第120話3.17 アリマの町
今日も、早朝から魔導車を走らせている。
「今日は、これで3体目です。益々魔物の数が増えてきましたね」
こちらに向かってきている魔物に弓を向けながら助手席のアズキが話しかけてきた。
アズキが矢を放つと、三体のゴブリンが次々と倒れていく。
百発百中の上、一撃必殺である。
高速で走る魔導車の上からと考えると、伝説の殺し屋並みに恐ろしい腕前だ。
「完璧だね」
「ありがとうございます。この魔導車の揺れが少ないおかげです」
「結構揺れてるよ。やっぱりアズキの腕がいいからだよ」
「いえいえ、馬車に比べれば全く揺れてません。それのお陰です」
確かに馬車よりは揺れないかもしれないが決して揺れないわけでは無い。道も悪いし、サスペンションも試作段階なのだから。
「いやいや、謙遜はいけないよ。やっぱりアズキの……」
「いえいえ、魔導車が……」
そんな、どうしようもないやり取りをしながら魔導車は距離を稼いでいく。
ちなみに、魔導車の運転手は、当然ながら俺である。
魔素が足りなくて他の人は運転できないのだから。
後部座席では、カリン先生とカーチャ王女が、シンゴ王子と談笑している。
流石、イケメン、シンゴ王子、女性の扱いは手馴れたものだ。
残りのツバメ師匠は、ルリと共に荷台で2度寝中だ。昨日も移動中は、ずっと寝てたのによく寝れるものだ。
結構広い町道を昼過ぎまで一気に走らせたのだが、すれ違う馬車は全くいなかった。
少し前に通りかかった小さな村には、人すら誰もおらず、皆逃げ出したようだ。
柵も無い村だったので、こんなに魔物が徘徊している現状では住めなくなったのだろう。
「アリマの町は、大丈夫なのでしょうか?」
「アリマの町は、コウベの領域も近く頑丈な防衛設備があるのでそう簡単には落ちませんよ。これまで得た情報でも落ちたとは聞いてませんからね。大丈夫でしょう」
俺の問いにシンゴ王子が答えてくれた。
確かに直ぐに落ちることは無いと言っていたが、カイバラの領域でのドラゴンの件もある。
油断は禁物だ。
そうこうしているうちにゴシャの町が見えて来た。
アリマの町の直ぐ近くの小さな町だが、町を取り囲む外壁がある為か、一応、人が残っているようだった。
傭兵ギルドもあり活動しているようなので情報収集をする。
昨日、アリマの町から出てきたという人から話が聞けた。
その人によると戦況は膠着しているとの事だった。
町道も魔物がちらほらいるが、馬車でアリマの町まで辿り着けるようだ。
「このまま、アリマの町まで行きます。皆、心の準備は良いですか?」
皆、肯いている。異存は無いようだ。
再び魔導車に乗り、馬を走らせる。
2時間ほどでアリマの町の外壁が見えて来た。
10mはありそうな立派な外壁だが、所々傷ついている。
魔物との戦いがあったのだろう。
現在は、大丈夫なようだが。
門のところまで行くと、魔導車に警戒しながら門番が話しかけてきた。
「身分証はあるか?」
「はい、こちらに」
傭兵ギルドのプレートを提示する。
「町に来た要件は?」
「ヤヨイ様より領主様宛の手紙を預かってます」
「なに、ヤヨイ様からヒデヨリ様宛の手紙だと。これは、失礼しました。トモマサ様ですね。話は伺っております。どうぞ、お通りください」
門番が合図を送ると、門が半分だけ開いて魔導車を通してくれた。
乗っている魔導車にかなり訝しげな眼を向けていたが、何も聞かれずに。
ヤヨイからなんらかの連絡が入っているのだろう。
「検問なんて初めてですね。追い返されたらどうしようかと思いましたよ」
「町全体が、戦時体制になっているためでは無いでしょうか? それなら、人の出入りを制限することも必要ですから」
後部座席に座ってるカリン先生と話をしながら進む。
町中は、意外と普通だった。
もっと戦々恐々としてるかと思ったが、店も開いており、子供達も遊びまわっている。
傭兵らしき人達も疲れた顔はしているが、装備も整っておりまだまだ戦えそうだ。
「ところで、領主の館はどこでしょう? シンゴ王子知ってますか?」
「ああ、昔、父様について訪問した事がある。確か、あっちの方だ」
シンゴ王子の案内で、道を進む。
そして、辿り着いたのは、山の中腹の出城のような建物だった。
俺は、その姿に驚いた。
町の門を入った時から見えてはいたのだが、領主が住むとは思えない建物だったので、無視した物だったからだ。
「止まれ。何の用だ」
ここにも当然のように門番がいたので、ヤヨイの書状を持って来たと伝えると、
