第159話4.22 オクヒダの街
皆の出発準備を終えた昼過ぎ頃に、俺達はヤヨイの魔法でオクヒダの街へ転移した。
今はオクヒダの街の中を散策しながらヤヨイ行きつけの温泉宿を目指している。
「なぁ、
「そうね。父さん、大変革直後の火を起こすのすら大変な時に、皆こぞって温泉に向かったのよ。お湯を求めてね。そのお陰で昔からある温泉街は、どこも発展したわ。ここオクヒダでしょう、他にはアリマ、キノサキは行ったから知ってるわね。それ以外だとクサツ、ニュウトウ、ユフイン、イブスキとかね」
「何年経っても日本人は温泉好きなんだな」
「はぁー」
ため息をつくヤヨイ。俺が呑気だって言いたいんだろう?
いや俺も分かってるんだぞ。大変だったって事は。
そんなことを思いながら街並みを歩いていくと、鄙びた温泉宿が見えてきた。
「ここよ。ここが、私の常宿、オクヒダ温泉郷の老舗の宿、『奥穂高』よ。さぁ、行きましょう」
そう行ってズンズン入っていくヤヨイに続いた俺は、門を潜って固まってしまった。
「はぁー、凄いね。この苔生した日本庭園にこの建屋、年代を感じさせる侘びた雰囲気、なかなか見れるものではないな」
あまりの出来栄えに、1人で感動する俺。
ちなみに、その後をついて来たアズキ達は、
「綺麗ですね」
とか
「凄いな」
とか適当なコメントで通り抜けていく。
若い彼女達には、まだ侘び寂びはわからないのだろう。
その中でただ1人、コハクだけは、無言で庭を眺めていた。
「コハクは、この庭が気に入ったのか?」
コハクは、少し考えてから答える。
「うんー。何だかー、懐かしくてー、ホッとするー。スワの神社に似てるー」
「確かに似てますね。あそこも苔が生えて、なんとも言えない雰囲気を出してましたしね。今は、どうなってるか分かりませんが」
カリン先生が昔を思い出しながら教えてくれる。
その後、庭を見ながら少し考え込んでいたカリン先生が少し顔を赤くしながら俺におずおずといった感じで口を開いた。
「トモマサ君。もし良かったら、ノリクラ岳でコハクちゃんのお父さんに会った後、フジミの町へ寄ってくれませんか? そこに両親と兄達がいるはずなんです。久々に会いたいですし、トモマサ君も紹介したいですし……」
「ええ、構いませんよ。どうせ、スワ湖までコハクを送るつもりだったし」
「本当? 嬉しい。私もアズキさんみたいにトモマサ君と両親公認の婚約者になりたかったの」
満面の笑みで俺の腕に絡みついてくる、カリン先生。
あまり胸を押し付けないでほしい。
日本庭園を見て侘び寂びについて考えて心落ちついていたのに、ドキドキしてしまうから。
結局、わびさびなどどこへやら、カリン先生から伝わる柔らかさと温かさにに喜びを感じながら、俺はカリン先生と共に温泉宿へと入って行った。
建屋の玄関を入ると、女将と仲居さん達が並んでるのが目に入り。
「「「いらっしゃいませ」」」
声を揃えて頭を下げている。
「「よろしくお願いいたします」」
俺達も軽く頭を下げてから、靴を脱いでヤヨイ達が陣取っている玄関横の広間へ行くと、女将もついて来て温泉宿について話始めた。
「本日は、当温泉宿、『奥穂高』にようこそおいで下さいました。本宿『奥穂高』は、3代目国王様の時代から続き、創業800年を数える由緒正しき温泉旅館です。皆様の日頃のお疲れを存分に癒していただくために精一杯おもてなしさせていただきます。存分にお寛ぎ下さい。
さて、先ほど伺いましたところヤヨイ様のご紹介との事でしたので、最上級のお部屋を3部屋ご準備させていただきました。お部屋の名前は、『奥穂高』と『前穂高』と『北穂高』となります。お間違えございませんよう宜しくお願い致します。
