第176話4.39 祝賀会

「しかし、いつの間にこんなに料理を用意したんですか?」

 俺が、前に座っているヨリミツお義父さんに聞いていると、隣に座っているヤヨイから答えが返って来た。

「ちょっと、イチジマに戻る用があったので、ついでにあっちで用意して貰ったの。私の屋敷なら、突然の来客用に色々準備してあるからね」

 なんて何でも無いように答えるヤヨイ。流石、1000年近くも大貴族しているだけのことはあると感心してしまった。

「ヤヨイ様、本当に助かりました。まさか、こんなに早く街の解放がなされるとは思いませんでしたので、全く用意していなかったのです」

「ヨリミツ殿、そんなに恐縮せずとも良い。父さんとカリン先生の結婚が決まったのだろう? それなら、我々は家族だ。祖父と孫の関係に当たる。故にこれからは、もっとざっくばらんに話しかけてもらえると嬉しいのだが?」

 恐縮しながら話す、ヨリミツお義父さんにヤヨイが言葉を返す。

 その言葉にヨリミツお義父さん、大きく肯いていた。


「そうですな。ヤヨイ様。貴女様は義理とは言え、某の孫になるのでしたな。それでしたら言葉が違いますな。ここは、『ヤヨイ様ありがとう』でしたな」

「本当は、『様』もいらないですけどね。どういたしまして、お祖父ちゃん」

 ミツヨリお義父さんの感謝の言葉に、少し戯けて返答をするヤヨイが見せた笑顔は、俺が31世紀で初めて見る、21世紀で睦月と神無と弥生の4人でテーブルを囲んでいた時を思い出させる本当に本当に優しげな笑顔だった。


