第135話3.32 カリン先生の昔の話1

 コウベの領域から生還し、アリマの町の宿での一幕である。


「やっとコハクちゃんが、寝てくれました」

 再会から数日、カリン先生とコハクは、コハクがまとわりつく形でずっと一緒であった。

 それは、ご飯から、風呂から、ベッドから、何から何までである。

 下手をすればトイレの中まで付いて来ようとするコハクを辛うじて説得したカリン先生であるが、それでもトイレが終わるまでドアの前で待っている程である。


「起きている間中ずっと引っ付いてくるんですもの。本当、10年前と変わらないですね。いや、ある意味、酷くなってるかもしれませんね?」

 などと回想しているカリン先生であるが、無言でスワの町から立ち去った事への後ろ暗さからかコハクに強く出れないでいた。

 おかげで若干窮屈な生活を強いられているのであった。


「しばらくすれば、離れてくれるでしょうか? 見た目は、すっかり大人なのだし、少しは成長していて貰わないと困ってしまいます。私も、久々にトモマサ君に甘えたかったのに」

 つぶやきながら、目を閉じるカリン先生。

 隣の部屋でトモマサと共に眠っているアズキを少し羨ましく思いながらも、魔物の領域での長期活動は体に疲れを残しているようで、すぐに眠りに落ちていった。


 そして、懐かしい再会を得たからであろうか、子供の頃の夢を見る。


―――


 それは10年前のスワの町。

 私がイチジマに出立する前日の出来事です。


 その時、私は6歳。

 周りからは魔法の天才と言われていました。


 実際、魔素量はかなり多く、既に500を越えていたと思います。

 虹彩異色症、通称オッドアイを持つ人としては普通なのですが、一般人の魔素量平均が100だと言うのだから天才と言われても仕方がないのかもしれません。


「明日、イチジマの魔法学園に向けて出発か」

「はい。お父様。明日、転移魔法使いが迎えに来てくれる予定です」

「6歳で家を出るか。寂しいものだな。向こうでは、寮の諸先輩方の言うことをよく聞いて、勉強に励みなさい」

「はい!」

 私が元気一杯に返事をすると、隣で聞いていたお母様がクスクスと笑っています。


「あなた、カリンは、まだ6歳なのですよ! 他に言い方があるでしょう。本当に真面目一筋なんだから。困ったものね。カリン」

 そう言いながら私の頭を撫でてくれるお母様。

 少し、くすぐったいです。

 私がモゾモゾしているとお母様は、さらに話を続けます。


「でも、御免なさいね。カリン。本当は、まだまだ側で成長を見ていたいのだけど、ニッコウの学校がすぐに入学させろと煩くてね。せめてもの対応策でライバルの魔法学園に行くことになってしまって。寂しいでしょうけど、我慢してね」

 そう、今回の魔法学園への入園には、止むに止まれぬ事情があるのです。

 私の魔素量に目をつけた関東の上級貴族がニッコウの魔術学園に入るよう要請して来たのです。

 6歳にして魔術学園への入園要請。

 とても名誉な事のように聞こえます。


 でも父様と母様は反対しました。

 それは関東の魔術学園には大きな問題があったからです。


 それは――差別です。


 関東、その中でも中心地であるニッコウの町は、昔のエドの思想を色濃く残し異種族への風当たりがきついのです。

 そしてその風潮はオッドアイを持つ私にも向けられるだろうという事なのです。

 そのため、お父様が、

「入るなら以前に特別入学の案内を送って来ていた、イチジマの魔法学園にしなさい」

 と言われたのでそちらに入る事になりました。


 それにニッコウの魔術学園にはもう一つ問題がありました。

 それは魔術学園の生徒は上級貴族の子弟が多く、魔素の多いそれ以外の生徒はこちらの意思など関係なく囲われてしまう事です。

 まだ6歳の私ですら妾にしようとする危ない輩がいるそうですから、関東の上級貴族、かなり病んでいるのかもしれません。


「お母様、私は大丈夫です。一生懸命勉強して、転移魔法を覚えて、いつでもスワの町に帰って来れるようになりますから」

「楽しみに待ってるわ」

 私の言葉に満足したのか、ギュッと抱きしめてくれる、お母様。

 私も抱き返します。

 その様子を、微笑ましく見つめる、お父様、隣では兄様方も同じように見つめています。

 とてもとても暖かい家族に見守られ、翌日、私は1人イチジマの町へと転移しました。


「こんにちは、スワ カリン、6歳です。よろしくお願いします」

 転移魔法で連れて来られた魔法学園、最初に案内されたのは学園長室でした。

 私は前に座るとても優しそうなお爺さんに挨拶します。

「はい、こんにちは。私がイチジマの魔法学園の学園長です。よろしくお願いしますね」

「はい!」

「元気があって良いですね。さてカリンさん。今日から、貴方は魔法学園の生徒です。他は、もっと大きなお兄さんお姉さんばかりですけど、同じ魔法学園の生徒です。気後れせず、頑張ってください。以降の案内は、生徒会長の、サク ヨウコさんにお願いしております。よろしく、ヨウコさん」


