第170話4.33 イクノの街、再び
「ふん、ここに来るも久しぶりだな」
トモマサ達がドラゴンへの対策を立てている頃、スワの町近くシオジリの領域の真っ只中に1人の陰気な顔をした男が立っていた。
そして、大声を出す。
「おいこら、ご主人様が来てやったんだ。早く顔を出せ!」
魔物の領域のど真ん中で、叫ぶ男。
普通の人が見れば、自殺願望でもあるとしか思われない行動であるが、この男にとっては通常のことであるようだった。
すぐに顔を出したのは、クイーンビーだった。
3mは越えようかと言う巨体で飛んで来るのだから、『銀』クラスの傭兵なら脱兎の如く逃げ出すような魔物である。
しかも、ジャイアントビーとグレートビーを数十匹づつ引き連れている。
だが男は、顔色一つ変えず徐にそのクイーンビーに話し掛ける。
「先ずは、蜂か、状況を教えろ」
「ブブ、ブブブブ、ブブ」
「ち、結構
クイーンビーに向かって文句を垂れる男、クイーンビーも心なしか申し訳なさそうだ。
虫の顔を見て感情が読み取れるならだが。
次に現れたのは、2mを超える巨体を持つシルバーウルフだった。
かなりの速度で駆けて来たにも関わらずほとんど音を出さずに移動してくるのだから、『銀』クラスの……以下同文。
「犬っころの所はどうだ」
現れた、シルバーウルフにも話し掛ける男。
「ウー、ワウワウッワッワウウ、ワウ」
「ち、デビルシープが群れごと狩られてるじゃ無いか。何で、ジャイアントウルフを街に行かさないんだ!」
こっちも大声で怒鳴られて萎縮しているようだった。
シルバーウルフの尻尾が股の下に挟まれている。
「くそ! 数が足りんぞ。折角、年数をかけて数を増やしたのに。この能無どもが! クソ! くそ! 糞! クソ!」
辺り構わず怒鳴り散らす男。
近くにいたシルバーウルフに蹴りを入れていた。
八つ当たりである。当のシルバーウルフには、何のダメージも入っていないようであったが。
「はぁはぁはぁ、クソ。新しい魔物をテイムするか。この領域にいい魔物はいたか? クソ。何で俺様が、こんな面倒な事を! クソ! 何もなければ今頃、新しく買った鹿獣人の小娘を思う存分可愛がってやってた所なのに。クソ!」
解決策を考えていた男であるが、また怒りが湧いて来たのであろう、シルバーウルフを盛大に蹴り上げる。
もちろん、シルバーウルフには全くダメージは与えられていないが。
「はぁ、仕方がない。お前ら、群れている魔物を探すぞ。蜂ども、探してこい。犬っころは、俺を乗せてそこに案内しろ!」
魔物に命令を下した男、蜂を見送った後でシルバーウルフに乗るようだった。「もっとしゃがめよ」とか言ってかなり苦労していたが。
そして10分程かけてようやくシルバーウルフに乗った男は、蜂の羽音がする方へとウルフを走らせて行った。
男がいなくなってどれ程経っただろうか、そこに佇む一つの人影があった。
「やっと見つけたけど、あの魔物達がいては捕まえるのは無理ね。男だけ殺すなら簡単なんだけどねぇ。魔物もとなると戦力が足りない……さて、ヤヨイ様はどんな戦力を寄越すやら、フフフ」
そして、人影は消えて行った。
怪しい笑い声だけを残して……。
「えっと、お義父さん、ここがシンカイさんのお店です……あれ?」
イクノの街に転移した、俺はコハクとヨリミツお義父さん達を連れてシンカイさんの店にやって来ていた。
そう、ここがシンカイさんの店のはずだったんだけど……。
「婿殿、どうしたんだ? 何か問題があるのか?」
俺が戸惑っているとお義父さんが、声をかけて来た。
ちなみに、結婚が決まってからは、呼び方が『婿殿』に変わっている。
まだ、ぎこちないけど。
「いえ、何だか建物が新しくなっていまして、以前は、もっと暗い感じだったのに……まぁ、入ってみればわかりますか」
