第153話4.16 若返り
激しい破壊音を聞いたヤヨイは、外の様子を伺っていた。
「何の音かしら? 何かが破裂するような音ね。ひょっとして、冷凍睡眠(コールド・スリープ)装置が壊れたのかしら」
考えられる事態である。そもそも、もう使うつもりもなかったので、整備も疎かになっていたのである。
「それなら、このまま死ぬのね。何だか眠たくなってきたわ。……先に行くわね父さん。……泣いてくれるかしら父さん。……それとも怒るかしら父さん。……ごめんね父さん。折角再会できたのに、娘らしい事してあげれなくて。ごめんね、父さん…………」
そして、ヤヨイの意識は、微睡みのさらに奥へと飲まれていった。
―――
ナツコさんのレクチャーで新たに分かった事は、少なかった。
そもそもがヤヨイの夫が考案した魔道具だったが、その燃費の悪さから実用には至らなかったようだ。
だが、その夫の死後にエルフの里で他の帰狭者が作った魔素を集める装置と組み合わせて構築したヤヨイ。
冷凍睡眠(コールド・スリープ)装置を稼働まで持っていったらしい。
稼働から900年余り経った今でも、ほとんどの魔術式は解明されておらず、メンテナンスも手探りで行っていたとか。
ある意味いつ壊れてもおかしくない装置だった。
当のヤヨイも前回(10年ほど前)に使い終えてからは、もう二度と使わない気でいたらしい。
ならなんで? と聞くと
「関東の情勢と後、俺の事で少しでも寿命を伸ばしたかったようだ」
とタカモリ里長に言われてしまった。
「俺のせいなのか?」
愚痴が溢れるが、今はそんなことを考えている時間はない。
「問題は、目覚めさせることと、寿命の延長か。どちらも
「それでしたら、この魔導盤に」
ナツコさんが渡してくる魔導盤を起動し、頭から読んでいく。
もちろん時間がないので脳の身体強化魔法を使って。
複雑な魔術式だった。
ただ、記述がJava(プログラム)っぽかったのでなんとか読める。
起動、睡眠、起床、幾つものシーケンスを読み込んでいく。
「初めからこれを見ておけばよかった。起床は、おそらく問題ない。帰狭者なら狭間から帰って来た経験を持つ者なら使えそうだ。残るは、寿命の延長だな」
考える。
寿命の延長、不死か、大昔の権力者が考えそうな事だな。
だけど誰もなし得なかった事だ。
脳みそをフル回転で考える。
再生医療は、どうだろう? ブラック○ャックで、全身の臓器移植なんてやってたけど、それでも寿命の延長なんて物は無かったな。
それなら、デトックスは? あれは、ただのダイエットの一種だ。
ついでにアンチエイジングも若返りとか言ってるけど、ちょっと肌ツヤが良くなるだけだし、根本解決には至らないものだ。
さらに脳の奥の奥まで使って考える。
魔法ならどうだろう? 多くの魔法は物理法則に支配されているけど、奴隷魔法とか障壁魔法とかよく分からない魔法もあるし、ひょっとしたら、どうにかなるのではないだろうか?
