第136話3.33 カリン先生の昔の話2

 カリンがイチジマの魔法学園に行って変わったことと言えば、スワ家の家族が少し寂しい思いをしただけで、他の領民たちは到って普通の生活を送っていた。

 それから一年経った頃、領主の寝室の扉を激しく叩く音が響いた。


『ドン!ドン!』


「領主様、ヨリシゲ様!」

 その音と領主を呼ぶ声に驚いたカリンの父であり領主であるスワ ヨリシゲが扉を開けるとそこには、金属鎧に身を包んだ1人の屈強な男が立っていた。

「どうした、シゲノブ。こんな夜中に、緊急事態か?」

 スワ家筆頭家臣、サワ シゲノブ家老、知力、武力共に優れ、この町の最大戦力でありかつ最高の司令官でもある男が夜中に訪れるのである。

 ただ事であるはずが無い。


「は! ヨリシゲ様。只今、櫓の兵より連絡が入りました。魔物の集団行動の兆しがあると。それを受け、只今、訓練通り町の防衛線の構築を行なっております。ヨリシゲ様もご準備ください。私は、先に西城門の上にて指揮をとります」

「分かった。私もすぐに行く」

 報告と共に去って行くシゲノブ家老を領主ヨリシゲは訝しげに眺めていた。

「スワ湖の龍神様が守るこの町に魔物が攻めてくる? 大昔には数件あったようだが、ここ500年は記録に無い事だな。シゲノブを疑うわけでは無いが、本当なのだろうか?」


 そう、このスワの町は大変革の後、何故か魔物が寄り付かないスワ湖周辺を再開発して作られた町なのである。

 東京や大阪を筆頭に科学エネルギーの多い地では、多数の魔物が出現し、とても人が住めるような土地では無くなった。

 だが、このスワ湖周辺だけは、例外で全く魔物が寄り付かない。

 21世紀では、そこそこ大きな町で精密機械工場なども多数あったスワ湖周辺であるのに。


 実際、現在31世紀でも詳細な理由は、全くもって分かっていない。

 そもそも魔素がなんであるかの研究すらほとんど進んでいないのだから。

 でも、その中で実しやかに囁かれているのが、領主ヨリシゲが神主を兼務する諏訪神社に伝わるスワ湖龍神伝説である。


「悩んでいても解決せんか。用意してシゲノブのところに行くとしよう」

 意を決し、シゲノブ家老のところへ急ぐ領主ヨリシゲ。その間にも、刻一刻と町を取り巻く状況は変化して行くのであった。



 領主ヨリシゲが城門の上に着く頃は、まだ、日の出までには時間があり辺りはまだ薄暗いにも関わらず、既に魔物との戦闘が始まっていた。

「シゲノブ、魔物の数は、如何程だ?」

「ヨリシゲ様、斥候部隊の半数程が、帰ってこないため分かりませんが恐らく万は超えるかと」

 その数を聞いて領主ヨリシゲの顔が青くなる。

 それもそのはずで、例え町の防衛が守る側有利であったとしても、魔物相手には敵の半数程の兵士が必要になる。

「それで、こちら側の数は?」

「は、兵士1500人、傭兵500人、計2000人程度かと」

 自分の町の戦力である、ある程度は予想はしていた領主ヨリシゲであるが、改めて聞いても、やはり絶望的な戦力差であった。


 領主ヨリシゲは即座に指示を出す。


「分かった。領民達に告げよ。町は放棄する。日の出と共に東門より避難するように。併せて、フジミの町やホクトの町に使いを出せ。避難民の保護を依頼しろ!」

「は、直ちに」

 領主ヨリシゲの命令を聞いたシゲノブ家老が部下に指示を出して行く。


 領主といい、家老といい、迅速果断に極まっている。


 町を捨て領民を守る。

 魔物が徘徊するこの世界においてもこのような決断を、しかも即時に行った領主は他にいないだろう。

 最も、この決断が良いか悪いかは、今の所わからないのだが。


 指示を聞き走って行く部下達を見ながら、領主ヨリシゲは既に次の行動について考えていた。

「シゲノブ、領民が逃げ出す迄の時間は稼げるか?」

「3日は持たせてみせますが、全員となると難しいかと思います」

「そうであろうな……。せめて、この度の魔物襲撃の原因でも分かれば対応のしようがあるのだがな」

「帰って来れた斥候の話で分かったことと言えば、魔物がシオジリの領域から溢れてきている事のみです」

「そうか、それだけしか分からないのか。それならば、仕方がない。守れるだけ守って我らも撤退する。決して無駄死にはするな。生きていれば、再びこの地に帰ってこれようからな」

「は!」


 そして苛烈極まる防衛戦が始まった。

 迫り来る万を超える魔物に立ち向かう少数の兵士達、後の世に、『スワの町の奇跡』と呼ばれる壮大な戦いは、また別の機会に語りたい。

 ただ結果的にシゲノブ家老は多少の犠牲者を出しつつも宣言通り3日間、1匹の魔物も町に入れない完全な防衛に成功し領民の9割を無事に脱出させた。

 4日目からの撤退戦でも町に残っていた孤児や体の不自由な人の避難を手伝いつつ最小限の被害で町の外へと撤退を完了させ、最終的に兵士と傭兵の約7割が生き残るという他に類を見ない生存率を叩き出し、丹波連合王国中から高い評価を得るほどであった。


 撤退完了から、3日後、カリンはヨウコに連れられ学園長室に来ていた。

「学園長先生、こんにちは、今日はどういった話でしょうか?」

 以前のように椅子に座っている学園長先生に話しかけるカリンは少し緊張していた。

 なにしろ1年ぶりの学園長室である。

 普段の用なら担任の先生で間に合うはずであるし、また横にヨウコの姿がある事も気になる所であった。

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