当宿のお風呂は全て、源泉掛け流しの温泉となります。共同風呂としては、『水晶の湯』と『笠の湯』がございます。日替わりで男女が入れ替わりますのでお気をつけ下さい。また、各部屋にも専用風呂が設置されておりますのでご利用下さい。 あと、お食事ですが、夕食は6時頃からでよろしいでしょうか?」
30代ぐらいだろうか、おっとり美人でシックな和服を着こなした女将から、心地よいテンポで声色が響く。
あまりの心地よさに俺は、何も考えず肯いてしまう。
まぁ、大丈夫だろう、皆も何も言わないし。
ひと風呂浴びたら夕食に丁度いい時間だから。
「承りました。朝食は、6時から9時までご利用いただけます。お召し上がりの際は、仲居にご用命下さい。直ぐに準備いたします。それでは、お部屋の準備が出来たようですので、ご案内します」
女将の案内で部屋に向かう。
そこで目にするものは、何もかもが懐かしく感じる物だった。
「ここまで、純和風の空間も珍しいな」
「そうですね。最近は、どうしても椅子を好む人が増えましたから」
「見て下さい。窓からさっきの日本庭園が望めますよ」
「うむ、さらに遠くには、アルプスの山々が見えるな」
それぞれに感想を言い合うアズキにカリン先生にマリ教授。今日の相部屋の人達だ。
「トモマサ、凄いのだ。部屋に温泉があるのだ。一緒に入ろう!」
そこに隣部屋のはずのツバメ師匠が飛び込んできた。
さっきの女将の説明は、聞いてなかったらしい。
「えー、先ずは大風呂に行きたかったんですけど、仕方がないですね」
そう言いながら、部屋風呂へと向かう俺とツバメ師匠。
そして、他の皆は気を使ったのか大風呂へ行くと出ていってしまった。
ツバメ師匠とのお風呂は、大変だった。
何がって? それは、湯船で俺の膝の上に乗ってくるツバメ師匠の相手をするのがだ。
ただ座るのならまだしも向かい合わせで座ってくるんだから、ちょっと女らしくなって膨らんだ胸とか押し付けられてナニが反応しなように
。
思わず般若心経唱えてしまったよ。
そしたら何と、ツバメ師匠も
「よく写経させられたので知ってるぞ」
と言って合わせて唱えてくるんだ。
結構ポップな感じで体を揺らしながら。
膝の上で揺れるお尻と胸の辺りに押し付けられる小さな胸の気持ちよさに負けて、ナニがちょっとだけ大きくなったのは内緒の話だ。
ちなみに、風呂の中で気になっていたツバメ師匠に家族のことを聞いた。
両親ともに健在で母親は生まれ故郷のオオエの町に、父親は剣の修行で北陸の方で山籠りしているそうだ。
祖父母などは他界しており他に家族はいないらしい。
そんな話をしたら夏休み前の約束を思い出したようで、旅の終わりにはオオエの町の母親にだけでもあって欲しいと再度お願いされた。
まぁ、アズキの両親にも挨拶したし、ツバメ師匠の両親にも挨拶する事は吝かでは無いのだけど、やっぱり彼女の両親に会うとか緊張するのであまりしたく無い。
後回しにしたくなるものだ。
それでも、ちゃんと行くけどね。
見た目はさておき、俺の中身は大人だから。
興奮しないようにと苦行のような温泉の後、俺達は宴会場で夕食を頂いている。
メニューは、ご当地名物、ヒダバッファローと言う魔物の肉尽くしだ。
ヒダバッファローの朴葉焼きにヒダバッファローの海苔巻きにヒダバッファローの小鍋にヒダバッファローサラダなど、ほとんど全ての物に入っているヒダバッファロー。
程よいさしの入った肉から溢れる肉汁、口に入れた時のとろけるような柔らかさ、完全に高級牛肉だった。