「マリ教授、教えて欲しい。過去に、寿命を延ばすような魔法は在りませんか?」
「トモマサ君、私も今考えていたところだが――すまない。過去に研究した人はいたみたいだが、成功例は皆無だ」
肩を落としながら、答えるマリ教授。
「謝らないでください。マリ教授。教授は、何も悪くありませんので」
「それなら、コハク、龍人族には何か伝わってないのか?」
壁際でぼーっと立ってるコハクにも質問してみる。
「龍人族はー、長生きー。寿命に興味ないー。私はー知らないー」
全くその通りだろう。
何千年も生きる龍人族には、この話は無駄か。
ますます、肩を落とす俺。
これで本当に八方塞がりだ。
魔法を作るにも後10分程では流石に無理だ。
例え、脳の身体魔法を駆使したとしても。
何か事例がないと、ゼロからの魔法開発とか、新しいラノベのタイトルみたいになってしまう。
ダメだ、思考が変な方に向きだした。
「ダメなのか……せめて若返った事例でもあれば……」
項垂れる俺に、これまで見ているだけだったツバメ師匠が声を上げる。
「うん? 若返ったやつならいるではないか?」
「へ? 本当ですか?」
この時、俺は間抜けな顔していただろう。
何せもう少し諦め掛けていたのだから。
「うん。だから、若返ったやつだろう? トモマサ、お主、今いくつだ?」
「俺? 俺は、今、14さ…………40歳!!!!!!!!!!!!」
そうか、そうだ、そうなのだ! いた、いたよ、いたんだよ! 何で気付かなかった、俺だよ、俺。
俺こそが次元の狭間で若返って来たんだ。
「ツバメ師匠!」
叫びながら抱きついて頬擦りしまくる俺。
普段、膝の上に座ってベタベタしてくるツバメ師匠も俺のあまりの勢いに引け腰になるほどに。
「と、トモマサよ。私としては嬉しいのだが、時間がないのだろう?」
は! そうだった。危ない危ない、あまりの感動に本末転倒になる所だった。
「た、大変です。そろそろ、魔素が切れそうです」
俺がツバメ師匠に窘められているところに、計ったようにカリン先生が駆け込んで来た。
どうやら、既にカリン先生の魔素は底をついて、今はアズキが魔素供給しているらしい。
そして、それも残り少ないとか。
「分かりました。すぐに行きましょう」
若返りの魔法、ぶっつけ本番になりそうだが、実験を行っている余裕もない。
なに俺が実際に体験した事を再現するよう命令するだけだ。
少々、曖昧な命令だけど、もうこれしかない。
ダメだったら……いや、そんな事は考えない。
絶対に成功させるんだ! ヤヨイを、娘を助けるために!
決意を固めた俺は、皆と冷凍睡眠(コールド・スリープ)装置のある部屋へと戻った。
「ヤヨイ様は、その扉の向こうで眠っています。本来なら、起床シーケンス終了後で無いと入れないのですが……」
「いや、大丈夫だ。起床シーケンスも俺が代わりにやる。俺が合図したら、冷凍睡眠(コールド・スリープ)装置への魔素供給を停止してくれ。それだけで大丈夫だ」
「分かりました」
返事を聞き急ぎドアを開け部屋の中に入る。
部屋の中は超濃密な魔素の海の中だった。
魔素の海を泳ぐようにヤヨイの元に駆け寄る。
そして、辿り着いた先で見たヤヨイは……シワシワの婆さんだった。
「や、ヤヨイ」
ほんの10日ほど前までに別れた時は、20代に見えるほどだったのに。
ここまで変わってしまうとは、冷凍睡眠(コールド・スリープ)の副作用だろうか? そんな事を考えながら、ヤヨイを抱きかかえ口元に顔を寄せ呼吸を確かめる。
物凄くゆっくりではあるが、呼吸はしているようだ。
そして、微かに声が聞こえる、「ご・め・ん・ね・と・う・さ・ん」と。
「馬鹿たれ。謝るなら起きてからにしろ!」
生存を確認した俺は、悪態をつきながら冷凍睡眠(コールド・スリープ)装置の魔術式から読み取った起床の魔法と、自分が体験した若返りの魔法を順番に発動する――
「『起床(アウェイク)』、『若返り(リジュヴァネーション)』」
――結果、起床の魔法は無事に完了したようだ。
呼吸が普段の速度に戻った事により確認できた。
「冷凍睡眠(コールド・スリープ)装置を止めてくれ」
部屋の外に聞こえるように大きめの声で合図を送ると、装置を停止したのだろう段々と魔素濃度が下がっていった。
だが、そこで問題に気付く。
全く若返った感じがしないのだ。
魔法の効果無かったのだろうか?
「くそ、魔法に込める魔素量が足りないのか!」
俺は、更に魔素を込めて、魔法を発動する。
「効いてくれ! 『若返り(リジュヴァネーション)』……まだ、まだだ、もっともっとだ」
再度の魔法でも効果が感じられなかった俺は、更に更に追加で魔素を込めていく。
「効いてくれ、効いてくれ、効いてくれーーー‼」
魔素を込めて込めて込めまくったらヤヨイの顔から皺が取れていくのが見えだして――俺は意識を失った。
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