第156話4.19 家族
義理の両親への結婚の挨拶を終えた俺が、一息ついていたところで、斜め前から声がした。
「あのー、私の意見は?」
声の主は皆にすっかり忘れられて、正座したままのジロウさんだった。
「あら、貴方、何か問題でもあるのかしら?」
トモエさんから棘のある声が上がる。
「い、いえ、問題はないのですが、父親として一言言いたいのですが」
恐る恐る発言するジロウさんにトモエさんは、
「変なこと言わないわよね」
と目で訴えながらも許可したようだ。
手で発言を促す。
「それでは、あの、一言だけ。私の迂闊な所業でアズキには、とても寂しい思いをさせてしまいました。つきましては、大変、厚かましいお願いではありますが、トモマサ様、どうか、どうか、アズキを幸せにしてやって下さい」
そう言って、また土下座するジロウさん。
離れ離れになっても、ずっとアズキの事を心配していたのだろう。
娘を持つ父親として物凄く心に響く言葉だった。
「分かりました。必ず、必ずアズキを、そして、皆を幸せにします」
ジロウさんに向かって力強く宣言する俺。
それを聞いたジロウさんは、ぽかんと口を開けていた。
「あれ、どうかしましたか?」
「あの、皆って誰ですか?」
「ああ、紹介してませんでしたね。すみません。皆っていうのは、こちらにいるカリン先生にツバメ師匠にマリ教授。それにアズキを合わせた俺の彼女4人です。あ、あと一応、娘のヤヨイも入ってますよ」
ジロウさんの質問に紹介を兼ねて答える俺。ジロウさんは、ワナワナと肩を震わせていた。
「か、彼女が4人だとー!、グフッ……」
叫びだしたジロウさんだったが、いつの間にか背後を取ったトモエさんの当身で気を失わされていた。
見事な早業だ。
流石、アズキが勝てないという柔術の達人だ。
「ほほほ、申し訳ございません。本当に空気が読めない夫で。皆さんで見えてる時点で分かりそうなものですのにね。ほほほ……」
笑いながら、夫を引き摺っていくトモエさん。
うん、完全に尻に敷かれてるなジロウさん。そんな事を思いながら、トモエさんを見送った。
ジロウさんを、どこかに寝かして来たのだろう。
すぐに帰って来たトモエさんを交えて話しは続いていた。
話はアズキがヤヨイの元に来てからの事、その後、俺と出会ってからの事、学校に入ってからの事など離れ離れになっていた間の事である。
「それにしても、あの小さかったアズキが、すっかり大人になって嬉しいやら寂しいやら……」
アズキの話を聞いていたトモエさんが、ポツリと声を出した。
うんうん、分かります。
俺もヤヨイに再会した時は、なんとも言えない寂寥感を感じたものです。
「それで、アズキとトモマサ様どちらが先に好きになったの? 馴れ初めとか聞きたいなぁ〜」
さっきまでの暖かく向けられていた目は何処へやら、ニヤニヤしながら聞いてくるトモエさん。
3歳のクロエ君に聞かせる話で無いだろうと思って、クロエ君に目を向けるといつの間にやらルリの背中に乗って遊んでいた。
横ではツバメ師匠が落ちないように寄り添っている。
うんうん、お姉さんになったねぇ。
何やらほっこりしてるとトモエさんが焦れて来たようで、
「どうなの?」
と催促をしてきていた。
「あ、あの、私が先だったと思います。眠っているトモマサ様に初めてお会いして、匂いを嗅いだ時には、もう好きだったと思います」
恥ずかしそうに、真っ赤になって答えるアズキ。
抱きしめたくなる可愛さだ。
「そう! やっぱり匂いで決めたのね。アズキも大人の犬獣人になったのね〜。それで、トモマサ様は、どこが気に入ったの、やっぱり胸? 私に似て大きくなったみたいだし〜。私も昔、これでジロウさんに迫ったものだわ〜。トモマサ様は、どうなの?」
さり気なく自分の自慢話も入れながらグイグイくるトモエさんに、こっちはタジタジである。
「えっと、あの取り敢えず、『様』付で呼ぶのやめてもらえませんか? やり辛くて」
すごくフレンドリーなのに『トモマサ様』では、こっちも話辛い。
「あらそう。『建国の父』様にいいのかしら、でも将来の娘婿だものね。分かったわ。トモマサ
「ははは、話しは外らせませんか。……そうですね。もちろん、容姿も大好きですけど、やっぱり1番は私を影から支えてくれる優しさですかね。先ほども言いましたけど、本当にアズキがいなければ、
「はぁ〜、羨ましいわ〜。そんなに好きになってもらえるなんて、その上、ドラゴンすら倒す強さ、魔道具を作る賢さ。私もジロウより先に会いたかったわ〜。まぁ、ジロウにも良いところはあるんだけどね」
その後も、カリン先生との馴れ初めや、ツバメ師匠に手を出したのかとか、結構、ゲスい話題を振りまいてくるトモエさん。
処刑を逃れて隠れ棲んでいるとは思えない明るさだ。
いつの間にやら、アズキもニコニコと笑顔を浮かべていた。
きっと、トモエさんも失われた家族の時間を取り戻すのに頑張っているのだろう。
話題が少々、下に寄りすぎな気がするが。
そんな、楽しい時間を過ごした後、俺とアズキはジロウさんとトモエさんの家の客室のベッドに並んで座って寛いでいた。