店の前で戸惑っていても仕方がないので、俺は思い切って店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ〜」
ドアを開けた俺に聞こえたのは明るい女性の声だった。
その声に驚いた俺が声の主を見ると、耳の尖った10代中頃の女の子が立っていた。
「え? あれ? 何で? エルフ? シンカイさんのお店?」
「はい、こちら イノウエ シンカイ武器防具屋でございます〜」
俺の驚きの声に返事をくれる女の子は、店員のようだった。
どうやら店は間違ってないようだった。
「今日は何をお探しですか〜? 武器ですか〜?昨日出来立ての太刀がありますよ〜。お安くしときますよ〜。それとも防具ですか〜? こちらの武者鎧など如何ですか〜? サイズ調整も承りますよ〜」
俺達が、一言も声を出さないうちから話し続ける女性店員。
お喋り好きなのだろうか。
だが俺が欲しい物は、ここに並んでいるような物では無い。
結納の品なのだ。
シンカイさんの会心の作の物が欲しいのだ。
その為には、シンカイさんに会わないといけない。
だから俺は、店員の女の子にお願いする。
「あのー、シンカイさんにお会いしたいのですが、今おられますか?」
俺は、優しく声をかけた。偶に店員に横柄な態度を取る人もいるけど、そんな事もなく、仕事をしている人に労わりの心を込めて声をかけた
、そのはずなのに帰って来た言葉は恐ろしい言葉だった。
「あ⁉ 何だって⁉ ボスに会いたいだ、あぁ? テメエ、何ふざけた事言ってやがるんだ⁉ テメエみてぇな小僧に、ボスが会うわけ無いだろうが! テメエもあの口か? ボスのドラゴン装備が欲しくて来たんだな? 生憎だな、テメエに売ってやるようなドラゴン装備なんてねぇんだよ! 一昨日来やがれってんだ」
怒涛の如く言い切った女性店員、物凄いドヤ顔でこっちを見ていた。
ドヤ顔の意味がわからない。
だが、俺も引き下がるわけにはいかない。
結納の品がかかっているのだ。
いや、ただ装備が買いたいだけなのだけど。
「いや、あの私は、アシダ トモマサと申します。シンカイさんは、知り合いなんで取り次いで貰えると嬉しいのですが」
「あ⁉ まだ言ってるのか。大概の奴は、そう言うんだよなぁ。だが、ダメだ。前も、そう言って会わしたら全く知らない奴だったし、ダメだ。さぁ、帰った帰った」
しっしっと手を振る女性店員。
取り付く島もない。
ヨリミツお義父さんも何やら苦笑いを浮かべていた。
いかんこのままでは、
「やっぱりシンカイさんの装備はいらない」
とか言いかねない。
「うーん、あ、そうだ。魔物の素材を売りたいのですけど、良いですか?」
少し悩んだ俺だったが、ある素材を売ってシンカイさんに出て来てもらう事にした。
「え? 素材ですか? と言う事は、お客様ですね。はい、喜んで買取致します〜。大きさはどれぐらいでしょうか? もし大きいようでしたら、こちらの床に出してくださいね〜」
さっきまで取り付く島もない女性店員であったが、客となると分かった途端に良い笑顔で対応してくる。
良い性格しているようだ。
そんな対応に苦笑いを浮かべていた俺だが、女性店員の言う場所に素材を出してやった。そう、ドラゴンの角を。
店の床を埋め尽くさんほどの大きさの角に、女性店員が大声を上げる。
「こ、これは、一体何の角ですか?」
「何ってレッドドラゴンの角だ。さぁ、一体幾らで買ってくれるんだ?」
今度は、俺がドヤ顔で言ってやった。
言われた女性店員、
「れ、レッドドラゴン……もしかして……」
なんてつぶやいてから奥へ走っていてしまった。
「親方〜!!!」
って叫びながら。
「何だよ。そこは、ボスじゃないのかよ」
と言う俺のツッコミを置き去りにして。
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