第186話5.6 館への抜け道

「どうして、出て行くんですか! 皆の怪我だけ直して黙って出て行くなんて酷いじゃないですか!」

 俺の元に走ってきたユウキ君。そのまま俺の手を取り懸命に文句を言う。

「いや、何だか揉めてるみたいだったし、こっちもやる事があったので……」

「そうだったんですね。忙しいところを態々ボク達のために。本当にありがとう。人族にこんなに良くしてもらったの、生まれて初めてだよ」

 目に涙をためて語るユウキ君に、俺は少し困っていた。

「ごめんよ。ユウキ君だったかな。もういいかな? 俺達、ちょっとやる事があるんだ。だから、その、手、離してくれるかな?」

「あ、ごめんなさい」

 俺の申し出に慌てて手を離すユウキ君、何だか赤い顔をしていた。そのユウキ君の顔を見て、俺の顔も赤くなるのが分かった。何でだ? 何で男に手を握られて恥ずかしくなってるんだ? そんな事を考えているとヤヨイが口を挟んで来た。

「それで、もういいかしら? 私達、やる事があるんだけど?」

「ああ、本当にごめんなさい。でも、何か、お礼がしたいのだけど……」

 まだ少し顔の赤かったユウキ君が、ヤヨイに言葉を返す。

「お礼ねぇ。別にいらないわ。欲しいものも無いし」

「確かにボクはお金も持ってないですし、お渡しできる物も無いですけど、何かお手伝いとか無いですか? 何かに困ってませんか? 出来る事なら何でもしますよ」

 懸命にヤヨイに食い下がるユウキ君、本当にお人好しのようだ。

「困った事ねぇ。そうねぇ、今知りたいのは、領主の館への抜け道とかかな? ……何てのは冗談よ。ちょっとお茶出来るお店知らない?」

「え、ええ知ってますけど……」

 ヤヨイの冗談にちょっとビックリしたのだろう。ユウキ君が、おっかなビックリ返事をする。そのユウキ君にヤヨイは普通にお願いした。

「そう、それじゃ、案内してくれる?」

「は、はい、分かりました。流行りの喫茶店ならこっちで、領主の館への抜け道でしたら、こっちです。まず、どっちにしますか?」

 そう言って左右両方を指差すユウキ君に、ヤヨイが顔を引き攣りながら口を開いた。

「冗談よね?」

「え? 本気ですけど?」

 真顔で返事を返すユウキ君、どうやら本当に領主の館への抜け道を知っているようだった。


 数分後、俺達は、ユウキ君お勧めの喫茶店でお茶を飲んでいた。喫茶店に入る時、ユウキ君がそのボロ切れを纏っていた姿から入店拒否されて、慌てて洗浄の魔法かけたり、アイテムボックス内の俺の古着に着替えさせたり、その時何故か俺も見えない位置に離されたりしたのは、別の話だ。

「さて、改めて聞かせて。どうして貴方が館への抜け道なんて知ってるの?」

「えっと、これから向かう抜け道は、下水工事の時に出来た道らしいです。どうも設計地点に既に地下道があったようで、掘って行ったら繋がったとか。下水工事ばかり遣らされている、亜人達の間では、有名な話です。もちろん、街の偉いさんは知らないです。何せ、下水道になんて近づきもしませんから」

 何とも嫌な話だった。臭い仕事は、亜人達の仕事。この街では当然の事のようだった。

「成る程ね。それで、その道は領主の館のどこに繋がってるの?」

「すみません。そこまでは分かりません。ボクも実際に行った事はなくて、ただ下水道が繋がったとしか……。ただ、噂では、その先には、拷問部屋とか牢屋とかがあって人の悲鳴や嘆き声、怨嗟の声が聞こえて来たとか。ごめんなさい。お役に立ちませんで」

「いやいや、十分に役立つ情報だよ。最悪、下水道の天井壊せば、館の中に入れるのなら問題無いよ」

 ヤヨイの質問に正確に答えられなかったからだろう、項垂れるユウキ君。そのユウキ君に俺は、慰めの言葉をかけた。その俺に、はにかんだ笑顔を見せるユウキ君、何故か少し顔が赤い。そしてまた俺も、何故かそのユウキ君を見て恥ずかしくなっていく……。

「はい、そこまでよ。はぁ、全く父さんは……」

 ヤヨイが頭に手をやって首を振っているところに、クイナさんが姿を現した。

「ヤヨイ様、お待たせしました」

「大丈夫よ。それで、どうだった?」

「はい、やはり領主の館に通じる道は、全て封鎖されてますね。人が足りないのか、敷地内の警備は手薄なようですが。それでも時間をかければ、領主軍も戻って来るでしょうし。どう致しますか? 正面から面会を申し込みますか?」

