第154話4.17 目覚め

 目を開けると、知らない天井でした。

「俺は、一体……」

 体を起こし朦朧としていた所に、扉が開いて入って来た銀髪の美少女が叫んだ。


「父さん、気がついたのね!」

 知らない人だ……と思う。


「えっと、人違いです」

「何で、そうなるのよ!」

「え? 娘は、もっと年上だったし。貴女は、いったい誰ですか?」

現代31世紀では、カンナは亡くなってるし、ヤヨイは、1000歳ぐらいの婆さんだったはずだ。


「だから、私は、ヤヨイよ。忘れちゃったの?」

「へ?」

 俺は変な声が出る。


「父さんが、若返りの魔法をかけたんでしょう?」

「え? ヤヨイ? 確かに、俺は、ヤヨイに若返りの魔法をかけたけど、けど、何でそんなに若いんだ? え?」

「父さんが、見境なく魔素を込めるからじゃ無いの? 気を失うって事は、自分の生命維持に使ってる分の魔素まで込めたって事よね。全く、自分の命まで危なくして何してるのよ」

 なるほど、確かに最後は、泣きそうになりながら全ての魔素をかけた。

 そのせいで、思ったより若くなったのだろう。

 よくよく見てみると21世紀での面影もエルフになってからの面影も残っているように感じられる。


 それにしても、命を助けられたのにあまりの言い分ではないだろうか? 例え親娘だとしても、もう少し言い方があると思う。

 そう思った俺は、声を荒げる。


「何言ってんだ! ヤヨイ! 親がな、親が子供のために命をかけるぐらい当然だろ! 大体、ヤヨイこそ何だ! 何遠慮してるのか知らないけど、もっと早く俺に伝えていれば、こんな騒ぎにはならなかったんだぞ! 反省しろ! 反省を‼」

 そう言って、俺はヤヨイのそばに行き抱きしめる。


「本当に、反省をしろ。どれだけ心配したと思ってるんだ。全く」

 急に優しくなった俺の言葉に驚いたのか、ヤヨイは小さな声で「ごめんなさい」と言って泣き出した。

 俺は小さくなったヤヨイの背中と頭を撫でる。

 ヤヨイも俺の背中に手を回してきて抱きついて泣き噦っていた。


 5分? 10分? よく分からない間泣いていたヤヨイだったが、落ち着いてきたようで、ゆっくりと離れていった。

 火が出るほど真っ赤な顔で。

「お、何だ? もう良いのか? もっと甘えていいんだぞ。昔みたいに?」

「な、何言ってるのよ! 私はもう、子供じゃないのよ! 今は、1000歳のお婆さんなのよ! そんな恥ずかしい事できる訳ないじゃない!」

 俺の揶揄いに、赤い顔のまま悪態を返すヤヨイ。

 どうやら、元気になったようだ。


「それとも、父さん、私にまで手を出そうと言うの? 近親相姦は、ロリコンと同じで犯罪よ! そもそも、既に4人も彼女がいてまだ足りないの! そもそも、……」

 どうやら、元気になり過ぎたようだ。

 ちょっと揶揄っただけなのに、また俺の悪口を言ってやがる。

 姿はすっかり少女に戻ったのに中身は変わらなかったようだ。

 まぁ、突然、戻られてもこっちも戸惑うばかりなのだが。


 そして、たっぷり10分は悪口を言った後に、ぽつりと「それでも、助けてくれてありがとう」と言って、部屋を出て行った。

 ツンデレ、ここに極まれり、って感じだった。


 丸一日眠っていたようで、俺は、すっかり回復していた。 

 普通の人が、限界を超えて魔素を放出すると、数日は身動きが取れなくなるそうなのだが。

 俺が不思議に思っていると、いつものようにカリン先生が呆れ顔で教えてくれた。


「はぁー、トモマサ君、説明しましたよね。魔素量が多いという事は、魔素の回復量も多いという事ですよ。全ての人は、6時間程の睡眠で魔素が全快するようになってます。これは、魔素量の増加と共に体内の魔素回復機関も強化されるためで……」