ちなみにヤヨイや他の彼女達は、イチジマへと送って行った。
イチジマではメイド長を初めとして王様などもヤヨイの安否を早く知りたかっただろうからだ。
カリン先生達もこれ以上、家族団欒の邪魔はできないと遠慮して帰って行った。
少しごねていたツバメ師匠は、マリ教授に美味いものを食べさせてやると説得されてではあったが。
合わせて、ルリも空気を読んだのか帰って行った。
今頃、皆で唐揚げパーティーでも開いている事だろう。
「しかし、アズキ。本当に俺も泊まって行って良かったのか? まだまだ積もる話もあるだろうから、アズキだけ泊まって行っても良かったんだぞ」
そう本当は、俺も遠慮しようとしたのだ。
明日、迎えに来るからと行ったのだが、それなら私も帰ると聞かないアズキのために俺もエルフの里に残ったのだ。
「わがままを言ってすみません。ですが、奴隷が主人の元を離れるわけにはいきません」
そう言い張る、アズキ。
だけど俺は、アズキの本当の気持ちを分かっていた。
まだ、死んだと思っていた家族に馴染めていないのだ。
特に家族の離別の主原因を作ったジロウさんと。
トモエさんに眠らされてほとんど話していないためでもあるのだが。
「それにしても、さっきの夕食の対応は、いただけないな。折角ジロウさんが話をしてくれているんだから、ちゃんと聞いてあげないと」
「はい」
俺の指摘を、俯いて聞いているアズキ。
そこで、俺は気が付いた。
ああ、これは俺もヤヨイにやられた事のある第二次反抗期だと。
そう言えばアズキは、まだ13歳であると。
それなら、余計に父親は邪険に扱われるだろうと。
あの天然のジロウさんであれば格段に。
俺は小さくため息をついて、アズキを諭す。
「でも、まぁ、慣れるまでは少し時間がかかるか。それでも、家族に会えて嬉しかったんだろ? 家族の事が大好きなんだろう?」
「もちろんです」
力強く、返事をするアズキに俺は、最後の一言を言う。
「それなら、せめて、一言でいい。その気持ちを伝えてあげて。それだけで、ジロウさんも分かってくれるから。……多分?」
相手があのジロウさんなので少し心配だが。
でも、いざとなったらトモエさんがなんとかしてくれるだろう。
そう思っていると、アズキが抱きついてキスして来た。
2人でベッドに倒れこむ。
「あ、アズキ、ダメだよ。隣に、ご両親と弟君がいるんだよ。聞こえちゃうよ」
「ごめんなさい。でも声出さないようにしますので。お願いします。して下さい」
俺の言葉の後、耳元でそっと囁くように話すアズキ。
自分から服を脱ぎ出した。
そして
「端ない女は、お嫌いですか?」
言いつつ下着姿で迫って来るアズキ。
俺は、我慢できなかった。
やってしまいました。
しかもアズキに求められるまま3回も。
隣で聞かれてるかもしれない。と思うと、大興奮してしまって。
「トモマサ様、ありがとうございます。気持ちの整理がつかなくて、甘えてしまいました。こんな女ですけど、嫌いにならないで下さい」
終えた後、アズキに腕枕をしているところで、そんなことを言うアズキ。
俺は、アズキに
「大丈夫だよ。大好きだよ」
そう言って、キスをしてから眠りについた。
おかげで、また、少し魔素量が上がったかもしれない……。
翌朝、目覚めた俺は身支度をして食堂に行く。
するとアズキとトモエさんが仲良く話しながら朝食を並べているところだった。
テーブルにはジロウさんも既に来ており、しきりに2人の話に加わろうとしている。
アズキも少し棘があるけど、一応返事をしていた。
俺が昨晩言った事を実行してくれているようだ。
俺は嬉しくなると同時に、寂しくもなった。
まるで、
もう戻らない光景が頭に浮かび目頭が熱くなる。
そこに
「トモマサ君、おはよう」
俺に気付いたトモエさんが声をかけてくれる。
「お、おはようございます」
俺は平常を装って返事をした。
だが、声が少し震えていたかもしれない。
気が付けば、アズキが俺の腕を取り抱きしめていたから。
そこでまた、何かを言おうとするジロウさん。
トモエさんにお玉で頭を叩かれて口を噤んでいたが。
「はは、何処のコントだよ。昭和の匂いがするよ」
俺はその光景に、思わず笑ってしまう。
するとアズキ、俺の腕を放し、微笑んで口を開いた。
「トモマサ様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
今度は普通に挨拶が出来た。
その声を聞いてアズキも安心したようだった。
和かな笑顔を出し席を勧めてくれる。
そして、皆でで朝食をとる。
俺がいるせいか少々不機嫌なジロウさん、そんなジロウさんを嗜めながら、クロエ君の面倒も見るトモエさん、ジロウさんに話しかけられても最小限の言葉だけを発して食事をするアズキ、少々ぎこちないながらも、そこには少しだけ打ち解けた家族の食卓があった。
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