第155話4.18 許可

 俺たちは、今、アズキの母親が住んでいる建屋の中のリビングで輪になって座っている。

 目の前には、アズキの母親のトモエさんと、3歳ぐらいの人族の男の子が座っていた。

 さっきまで母親に抱きついて泣いていたアズキだったが、今は俺の横に座っている。


 トモエさんの横を勧めたのだが、

「トモマサ様の横が良いです」

 と言ってこちらに座ってきた。


 恥ずかしかったのかもしれない。

 気を利かせた、カリン先生とマリ教授がお茶を入れてくれて皆に行き渡ったところで、ヤヨイが話し始めた。


「改めて紹介するわね。こちらは、アズキの母親のトモエさん。隣は、長男のクロキ君よ」

 アズキが長男と言うところでまたビクッと肩を震わせる。俺はそれを横目に見ながらヤヨイに尋ねる。


「長男がいるという事は、もしかして?」

「そうよ。父親も生きているわ。今、呼びに行かせてるから、すぐに帰ってくるわ」

 父親が生きていると聞いたアズキは、またまたビクッと肩を震わせて泣き出してしまった。

 俺は少し落ち着かせるためにアズキの手を優しく握ってあげる。

 するとアズキは、その腕に縋り付くように泣く。

 10分ほど経っただろうか。

 涙が止まろうかという、その時、1人の男が外から駆け込んで来た。


「父様……」

 入って来た男を見た後、そう言ってアズキは、また涙を流す。


「あ、アズキ……」

 男の方はアズキの名前を読んだ後、アズキの側に、こちらに来ようとするのだが、なぜか立ち止まっていた。

 男の目線を追うと、目線はアズキが抱え込む俺の腕に向いているようだ。


「……」

 しばらく気まずい沈黙の時間が流れる。

 耐えきれなくなった俺は、アズキに優しく促す。


「あ、アズキ、久々に会ったお父さんにもっとよく顔を見せてあげな」

 俺の言葉を聞いたアズキだが、イヤイヤするばかりで立ち上がる気配がない。

 仕方なく俺は、立ち上がらせるために腕を抜こうとするのだが、これがまた、全く動かない。完全にホールドされていた。


 そしてまた、沈黙が流れる。

 再度、アズキを促すために口を開こうとしたところでヤヨイが声をあげた。


「父さん、今は無理よ。ジロウも取り敢えず座りなさい」

「そうか」

「はい」

 アズキの父親のジロウさんと俺の声が重なる。

 そしてアズキの父親のジロウさんがトモエさんの横に座ったところでヤヨイが声をあげた。


「少し長い話になるけど、よく聞いてね。アズキもね」

 一息ついて事の起こり、ヒガシナカの街の事件からその話は始まった。


―――


「すると、冤罪なのか?」

「間違いないわ。関東に仕組まれたのよ。ジロウの脇が甘くて、まんまと嵌ってしまっただけよ」

 科学の復興のよる魔虫の大繁殖、その原因となる機械を持ち込んだのは、関東の人間だというのだ。

 ジロウさんには、新しい魔道具だと言って。


「私の調べでは、ヒガシナカの街に持ち込まれたのは、トウキョウの領域内で発掘されたエンジンだと分かっているわ。それをジロウが始動してしまったの。困った事にね」

「そんなエンジンなんて、今でも残っているのか?」

 1000年前21世紀の機械が残っている。

 何とも理解できない話だ。

 例え、大変革を免れたとしても、機械なんてメンテナンスも何もしなければ、10年と経たずに動かなくなってしまうものだ。

 始動するなんて考えられない。

 俺がヤヨイの言葉に色々思い悩んでいると、カリン先生から声が上がった。


「トモマサ君、悩むのは後にして話の続きを聞きましょう。いつまで経ってもアズキさんの両親のことが聞けません」

 そうだった、今はアズキの両親の話が先だった。

 カリン先生に謝ってヤヨイに話を進めるように言う。


「どうやらトウキョウの領域内に、過去の遺跡があるようなの。こちらの情報網でも詳しくは分かってないわ。ただ、現実にヒガシナカの街に持ち込まれた。それだけは、事実よ。それで、何で処刑されたはずのヤヨイの両親が生きているかというとね」

 そこで、一旦切って、お茶を飲むヤヨイ。

 溜めが無駄に長い。


「簡単な話よ。処刑を偽装したのよ。大体、冤罪だって分かってるのに殺せるわけないじゃないの」

「だったら何で、それを裁判で明らかにしなかったんだ!」

 俺は、思わず叫んでしまった。

 だって、そうだろう。無実ならそれを証明さえすれば、アズキが1人苦しむ事なんて無かったのだから。


「父さん、落ち着いて。私だって、好きでしたわけではないのよ。1番の問題は、ジロウが貴族であった。そこなのよ」

 ヤヨイがまた、変な事を言い出した。


「貴族だからって何だ? 貴族だと法律が違うのか?」

「内容的には、ほとんど同じよ。だけど一部違うの。裁判を行うのが、司法ではなく領主会議になるの」

「何だそりゃ?」

 領主会議が司法を担う? 何でそんな変な事になってるんだ? 俺が訝しげな顔をしているとヤヨイが理由を教えてくれた。


「仕方がないのよ。人の行き来が少ない現代31世紀では、どうしても司法担当者の人事異動が難しくてね、領主との癒着を防止できないのよ。その為の苦肉の策だったんだけど、ジロウの件では裏目に出たの。余程準備したのでしょうね、執拗なまでに状況証拠を揃えられてたの。だから、もう、略式裁判にして一気に処刑まで持って行ったの。時間をかけ過ぎれば、路頭に迷った町の住民達への支援も遅くなるし、関東の圧力も強くてね。とまぁ、そんなこんなで、行き先を失った、ジロウとトモエをエルフの里で匿っていたのよ。分かった父さん」

