第150話4.13 ヤヨイの追憶
「ごめんね、姉さん。全て任せてしまって」
ベッドに横たわる老婆が、横に座る10代程に見えるヤヨイに向かって謝ってくる。
「何言ってるのよ。神無、大丈夫よ。後は任せてゆっくりお休み。国の事も父さんの事も私が面倒見てあげるわ」
900年ほど昔、ようやく大変革からの混乱を抜け出した時期である。
トモマサの妻ムツキと娘カンナが立ち上げた丹波王国であったが、この頃は、まだ近畿と東海、他、中国地方の半数程を纏めた程度の国であった。
他には、九州の別府国、四国の土佐国、北陸の糸魚川国、関東のエド国、東北の石巻国と言った、地方地方で国が乱立しており、それぞれの国境付近では戦争までは至らないものの小競り合いが多発する状態であった。
「私が、死んだ後、心配なのは関東のエド国ね。九州、四国、北陸は、友好的だから間も無く同盟が成るでしょうけど、関東だけは、東北を取り込んで戦争を起こしそうなんだから困ったものね。『日本の首都は、関東だ!』なんて息まかれてもね。かつては、京都にも奈良にもあったんだから、そこは、妥協して欲しいものね」
「大丈夫よ。今、裏から
「頼んだわよ。姉さん。息子のトモカズだと、まだ頼りなくて」
「いいから。国の事は、任せて、ゆっくり休みなさい。後は、私がやっておくわ」
そう言って、カンナ前国王を労わり休ませた、ヤヨイは、1人部屋を後にした。
「神無、後どれぐらいもつかしらね。最近は、ほとんど回復魔法も効かないし、長くないかもしれないわね。それにしても、父さんは本当にどうしたのかしらね。やっぱりもう死んでるのかな……」
廊下を歩きながら、ヤヨイは1人寂しくつぶやくのであった。
「カンナ前国王に哀悼の意を表し黙祷」
カンナの死から一年、今日は丹波連合王国を挙げて一周忌を行なっている。
大変革で荒れた日本であったが、カンナの亡くなる前に丹波連合王国を建国するまでになった。
関東と東北だけは、取り込めなかったのでまだまだ半分であるが。
「神無、安心して、
カンナの墓前で1人つぶやく、ヤヨイ。
「だから、私ね。眠りにつく事にしたわ。夫の残してくれた研究が成功したの。だから、安心して、国に何かあった時には、戻ってくるから。情報網も構築できたしね」
そして、ヤヨイは表舞台から姿を消した。
―――
「馬鹿な! ヤヨイだと! 何故だ、ここ100年ほど、姿を現さなかったではないか。死んだのではないのか? そもそも、大変革から500年も経った今、何故生きている? エルフと言えど、最高記録で350年。不老不死にでもなったと言うのか!」
関東の盟主、ニッコウの街のトクガワ イエヤス将軍は、憤って手に持っていたグラスを投げつけた。
影で進めていた関西侵攻の準備が悉く潰されて、怒りが天元突破してしまったのだろう。
「イエヤス様、噂では、ヤヨイは
「貴様、馬鹿か! 21世紀ですらなし得なかった技術だぞ。そんな簡単に出来るはずがないだろう!」
イエヤスの怒りをぶつけられた家老の男は、青い顔で立っていた。
21世紀にない技術でも、かつての知識と魔法を組み合わせて開発した事をイエヤスは知らないようだった。
そのような魔法を開発した帰狭者がエルフやドワーフと言った魔素量の多い亜人なのが原因なのだ。
元は同じ人間であるのに関東で差別されている亜人達、その動向が知らされないのは当然のことなのかもしれない。
ただ、領主として情報を制限される事は、致命的欠陥ではあるのだが。
―――
「今代のイエヤスは、馬鹿だったようね。おかげで、尻尾を掴んで丹波連合王国への編入も上手く行ったのだから、この国にとっては、有り難かったけどね」
闇に向かって話しかけたヤヨイに、音も無く現れた黒装束の女から返事が返ってくる。
「は、ヤヨイ様。事の成就おめでとうございます。混乱も治まりましたし、また、エルフの里に籠られるのでしょうか?」
「そうね。もう数ヶ月したら、戻ろうかしら。それでも、何かありそうだったら、また、起こしてね。待ってるわ、クイナ」
「は、代は変わってるかと思いますが、後世のクイナが起こしに参ります」
話を聞いて、微笑むヤヨイを見ながらクイナは、再び闇へと消えて行った。
―――
「ヒガシナカの街に科学遺物が持ち込まれたですって」
時は流れてトモマサが戻って来る5年ほど前、ヤヨイは再び起こされていた。
「は、ヤヨイ様。関東の御庭番が怪しい動きをしております」
「そう、分かったわ。引き続き調査をして。私も準備が出来次第、イチジマの街に戻るわ」
「は!」
闇に消えて行く当代のクイナを見送り、ヤヨイは夢現の中でずっと聞かされていた情報を整理して行く。
「聞かされていた情報では、今代のイエヤスは、随分と切れ者のようね。丹波王国を作ってそろそろ1000年、連合王国になってもかなり経ったわね。今回で、関東も完全に取り込みたいところね。私ももう長くないだろうしね。それに、最近は帰狭者の話も聞かないし、流石に父さんは……」
自分の父親の事に考えが移ったヤヨイは、大きなため息をついて部屋を出て行いった。
―――
「メイド長、今更、帰狭者が出たって?」
ヒガシナカの事件から数年後の事である。
関東勢を完全に取り込むためヤヨイは眠りにつかずに対策を練っていた。
そこにメイド長が慌てて話を持ってきたのだ。
「はい、ヤヨイ様。オグチの街の漁師が山中で見つけたようです。今は、ヤヨイ様の別荘で眠っているそうです」
「出てきたのに、まだ寝てるの?」
「はい、未だ目を覚まさないらしく、3日程眠っています」
出てきて3日も寝ている帰狭者、よほどの寝坊助である。
思わず父親を思い出し、容姿について聞いて行くヤヨイ。
「10代中頃の男性です。角も無く、耳も尖っておりません。普通の人間のようです。また、何も身に付けておらず、身元は不明です」
「そう、10代なのね。まだ、小人族なら可能性はあるのだけど、人間なのね」
年齢を聞いてため息をつく、ヤヨイ。
少し父親を期待したのだが、10代の容姿をした普通の人間が40歳過ぎだった父親のはずが無い。
かつて、若返った帰狭者などいないのだから。
「それでも、この仕事を終えたら一度会いに行こうかしら。まず、ゲンパク先生に診て貰って。帰狭者ならどんな人であれ、この国の為になるでしょうから。それと、今、オグチの別荘にいる、アズキに面倒を見させてあげて。歳も近いし、あの子ももう一人前でしょう」
「ゲンパク先生は、すぐに手配します。メイドの件も了解しました」
出て行くメイド長を見送って、ヤヨイは仕事に戻って行った。
―――
現在へと戻って来る思考。
そして、飛び飛びの思考が流れて行く。
「大変革から1000年か。いくら冷凍睡眠(コールド・スリープ)とは言え、もうそろ寿命ね……」
「1000年も経って父さんが出て来るとはね。アズキともカリンさんともツバメさんとも結婚の約束したようだし、もう心配は要らないわね……」
「関東をなんとかしないとね。その為に後3年、いや1年でも良いわ。命を繋がないと……」
「あいつらのやった事は、解ってる。
「でも、出来るなら弟や妹達を育てたいわ……」
「……」
無限に続く思考の中で、ヤヨイはその音を聞いた。
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