「……で、父さんは何で泣いてるの?」

「え? 泣いてる? 何のことだ?」

 そう言って、自分に意識を向けると、頬の辺りを涙が伝っているのに気が付いた。慌てて涙を拭う。

「人の顔見て泣くなんてやめてよね。縁起でもない」

「ははは、ごめん。何だろうね。自分でもよく分からないな」

 さっきの笑顔が引っ込んでいつもの鋭い視線で俺をディスってくるヤヨイを、俺は適当な言葉で誤魔化した。

 だが俺は、涙の理由を理解していた。ヤヨイが弥生に見え、その先に睦月と神無が見えたのだ。

 原因は解りきっている。

 過ぎ去った時間が帰って来ないことを心が理解したのだ。

 今、初めて2人の死を、時の流れを受け入れたのだ。

 ……だが、今は祝賀会、この場に涙は似合わない。

 俺は、この想いを心の中にしまい込んだ。


 その後は、賑やかに祝賀会が進行して行った。

 俺がドラゴンを押さえ込んだ重力魔法の話。

 そして、そのドラゴンを一刀の元に切り裂いたツバメ師匠の話。

 極め付けは、魔物の軍団を一撃で葬ったあの閃光の話。

 そんな色んな話をした。

 しまい込んだ想いを表に出さないように。

 ちなみに、あの閃光は俺が放った魔法という事になっている。

 コハクが龍人族である事は、ヤヨイと話をした結果、狭間教の事が片付くまで黙っておくこととなったからだ。


 そして、祝賀会が終わり俺達が部屋に入ると同時にアズキが抱きついてきた。

「あ、アズキ?」

「ごめんなさい。トモマサ様。トモマサ様が涙を流した時、こうしてあげられなくて、ごめんなさい。寂しい思いをした時は、一緒にいると約束したのに。ごめんなさい」

 戸惑っている俺に、そう言って涙を流すアズキ。

「そうか、気付いてたのか、涙の訳を。相変わらず鋭いな」

 アズキは、本当に鋭い。

 出会って間もない頃から、俺が少しでも昔のことを思い出していると必ず気付いて手を握ってくれた。

 そんな事を思い出しながら俺は、アズキを抱きしめる。

 気付くと、同室のカリン先生にコハクまで抱きついて来ていた。

「トモマサ君、ごめんなさい。私、全然分かってません。ごめんなさい」

「トモマサ君ー、大丈夫ー?」

それぞれに謝ったり慰めたり? してくれる。そんな皆に嬉しくなった俺は、皆を抱きしめて、涙の訳を説明した。

「……うん、話をしたら何だか心が軽くなったよ」

「本当ですか? 大丈夫ですか」

 俺の締めの言葉を聞いてもカリン先生は、信じていないようだ。

「今の所は、大丈夫ですよ。でも、また、寂しくなる時があると思います。その時は、また、甘えさせてください」

「分かりました。アズキさんみたいに気付かないかもしれませんので、いつでも言ってください」

 そう言って、抱きつく腕に力を入れるカリン先生。

 それに合わせて、「私もー」と顔をグリグリ擦り付けてくるコハク。

 アズキに至っては、その大きな胸を押し付けたまま全く動こうとしない。

 大変嬉しいのだけど、このままでは身動き一つ取れない。どうしようかと思ってるところで、後ろから声が聞こえた。


「全く、早い時間から何してるのよ。そう言う事をするなら、せめてドア閉めてからにしてよね」

 声の主は、ヤヨイだった。

 そのまま部屋の中に入ってくる。

 ドアは、開けっ放しだったらしい。

 気付けば皆離れていて、赤い顔して顔を隠していた。

 コハクだけは、一応、離れたもののぼーっとしていたが。


「いや、何もしてないよ。まだ……」

「まぁ、良いわ。それより、温泉に行きましょう。スワ温泉。湖畔にあるの。今ままでは、魔物の関係で近寄れなかったらしいけど、今日なら行けるらしいわ」

「おお良いな。行こう行こう」

 今日は、一日中、真夏の暑い中頑張ったんだ。温泉があるなら是非行きたい。

 つい最近、奥飛騨温泉に白骨温泉と入って来たばかりだけど風呂は毎日入りたいものだ。


「そう、それなら15分後ぐらいに表に来て。皆で行きましょう。ただ、もしかしたら、屋根も囲いも何も無いかもしれないから水着持参でね」

 それだけ言い置いて出て行いったヤヨイ。

 それを見送った後に俺達は、ツバメ師匠やシンゴ王子の部屋を巡って皆で水着を取りにイチジマに帰った。


「遅いわよ。父さん。皆、待ってたのよ」

 俺達が、館の前に出て行くと、ヤヨイが既に待っていてしかも少しご立腹のようだった。

「すまんすまん、ツバメ師匠が水着を探すのに手間取ってね」

 そうなのである。ツバメ師匠が寮の部屋に水着を探しに行って帰って来なくって遅くなったのだ。

 どうやら洗濯して干していたのを忘れていたらしい。

 そそっかしい限りである。


「よし、これで全員ね。出発よ」

 そして、ヤヨイの合図で温泉に向けて俺達は、歩き出した。

 メンバーは、俺達とヤヨイだけだった。

 何でもヨリミツお義父さん達もを誘ったらしいのだが、何でもまだ祝賀会の2次会の続きが終わってないらしく、後でと言われたそうだ。

「私も、本当は、お酒飲みたかったんだけど、この体だからね。諦めたわ。代わりに何か無いかと思って聞いたら温泉の話を教えてもらったのよ」

 そんな、ヤヨイの愚痴? を聞きながら歩いて行くと直ぐに温泉跡地に辿り着いた。

「これは、かなり直さないとダメだな」

「これぐらいなら、土魔法を使えば直ぐよ、まだ魔素余ってるでしょう? 馬鹿みたいにあるんだから」

 俺が跡地の余りの荒れ模様に溜息をついていると、ヤヨイが無茶な事を言い出した。


「それじゃ、私は、湯船を直すから、父さんはカリン先生と脱衣場よろしく」

 そう言って、土魔法を発動するヤヨイ。見る見る間に湯船が直っていく。

「トモマサ君、見惚れて無いでこっちを手伝って」

 横から声がして、そちらを見るとカリン先生も土魔法を発動して脱衣場の壁を作って行っていた。

 俺も慌てて、横に壁を作っていく。

 3人で作業する事、10分、立派な脱衣場と露天風呂が完成した。


「まぁ、湯船は、こんなものね。でも、この壁は、出来が悪いわね。壁が脆いわ。直ぐに壊れそう」

 俺の作ったところを指差してディスっているのは当然、ヤヨイだ。

「仕方ないだろう。慣れてないんだから」

「何言ってるの? 今日、外壁直して回ったんでしょう? まさか、外壁もこんな脆く直したの? それなら明日から見直さないといけないじゃないの」

 俺が言い訳すると、更にディスってくる。

「まぁ、もう疲れたし、いいわ。父さんの直した方が男用ね。皆、行きましょう」

 女性陣を連れてカリン先生が作った脱衣場へと入って行くヤヨイ。そして、残された俺とシンゴ王子は、俺が作った隣の脱衣場へと入った。

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