夏休み・下編
第181話5.1 墓参り
トモマサ達がブルードラゴンを討伐してから数日後のカンラの街、オバタ ノブサダ伯爵の書斎での出来事である。
「おい、あの陰気な男からの報告はまだか?」
いつものようにノブサダ伯爵は、痩せ細った体に似合わない長髪を掻き分けながら執事に声を掛ける。
「申し訳ございません。ノブサダ伯爵様。シオジリの領域に向かいました、あの男からは、未だ、何の報告も来ておりません。只今、追加で人員を送って調査中です。今しばらくお待ち下さい」
「チッ、使えない奴らだ。さっさとスワ一族を滅せよ! 何ノロノロしてんだよ。あいつらなんて、もうジリ貧だろうに。こんな事なら、俺が直接出向いてやったものを。お前が止めるから、任せたんだぞ。それなのに、この体たらく!」
執事の報告に不満をぶちまけるノブサダ伯爵。
目の前で頭を下げている執事に、積んである書類を投げつけかねない勢いだ。
「重ね重ね、申し訳ございません」
ただ、ひたすらに頭を下げる執事。その慇懃な姿を見て、ノブサダ伯爵も少し溜飲を下げたようだ。
「ふん。まあ良い。何か分かったわ直ぐに知らせろよ。俺は、ウサギを甚振っているからな」
「ははぁ」
執事の返事を聞いたか聞かずか、部屋を出て行くノブサダ伯爵を見送った執事がつぶやく。
「あの兎獣人が動かなくなる前に片を付けねば、私の身が危ない」
そして、執事は部屋を出て行った。
―――
「すぅー」
今、俺の膝の上にアズキが頭を乗せて気持ち良さそうに眠っている。
俺は、その頭に乗っている犬耳をそっと撫でながら寛いでいた。
「やっぱり、自分の家が一番だなぁ」
思わず口から出る言葉に、おっさん臭いなぁと自分でも思ってしまう。
「しかし、何時になったらカンラの街に行くのかなぁ」
ブルードラゴンを討伐してから早5日、俺は、ヤヨイから魔法学園での待機を言い渡されていた。
その時間を活かして俺は寛いでいる。何だか濃い夏休みに精神的に疲れてしまったのだ。体は元気なのだが。
「皆は、元気なのになぁ」
そうつぶやきがら皆のことを考える。
まず、カリン先生とコハクである。この2人はスワの町に残って復興作業に従事している。
本格的に街並みの復興建設が始まったスワの町、人手はいくらあっても足りない。既に人外になっているカリン先生の魔素を用いた魔法に、もとより人外のコハクの怪力であらゆる物を壊し作り上げて行っている。
この5日でどれ程復興しているのか楽しみである。
次に、ヤヨイである。
あの娘は、今、マリ教授の研究室に篭ってコハクを操っていた宝石の研究に勤しんでいる。俺とは違って体と共に心も若返ったようだ。チラッと見に行ったら2人で怪しい笑い声を出していた。
続いては、シンゴ王子とカーチャ王女である。
この2人は、普通に王城に帰ってるのでよくわからない。でも王子は、日に1度はヤヨイの元に顔を出しているそうだ。流石イケメン王子。マメである。
最後は、ツバメ師匠とルリである。
魔法学園の剣術の先生に稽古をつけて貰っているようだ。どうもツバメ師匠、ブルードラゴンに後れを取りそうになったことがショックだったらしい。熱心に稽古をしているようだ。
ルリは、その相手として行っている。実力が拮抗していて良い練習相手だそうだ。毎日、夕方には、クタクタになって帰って来ていた。
「は、また寝てしまいました」
俺がボーッと考えていると膝枕で眠っていたアズキから声がした。
「まだ、寝てて良いよ」
「いけません。奴隷が、ご主人様の膝枕で寝るなんて。あってはならない事です」
「良いの良いの。俺が気持ちいいんだから寝ててよ」
「しかし……」
俺の膝の上で色々言っているアズキだが、全く頭を上げようとしない。実は、かなり気持ち良いらしい。その証拠に尻尾もゆらゆらとリラックスして振られているのが分かる。