「しばらくお待ちください」
と留め置かれた。
少しして門が開き中に通される魔導車。
領主が会ってくれるらしかった。
建物の内部も、飾り気の無い質素な造りだった。流石に、通された応接室だけは、少し飾られてはいたが。
「これは、トモマサ殿。それに、そちらはシンゴ王子にカーチャ王女でございますか。遠い所、よくアリマの町に来て下された」
「えっと、俺の事を、ご存知で?」
「おお、そうであったな。私は、領主会議の折に見ておったが、お主は初めてであったな。それでは改めて、私は、アリマの町の領主、ハシバ ヒデヨリである。良しなに頼む。お主の復活させた復元魔法のおかげで何とか領地を保っておる。感謝しておるぞ」
ああ、あの復元魔法の発表の時に見られていたのか。なるほど。
「どうも、初めまして。アシダ トモマサです。今日は、ヤヨイ……様の書状をお持ちしました。お受け取り下さい」
「うむ、確かにヤヨイ様の家紋であるな。では失礼して読ませて貰おう。……ふむ、お主は、書状の内容を知っておるのか?」
書状を読み終えたヒデヨリさんが聞いてきた。
「え、いや、書状を渡されただけで他には特になにも聞いてませんが」
「そうか、それなら、一から説明させて貰おう」
何のことかわからない俺をよそに、ヒデヨリさんがアリマの町の状況と今後の作戦について説明を始めた。
元々アリマの町は、ロッコウ山を挟んでコウベの領域に接した場所にある。
その為、数年に一度は魔物の侵攻があるそうだ。
前回の侵攻は、数年前、ゴブリン将軍が攻め込んで来た時だそうだ。
領主軍と傭兵達で戦い、ゴブリン将軍を討ち取って事を収めたらしい。
それ以前も、オークの軍団や、山猿の軍団などが攻め込んで来たそうだが、問題なく防いできたようだ。
「だが、今回は、いつもと様子が異なっておるのだ。複数種の魔物が徒党を組んで攻め込んで来ておる。これまでに、ゴブリンやオークの指揮官クラスを複数体始末しているにも関わらず、全く引いていく感じせぬ。戦いの先が見えぬのだ。おかげで、兵達の士気も下がって来ておる。そこでな、私は、一つ賭けに出る事にしたのだよ。ただ、守るだけでなく、外に打って出る事をな」
「なるほど、魔物の司令官を探しに行くんですね。それで、その事を俺たちに話すのは何故ですか? かなりの軍事機密の気がしますが」
「そうだ。この事は、まだ、アリマの町でも数人しか知らない機密事項だ。だが君達には知る権利がある。何故なら――君達も共に参加するからだ」
ああ、やっぱりそうなのね。
話の途中から気付いてましたよ。
どうせ書状には、「こき使ってやってくれ」みたいな事が書かれていたんだろうな。
「分かりました。俺は参加させて貰います。ただ、仲間達は、各自の判断に任せてもらえませんか? ただの魔法学園の生徒もいますしね」
「ああ、それは構わんが、君は驚かないのかね? 突然、このような要請をされて」
「ははは、ヤヨイ様のする事ですからね。慣れてますよ」
俺の乾いた笑いにヒデヨリさんは、困惑顔だ。
それより気になるのは、魔物の司令官だ。
カイバラの領域に出たドラゴンもコウベの領域から来たものだろうと言われていたし、もっとヤバイものが出て来るかもしれないな。
何か、重力魔法や完全結晶刀以外にも攻撃方法を考えておかないとな。
「それで、魔物の司令官について何か、情報はあるのですか?」
「確かな事は分かっていない。だが、黒龍のローブを見たという傭兵がいる」
「ヒデヨリ殿、それは、狭間教が関わっているという事ですか?」
今まで黙って聞いていた、シンゴ王子が突然声を上げた。
「確証は無い。傭兵の見間違いという事も考えられる。この事は、決して外では言わぬようにな」
狭間教、本で読んだな。
大変革は神の仕業であり人に与えた試練であるとか何とか言って、関東で広く信仰されている宗教だな。
帰狭者も使徒とか言って崇めてたし、俺も聖人扱いだったな。
それでも、特に害の無い宗教だった気がするんだけど?
「えっと、シンゴ王子。狭間教って何か悪い事してるの?」
「表立っては、何も。ただ最近、教主が変わったらしいのだけど、それから悪い噂ばかり伝わって来ててね。つい先月も争い事の陰に狭間教が暗躍していると言う噂を聞いたんだよ」
人が暗躍してるのか。魔物が大変な世界なのに、人同士で争う。
人は、歴史から何も学んで無いのだろうか。
そんな事を考えながら、話を終えた。
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