第122話3.19 模擬戦
翌日、皆で朝食を取っている時に、俺はツバメ師匠に頭を下げた。
「ツバメ師匠、一戦お願いできませんか」
そう、模擬戦である。対ドラゴン戦で習得した脳への身体強化を使ってどこまで戦えるか知りたかったのである。
だが、それを聞いたツバメ師匠は――
「と、トモマサよ。とうとう私の体に興味を……、いや、だか、しかしなんで、こんな朝から、しかも皆の前で……」
ぼそぼそと話しながら、もじもじと恥ずかしそうに悶えだした。
いや、勘弁してほしい。ずっと言ってるでしょ。
俺は、成人までは手を出さないって! 叫びたくなる衝動を抑えて、努めて冷静に口を開いた。
「いや、違います。模擬戦のお願いですよ」
その瞬間、いやいや悶えていたツバメ師匠の動きが止まった。
流れる沈黙。
ツバメ師匠の顔から赤みが引いて青くなったかと思ったら、また赤くなって、俺を睨んできた。
「わ、分かっておったわ。ちょ、ちょっと揶揄っただけだ! ふん、模擬戦だな。みっちり扱いてやるから覚悟しろよ!」
逆切れだった。
ものすごい勢いで、残っていたご飯を口に放り込んで、部屋を出ていくツバメ師匠。
まだまだ、お子様だった。
俺たちがゆっくりご飯を食べてしばらく腹ごなしをした後、宿を出て兵隊たちの訓練場――ヒデヨリさんには確認済み――へと向かう。
すると。
「トモマサ、遅いぞ‼」
既に準備万端のツバメ師匠が、鬼の形相で待っていた。
朝の勘違いが、まだ尾を引いているようだった。
急かすツバメ師匠に俺も準備を進める。
と言っても、大したことはしない。アイテムボックスから防具を出してつけるだけだ。
武器は訓練場の木刀を借りることにしたので、アズキにお願いして取って来てもらっている。
そして準備万端、対峙する俺とツバメ師匠。
「それでは、始め!」
アズキの号令で模擬戦が始まった。
先手は、ツバメ師匠だ。合図とともに高速で踏み込んで、横一線、胴薙ぎに木刀を振ってくる。
対する俺は、その木刀を一歩下がる事で躱した。
しかし、ツバメ師匠いつもに増して攻撃的だ。
ここは、この怒りを利用して――と脳へと身体強化魔法を集中して早くなった思考で考える。
この間、ツバメ師匠はというと、よけられた木刀を切り返し、さらに踏み込んで下段からの切り上げ体制へと移行していた。
見事な体裁きに、一瞬見惚れる俺。
だが、迫る木刀に気を取り直して、慌てて自分の木刀を合わせると――
『ガッキーーン』
木刀と木刀がぶち当たる音が響き、俺たちは鍔迫り合いの状態で動きを止めた。
「くっ! なぜだ⁉ 以前のトモマサなら、今の切り上げが確実に決まっていたはずなのに!」
木刀を押す手に力を入れつつ、悔しそうな表情を浮かべるツバメ師匠。
その顔に、俺は模擬戦の手ごたえを感じていた。
その後も繰り出されるツバメ師匠の技を木刀で受け続けた俺は、何とか引き分けで模擬戦を終えることが出来た。
「トモマサ、何をした? なぜ急に私の動きが見えるようになった⁉」
模擬戦後、詰め寄るツバメ師匠に、脳への身体強化魔法について教える。
「なるほど。それで初動が早くなったのか。分かった。……それなら、もう一戦だ!」
叫ぶツバメ師匠に断ることなどできるはずもなく始まった第二戦。
「参りました」
勝負は、一瞬で終わった。俺の負けで……。
「やはり、まだまだだな。技に少し虚実を入れただけで、そのざまだ。まだまだ精進が必要だな」
洋々と告げるツバメ師匠。ご満悦だった。
きっと、朝の鬱憤が晴れたのだろう。
その姿に俺は、ツバメ師匠の怒りは早めに納めておくべきだったと、ちょっと後悔した。
「次は、アズキさんと模擬戦してみろ」
そんな項垂れる俺に、さらに気を良くしたのか、ツバメ師匠が恐ろしいことを言ってきた。
「あ、アズキとですか?」
尻込みする俺。
だが、ツバメ師匠は許してくれそうにない。
真剣な表情で、口を開いた。
「そうだ。私の動きが見えるようになったのなら、アズキさんの影ぐらいは追えるだろう。経験しておいて損はない」
言い切るツバメ師匠。
しかし、影しか追えないの俺⁉ 不安になる。だが、同時に興味もある。
ツバメ師匠が、全くかなわないというアズキの腕前がどれほどなのかと。
そんな思いを抱きながら、ちらりとアズキを見る。
するとアズキ、メイド服から道着へと変わっていた。
やる気みたいだった。
俺の前に立ち無言で頭を下げるアズキに、俺も腹をくくり一礼して木刀を構える。
そして。
「それでは、始め!」
ツバメ師匠の合図で、模擬戦が始まった――はずだが、次の瞬間、何故か俺は空を見ていた。
「止め!」
即座にツバメ師匠の声が響く。
俺は空を見ながらなぜこうなったか、考えてみた。
始まりの合図の瞬間、俺は、確かにアズキを見ていた。
だが、次の瞬間には空を見ていた。
つまりは投げられたのだろう、アズキに。近付かれるのも掴まれるのも察知することなく。
異次元の速さだ。
ツバメ師匠の動きが追えて手ごたえを感じていた俺など足元にも及ばないほどの。
落ち込む俺だけど、そんな簡単にツバメ師匠が終わらせてくれるはずもなく――
「もう一度だ。少しは見えるまで終われると思うなよ」
地獄の特訓が始まった。
数時間後。
「今、少しだけ、投げるのに抵抗を感じました」
にこりと笑いながら告げられたアズキの言葉で訓練は終了となった。
いったい何度投げられたことか。
何度空を眺めたことか。
何度頭をぶつけて目から火花が飛び出したことか。
脳だけでなく目にも耳にも皮膚にも――すべでの感覚に膨大な量の魔素を費やして身体強化魔法を集中して、ようやく、辛うじて、察知できたアズキの動き。
対人戦では最強だと体で認識した。
いや、させられてしまった。
アズキ自身は
「トモマサ様のおかげで魔素量が上がって強くなりました」
などと控えめに言っているけど。
俺は才能と子供の頃からの努力が実を結んだ結果だと、俺なんか絶対にたどり着けない境地だと、絶賛せざるを得なかった。
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