下水道の奥深く領主の館へと続くと思われる道を進んで行くうちに、俺は密かに決意を固めていた。
そして、行き止まりに辿り着いた。
「あれ、行き止まりだな」
「本当ですね。道が違うのでしょうか?」
俺とユウキさんが首を傾げていると、クイナさんが地図を凝視しながら口を開いた。
「道は、ここで合ってるようです。ただ、あるはずの無い壁がある。それだけです。もう少し調べます。お待ち下さい」
その言葉通り壁を調べだすクイナさん。しばらくして、ある一点を指差して再び話し出した。
「ここに、仕掛けがあるようです。魔素の流れが他と違います。恐らく、開閉スイッチだと思うのですが、開けますか?」
「もちろん」
ヤヨイの即答を聞いたクイナさん、
「それでは、開けます。皆さんお気をつけ下さい」
と言い置いてスイッチを押した。
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