 そこまで言って、一息入れるヤヨイ。


 俺もお茶を飲みながら話を整理するが、どうにも政治的部分が多くて理解が追いつかない。

 それでも概要は分かったので、一応、肯いておく。

 他の皆も、分かったか分かってないか不明だが肯いているのでよしとした。

 ツバメ師匠とコハクだけは首を傾げていたけど、2人が理解する必要はなさそうなので放っておいた。


 しばらく皆、無言でお茶を飲んでいるところで、ジロウさんから声が上がった。


「ところで、貴方は、アズキの何なのですか? さっきから、やたら引っ付いてますけど?」

 そこで俺は思い出した。

 そう言えば、名を名乗ってすらいない事に。


「すみません。挨拶が遅くなりました。私は、アシダ トモマサと申します。アズキさんとの関係ですが、今は奴隷と主人の関係です。ですが、将来は、……結婚させていただきたく思っております。初対面の方に失礼かと思いますが、お嬢さんとの結婚をお許し戴きたく、よろしくお願いします」

 俺の突然の結婚の申し込みに、ジロウさんの目が吊り上がった。


「け、結婚! 何を言ってるんだ! アズキは、アズキはまだ13歳だぞ! 何処の馬の骨ともわからん男との結婚を俺が許すわけな――アイタタタター!」

 話の途中で痛みを訴えるジロウさん。何事かと思って、よく見るとトモエさんが盛大に足を抓っていた。


「と、トモエ、痛い痛い何するんだ」

「あら貴方が余計なこと言おうとするから邪魔したのじゃないの。大体、貴方分かってるの? そちらの男性がどんな人か。分かった上で、馬の骨なんて言ってるんでしょうね?」

「知らないよ。知るわけないだろう。初対面なんだから」

 ジロウさんが抓られた部分をさすりながら答える。


「はぁー。これだから、全く。貴方、ヤヨイ様がこの方を何て呼んでるか聞いてなかったの?」

「え、『トウサ』だろう? あ、でもさっきの自己紹介では、アシダ トモマサとか言ってたな。変なあだ名だな」

 ジロウさんの答えに、半眼になるトモエさん。

 かく言う俺もヤヨイも、そして周りの人たちも呆れていた。


「アズキよ。ジロウさんは、かなりの天然だな。これでは、すぐに騙されそうだ」

 俺がそっとアズキに言うと、大きく頷き返してくるアズキ。

 それを見て、また何かいい出そうとするジロウさんの足を抓るトモエさん。

 何のコントだこれ? とか思ってると、トモエさんがジロウさんに言い聞かせる。


「貴方、ヤヨイ様は、『父さん』と呼んでるのよ。ヤヨイ様のお父様ですよ。ここまで言われたら、流石の貴方でも分かるでしょう?」

「ヤヨイ様のお父様。ヤヨイ様のお父様……え? ……それって、もしかして?」

 目を見開いて驚くジロウさんがトモエさんを見る。

 見られたトモエさんは大きく頷く。

 それでも信じられないのか、アズキを見て、ヤヨイを見て、そして、他の女の子たちを見ていくと全ての人々に頷かれて、そこまでして、やっと理解したらしい。

 椅子から飛び降りて、着地と同時に見事な土下座をするジロウさん。

 それこそ、オリンピック金メダル級のキレのある動き土下座で。


「申し訳ございません。『建国の父』様とは知らず大変な無礼を働きまして、このジロウ、命を持って償わせて戴きます」

「やめて下さい」

 俺は即座に止めに入る。

 何言ってんだこの人。

 折角、生きて会えたのに何自分の命で償おうとしてるんだ。

 おかしいだろう。


「トモマサ様、申し訳ございません。この人、慌てん坊で。どうか許してやって下さい」

「いや、許すも何も、悪い事なんて何もされてないですから。どちらかと言えば、こちらが結婚の許可を頂きたいぐらいなのですが」


「あら、そうでしたね。でも、結婚の許可なんてこちらから頼みたいぐらいですのに、本当に宜しいんですか?」

「はい、もちろん。変わってしまった現代31世紀でウジウジしていた私を変えてくれたのはアズキです。今は、アズキ無しでの生活なんて考えられない程なのです」

 そう言いながら、アズキを見る。アズキは、真っ赤になりながら俺の腕にしがみついていた。


「そうですか。それなら、何も言うことはありません。もちろん、アズキも異論はないのよね」

「はい、母様。私は、一生トモマサ様について行きます」

 トモエさんの目を見ながらしっかりと返事をするアズキ。

 それを見たトモエさんは、ニコニコと微笑んでいた。

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