「はい、学園長先生」

 スワの町まで迎えに来てくれた、綺麗なお姉さんが返事をします。

「カリンさん、ご挨拶が遅くなりましたね。私、イチジマ魔法学園の生徒会長をしています、サク ヨウコです。カリンさんの住んでいた、スワの町の近く、サクの町の領主の娘です。同じ、信州同士、仲良くしましょうね」

 続けて満面の笑みで私に挨拶してくれるヨウコ先輩。

 まるで学園長室に花が咲いたようです。


「は、はい! ヨウコ先輩。よろしくお願いします」

あまりの華やかさに私は、少したじろいで言葉に詰まるほどです。

でも、私もいつかヨウコ先輩のようなお姉さんになりたい! そう思わせるような笑顔です。

「さあ、カリンさん行きましょう」

 言いながら手を繋いで学園長室から連れ出してくれます。

 私はワクワクしながら引っ張られて行きました。


 先ずは寮の部屋です。

「え、ヨウコ先輩と共同生活なのですか?」

「ええ、カリンさん、話し方がとても大人っぽくて6歳とは思えないけど、流石に1人住まいさせるわけにはいかないし、私の寮は貴族用なので空き部屋もあったのでね。もし嫌でなければ、ここに住んでみない? もちろん部屋は個別よ。お風呂とかキッチンとかは共同だけど。あ、ちゃんとメイドもいるから食事の準備やお洗濯はメイドにお願いすれば良いわよ」

 ヨウコ先輩の言葉に私は驚いてしまいます。

「良いんですか? ヨウコ先輩。確かに、私、一人暮らしには不安がありますけど、いきなり押し掛けたりしたら迷惑では無いですか?」

「良いのよ。私は、末っ子でね。昔から、妹が欲しかったのよ。これからは、私を姉さんだと思って接してくれても良いぐらい」

 またヨウコ先輩が満面の笑みを浮かべます。

 その笑みに惹かれ、私は思わず肯いてしまいます。


「嬉しいわ。断られたらどうしようかと思ってたのよ。でも、もし住んでみて、やっぱり1人が良いわと思ったらいつでも言ってね。普通の女子寮も空いてるからね」

「はい、お気遣いありがとうございます」

「ふふふ、本当に6歳とは思えない話し方ね。流石、天才と言われるだけあるわ」

 ヨウコ先輩の言葉に、私は恥ずかしくなり、顔が熱くなります。

 きっと真っ赤になっているでしょう。

「照れてるところは、年相応ね。ふふふ。可愛い」

 そう言って抱きしめて来るヨウコ先輩。

 お母様と同じ匂いがします。

 イチジマの町に来て緊張していた心がとろけて行くようです。


 それにしてもお姉さんですか。

 諏訪湖の辺りで一緒に遊んだコハクちゃんに何も言わずに来てしまいました。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 ととても慕ってくれていたのに。悪い事をしました。

 また会えたら、ちゃんと謝らないと。

 そんな事を思いながらも、とても優しく頼れる同居人を得た私の学園生活は、とてもとても順調に始まりました。



 魔法学園で生活を始めて、早1年、単位も順調に取れて2年生に上がることが出来ました。

 ヨウコ先輩も無事に卒業し、今は研究生として魔法学園に残っています。

 おかげで私とヨウコ先輩の共同生活も続いています。

「ヨウコ先輩、就職しなくてよかったのですか? いい魔道具会社から内定貰ってたようですが」

「いいの、いいの。お父様がちょっと煩かったけど、私は、もっと勉強したかったからね。(ホントは、もっとカリンさんと住みたかっただけなんだけど。)」

「そうですか。それなら良いのです。ひょっとして、私の為かと思って心配してたんです」

「はははは、そんな訳ないでしょう?」

 ヨウコ先輩の顔が、少し引きつっているように思えますが気のせいでしょう。


「はい! 今年もよろしくお願いします」

「はい、カリンさん。そろそろそんな他人行儀ではなく、もっと家族みたいにしてくれて良いのですよ? 呼び方もお姉ちゃんとか、どうですか?」

 ヨウコ先輩の要望に私の顔が赤くなるのがわかります。

「すみません、それは恥ずかしいです」

 私の言葉にヨウコ先輩の肩が明らかに落ちた。

「ご、ごめんね。無理言って。それじゃ、私は、そろそろ、研究室へ行くね」

 そう言って、トボトボと歩いて行く、ヨウコ先輩。

「はぁ、仕方がないですね。一回だけですよ。……いってらっしゃい、お・ね・え・ちゃん!」


 私が、そう言った瞬間、ヨウコ先輩が満面の笑みを浮かべ、こちらを見ました。

 そして、そのままスキップして行ってしまった。

「ヨウコ先輩、浮かれ過ぎですー。さぁ、私も準備して授業に行かないと」

そうして、始まった2年目ですが、異変は突然にやって来ました。

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