「ああー、思い出しました、カリン先生。ありがとうございます」

 カリン先生の話が長くなりそうなので、俺は途中で止めに入った。

 思い出したのは、本当だ。

 いや、本気で。

 ちなみにヤヨイも元気だ。

 少しダルさがあるそうだが、若返ったので体が軽いとスキップでもしそうなほどだった。


 そんなヤヨイと俺たちは、今、タカモリ里長の家でお茶を飲んでいる。

「タカモリさん、ナツコさん、ご迷惑をおかけしました」

 俺が頭を下げるとヤヨイを含めた全員が頭を下げる。


「いやいや、頭を上げてください。トモマサ様やヤヨイ様に頭を下げられるとこちらが困ってしまいます」

 ナツコさんもタカモリ里長の言葉に高速で肯いている。

 『建国の父』トモマサと建国以来国を守ってきたヤヨイに揃って謝られるとそりゃ困るだろう。


「いえ、立場など関係ありません。家族を、娘を救ってくれた事に心から感謝します」

 そう言って俺は改めて頭を下げた。

 俺が頭を上げた時、タカモリ里長とナツコさんは、苦笑いを浮かべていた。

 まだまだ、感謝したりないのだがこれ以上頭を下げても困るだけのようだし、何かでお返しするとしよう。


「それはそうと、ヤヨイ様は、これからどうされるのですか?」

 タカモリ里長も何とか話を切り替えたいようで、違う話題を持ち出して来た。


「さて、どうしようかしら。随分と若返ってしまったし、体も自由に動かせそうなのでイチジマの屋敷で篭ってないで少し外に出ようかしら?」

「それは、良い事ですね。各地を回って国の様子を見る事も大切な事です。最近、関東の一部で差別が益々酷くなってるように、悪い事を考えている領主も多いですから。ここらで、ヤヨイ様の喝を入れると良いですね」

「そうね」

 と頷くヤヨイを見て俺は思った、どこの副将軍だと。

 印籠持って回るのかと。

 そんな俺の思いをよそに話は進む。


「でも、流石にすぐという訳にはいかないわね。しばらくは、関東にかかりきりになるしね」

「ふーん、そんなに関東はやばいのか?」

 どうでもいい事を考えていたせいでは無いが、話についていけない俺は、素朴な疑問を口にする。

「そうね。父さんには、あまり話して無かったわね。今、関東は父さんのせいで大荒れよ」

「何で俺が?」

 俺、何にもしてないだろう? ただ、真面目に学校行って、授業受けて、魔導車の開発してただけなのに、俺のせいとか心外だ。


「父さんが奴隷とか罪について書いた文章のせいよ。あれを見た関東の亜人達や差別に批判的な宗教家達が、立ち上がったのよ。おかげで、あっちではデモ隊と領主軍が頻繁に衝突しているらしいわ。王家からは、暴力ではなにも変わらないと自粛を求めてるんだけど、余程鬱憤が溜まってるみたいで全く収まらないのよ。領主軍もまた、積極的に殺して回るものだから目も当てられないのだけどね」

「それって、俺のせいじゃなく、書かせたヤヨイのせいではないか?」


 俺の返しに

「そんな事、どうでもいいじゃない」

 ってヤヨイよ、俺の気持ち的には結構大事だぞ、そこ。

 世間的には、どうでもいいかもしれないけど。


 タカモリ里長の家で、ゆっくり話していた俺たちだが、

「折角エルフの里にきたのだから皆に案内したいことがあるの」

 と言い出して移動を始めた。

 今は、ヤヨイを含めたメンバーで歩いている。


「どこへ行くんだ、ヤヨイ?」

「すぐそこよ。さっきの関東の事もあってね。会わせたい人がいるの」

 合わせたい人ね。

 誰だろう? 関東から迫害されて逃げてきたエルフでもいるのかな? そんな事を考えながら、一行はエルフの里の外れへとぞろぞろ歩いて行く。


 しばらく歩くと、辺りの風景が変わってきた。

「あれ、このあたりは、普通の民家なんだな」

 さっきまで、建物は全てエルフ風の木をくり抜いた家だったのに、ある地点を境に木造平屋住宅に変わっていた。


「この辺りは、特別保護区なのよ。エルフ以外も住んでるから普通の家なの」

 聞いて行くと、あのエルフ風の家はエルフ以外の人にはあまり受け入れられないらしい。

 元は皆同じ人間なのに、種族によって嗜好がそこまで偏るのかと考えていると目的地に着いたようだ。

 数ある建屋の一件のドアを、ヤヨイがドアをノックする。


「はい、どちら様?」

 建屋の中から聞こえる女性が声と共に出てきた時、後ろからアズキの困惑した声がした。


「――お母様?」

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