飛騨牛って呼んだらダメなのだろうか? と首を傾げるほどだった。
「トモマサ君、何を食べても美味いな。酒が進むよ」
言いながらグビグビ酒を飲んでいるのは、もちろんマリ教授だ。
それを俺達はいつものごとく眺めているのだが、1人だけ恨みがましく見ている者がいる。
それはヤヨイだ。
「マリ教授、美味しそうだな」
上機嫌なマリ教授をジト目で睨んでいる。
「ヤヨイ様、申し訳ありません。私としては、一緒に呑みたいのですが、トモマサ君が……」
「ダメだぞ、ヤヨイ。そもそも俺ですら、成人するまで呑ませてもらってないんだ。お前が呑めるわけないだろう? 大体、自分で13歳と決めたんだからな」
そう、若返ったヤヨイは、自分で俺の義娘で13歳と決めたのだ。
それなら、当然、酒を飲むわけにはいかないだろう。
「クッ……」
悔しそうな声を出すヤヨイ。何だかいい気味だ。
散々俺の前で酒を呑んできたんだ。少しぐらい、我慢しろ。
俺がほくそ笑んでいると、シンゴ王子が話に寄ってきた。
「ヤヨイ様、成人するまでは、お酒はおやめ下さい。それが、将来子供を産む体を作るの事になるのですから」
「「こ、子供!?」」
俺とヤヨイの声が重なると、シンゴ王子は笑い出した。
「はは、流石、親子息がぴったりですね」
「いやシンゴ王子、ヤヨイが子供を産むと言うのか?」
「産まないのですか? ヤヨイ様は若返られて13歳なのでしょう? それなら、将来の結婚、出産を考えるべきではないですか?」
さも、当然の事のように言うシンゴ王子に俺もヤヨイも言葉が出ない。
それでもしばらくして、ヤヨイが少し暗い顔でシンゴ王子に諭すように話をする。
「私が、再び結婚……もらってくれる人がいないだろう流石に。私は1000歳を超えたお婆さんで、しかも、前の結婚の時、子供が出来なかった女なのだよ」
「何を仰いますか。それ程の美しさを持つヤヨイ様なら引く手数多ですよ。お子様も、前回は前回、次の結婚では出来るかもしれないではないですか。そもそも、ヤヨイ様が原因とは限らないのですよね」
シンゴ王子の言葉に頷くヤヨイ。
グイグイくるシンゴ王子に押され気味のようだ。
「まぁ、つい先日状況が変化したところでしょうし、急には変われないでしょう。でも、よく思い出して下さい。奥様をずっと想われていたトモマサ様ですら半年ほどでアズキさんと言う新しい彼女を作られたのですから」
更には俺をダシにして押し切るシンゴ王子にヤヨイも少し心が動いたようだ。
「そ、そうね。父さんは、半年でアズキと……だものね。いや、違うわ、もっと前よ。母さんの死を知ってから、ほんの一月ほどでプロポーズしてたわね。あの時は、本当に驚いたものよ。母さんへの愛情は無いのかと。でも、それと比べたら、私は、もう900年以上も前に死別したんだし、もうあの人に義理立てする必要も無いのね」
ヤヨイ、小声でブツブツ言っているのだが、聞こえてるぞ。
そんな小声で俺をディスるのはやめてくれ。
本心ぽくって余計に心に刺さるから。
「そうか、そうね。私は、若返ったのね。あの『時の魔女』とか『丹波の魔王』とか言われていたヤヨイとは公的には違う人何なのね。シンゴ王子、ありがとうね。何だか、楽しくなってきたわ。お酒を飲まなくてもね。ほら、父さんも元気出して!」
ヤヨイの言葉に凹んでいる俺を叩くヤヨイ。
その顔は凹む俺とは反対に、とても晴々としていた。
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