「いつも、頑張って働いてくれるアズキのたまの休みなんだから、ゆっくり休んで」
そう言って、更に犬耳を撫でてやると、「はぁーぁ」と何とも言えない声を出すアズキ。見ての通り、今日はアズキの休日なのである。
毎日毎日、朝から晩までメイドとして働くアズキに休みをあげたくて俺が提案したのである。
でもアズキ、隙があると
「お茶を入れましょうか?」
とか
「台所のお片づけをします」
とか言って働こうとするので、こうやって強制的に休みを取らせているところなのである。
そして、また、うつらうつらしながら眠っていくアズキ。やっぱり、疲れが溜まってようだった。
「トモマサ様、ありがとうございます。久々にゆっくり眠ってスッキリしました」
そう言って俺の横を歩いているアズキ。本当に疲れが取れたようだ。いつもより足取りが軽そうだ。
服装が、いつものメイド服から明るい小豆色の、どうにも
「それで、今日のお昼はどのように致しますか?」
スキップでもしそうな足取りで歩いていたアズキがくるっと振り返り尋ねてくると、短めのスカートがフワリとひらめく。
俺はそのスカートに思わず目線がいくが、無理やり視線を戻して口を開いた。
「ああ、何でも良いよ。アズキの食べたいものを食べよう。その後、墓参りに行くけど、まぁ、転移で行けばいいからどこでもいっしょだ。任せた」
「分かりました。それでしたら、今一押しのお店に案内します」
そう言って、歩いていくアズキ。本当に楽しそうだ。
そして、しばらくして辿り着いたのは、鄙びた蕎麦屋だった。
「え? ここ?」
思わず俺は、驚きを口にする。余りにも若い女性に似合わない感じだったからだ。
「はい。ここは、今、ヤヨイ様のところのメイド達にも人気の店です。お蕎麦はもちろんのこと、蕎麦おはぎが有名なんです。王城へも、ここから30分ほどの所です。トモマサ様もきっと気に入られると思いますよ」
そう言って、引っ張り込まれた蕎麦屋、最高でした。
厚切りのコシのある蕎麦に甘辛いツユ、そして何より、大納言小豆を使った蕎麦おはぎ、甘過ぎない餡子が蕎麦がきによく合って思わず、お土産に買う程の美味さでした。
そして昼食後、距離も近いし時間もあるしという事で、街をブラブラしながら王城へ歩いて行く。途中、お供え用の花や線香も忘れずに購入したりして。結局、1時間ほど歩いただろうか。ようやく王城へと到着し、門へと向かう。
すると相変わらず門番は、軽く挨拶をするだけで顔パスで通してくれる。そうして睦月と神無の墓へと辿り着いた。花を飾り、ロウソクと線香に火をつける。辺りに線香の香りが流れる中、俺は、手を合わせて目を閉じ心の中でつぶやく。
「あんまり実感がなかったけど、やっと、受け入れられそうだ。でも、安心してくれ。ヤヨイもいるし、新しい家族もたくさん出来そうだ。寂しくは無いよ。ヤヨイも若返って、恋をしているみたいだ。父親としては、複雑な気分だけどな」
その後も、在りし日の2人を思う存分に偲んだ。どれぐらい時間が経っただろうか、俺が目を開けて立ち上がると、アズキが優しく微笑んでいた。
「終わったよ」
「はい」
俺の言葉に、短い返事をくれる。まるで、全て分かっているとでも言わんばかりの返事に俺は嬉しくなって手を差し出す。その手を優しく握って微笑むアズキ。そして、2人で家へと歩きだした。
帰りには、付近のお店を回って服を見たり、夕食用にいつもの唐揚げを買ったりして帰った。
うん。完全にデートだなこれ。たまにはこんな日があっても良いよな。と思いながら。
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