 淡々と報告をするクイナさんに、ヤヨイが首を振りながら答えた。

「無駄よ。今、面会を申し込んでも会ってくれないわ」

「と言うか、なんて言って会うつもりだったんだ? 貴族のそれも王家の訪問なら会ってくれるんじゃ無いのか?」

 貴族とか王家とかの言葉が出る度にユウキ君がビックリしているが、それは放っておいて話を続ける。

「そもそも、そんな事を言ったら余計に会ってくれないわ。大体、突然訪ねる人間が王家の関係者だなんて怪し過ぎるからね。だから今回は、私達を奴隷に見立てて、父さんを奴隷商として訪問するつもりだったの。これだけ、美人を連れた奴隷商ならきっと会ってくれると思ってたのだけど。領主はかなりの女好きだと言う話だったから……」

アズキ達を見ながら話すヤヨイに俺は、驚いて叫んでいた。

「アズキ達をダシにするつもりだったのか!」

「そうよ。もちろん、本人達には了解を得ているわ。そもそも、領主を見た瞬間に捕まえるつもりだったから害も無いしね」

ヤヨイの言葉に慌ててアズキの顔を見ると、頷き返して来るアズキ。

「何で、俺に言わない!」

「トモマサ様、申し訳ありません。私が内緒にするように進言しました。必ず反対すると思いましたので」

 憤る俺にアズキが申し訳なさそうに口を開いた。その言葉に俺は更に憤る。

「仮にでも皆を奴隷にするなんて、反対するに決まってるだろう! そもそも、アズキだって奴隷になんてしたくなかったのに!」

「まぁ、落ち着いて父さん、そもそもこの案は、スラムのデモの所為で廃案なんだから」

 もう終わった事よ、とばかりに話をするヤヨイに俺は、廃案だからいいって物では無いだろう! とヤヨイを睨んだが、俺の怒気など気にもしないと言わんばかりの態度で流されてしまう。

 この娘は〜! と思うが口では勝てない事が分かってる俺は、

「次はちゃんと相談しろよ!」

 とだけ捨て台詞を吐いて事を収めることにした。


「はいはい。それで、話を戻すわよ。クイナ、実は、館までの裏道が見つかったわ。正確には、この子が教えてくれるそうよ」

 ユウキ君を指差しながら話すヤヨイに、クイナさんは目線を細めて刺すようにユウキ君を見る。まるで何故私の知らない話を知っている? とでも言わんばかりだ。そこにヤヨイが、さっきユウキ君から聞いた話を聞かせる。

「成る程。人族には話せない事だったのね。私も迂闊だったわ。獣人の調査員も加えないとね」

 ブツブツと独り言を言うクイナさん。情報部隊として思うところがあるようだった。そこに丁度お茶とケーキを済ませたヤヨイがユウキ君を促した。

「それじゃ、行くわよ。案内よろしく」

 店を出て俺達が向かったのはスラムの最奥、物凄く臭いところだった。

「クサ!」

 さっきからヤヨイがずっと繰り返している。

「口に出すなよ。聞くと余計臭く感じるだろう」

「仕方ないじゃ無いの。若返ってから五感が鋭くなって臭いにも敏感なんだから」

 俺が咎めると更に返してくるヤヨイ。そんな事を言い合っていると、ユウキ君が建物の前で立ち止まっていた。

「皆さん、ここから入れます」

「そう、ありがとう。貴方もう良いわ。後は、こっちで調べるから」

 礼を言って、ユウキ君に別れを告げるヤヨイ。そして俺達が建物に入ろうとした時に、ユウキ君が突然頭を下げてお願いしてきた。


「あ、あの、ボクも連れてってくれませんか?」

「ダメよ」

 即座に反応したのはヤヨイだった。

「そこを、何とかお願いします」

 あまりの即答に面食らったユウキ君だったが尚も食い下がる。それにヤヨイが溜息混じりに尋ねる。

「はぁ、貴方、領主の館になんて付いて来てどうするの? 下手をすると捕まるのよ? 不法侵入よ。犯罪者よ、奴隷落ちよ。 分かってるの?」

 捲し立てるヤヨイ。それでも、ユウキ君は怯んでいなかった。

「領主の館には、母さんがいるかもしれないんです。お願いします」

 そう言って、ひたすらに頭を下げるユウキ君。しばらく沈黙が続いたが折れたのはヤヨイの方だった。

「もっと詳しく教えてくれる? その話で決めるわ」

 ヤヨイの言葉にユウキ君は、これ迄の経緯を語り出した。

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