第113話3.10 全力

 俺が夢から目覚めた時に聞こえてきたのは、二人の愚痴と、ドラゴンがブレスの準備をする音だった。

 俺はブレスから逃れるために入った地中から慌てて飛び出す。

 すると俺へと向かって吐き出されるブレス。

 どうやらちょうどアズキたちの前に出たようだった。


 俺は、慌てて氷壁(アイスウォール)を出す。


バシューーー。


 ぶつかる氷壁(アイスウォール)とブレス。

 やがてブレスは終わり、辺り一面を水蒸気が立ち込める。


「2人とも勘弁して下さい」


 その隙に、俺は二人へと顔を向けて口を開いた。

 そして見えてきた皆の状態に俺は顔を覆いたくなった。


 恐らくドラゴンの尻尾攻撃を正面から受け止めたのだろう、両腕を異常な方向に曲げ気を失っているアズキ。

 そのアズキを抱えたまま外傷こそないが、疲れ切った表情を浮かべているカリン先生。

 そして特に酷いのが、ルリだ。

 瑠璃色の体毛など見えないほど、全身から血を流し、今にも心臓が止まりそうなのだから。

 おかげで、慌てて駆け寄り回復魔法を掛ける俺。


 ルリの次はアズキだと、近づいて行くと声がした。


「あら、トモマサ君、私達も死んだのね。アズキさんもツバメさんもいるし、あの世? で暮らしましょうか」

 ズッコケてしまいそうな言葉だった。

 俺は何とかコケるのを回避して口を開く。


「いやいや、カリン先生、気が早いですよ。まだみんな生きてますから」

 言いつつ、アズキ、カリン先生と傷を癒していくが、カリン先生、信じてくれない。


「え、でもブレスを浴びて生きているわけ無いじゃない」

 首を傾げていた。

 完全に俺が死んだと信じ込んでいるようだった。


 俺は魔法で出した氷壁(アイスウォール)を指さしながら説明する。

「ああ、ブレスなら、あれで防ぎましたから大丈夫です。まぁ、間に合ったのは、俺の近くにいてくれた、お陰ですけどね」

 首を傾げながら氷壁(アイスウォール)を眺めていたカリン先生。


「生きてる……?」

 

 小さくつぶやいていた。

 そして慌ててアズキの体を確かめだしたカリン先生。

 アズキの胸に耳を当てて涙を流しだした。


 そんなカリン先生に、俺は

「あのドラゴンちょっと倒して来ます」

 と、短く告げて戦いに向かう。


 後ろから

「え、ドラゴンを倒すって、どうやって……」

 という声が聞こえてきたので

「まぁ、見てて下さい」

 とだけ答えた俺。

 わざとカリン先生たちから離れて、ドラゴンの視界へと入った。

 

 突然現れた敵に驚いたドラゴン、再度ブレスを吐こうとタメに入る。

 だが、

「遅いよ。『短距離転移(ショート・ワープ)』」

 俺は口の下に転移して魔法で目一杯強化した拳を叩き込む。


 結果、口を閉じさせられたドラゴンは、またしても口内でブレスを暴発させて目を白黒させていた。

 その隙をつくトモマサ。ドラゴンの首目掛け一刀を叩き込む。

 しかし。

『キン!』

 鱗に阻まれ刀は折れてしまう。


「げ、どれだけ硬いんだ」

 思わず悪態が口から出る俺。

 そこにブレスの暴発から立ち直ったドラゴンが、目掛け爪を振るって来きた。

 その攻撃を、俺は再度転移魔法で回避する。そして、転移先で首を傾げていた。

 

「困ったな。時間を作って睦月に言われた事試したいのに。どうしよう」

 方策を考えていると、またドラゴンがブレスをタメ出した。

 俺は慌てて口めがけて氷槍≪アイスランス≫を飛ばす。

 だが、ドラゴン口内の氷槍≪アイスランス≫を一瞬で噛み砕いていた。

 そして向かって来るドラゴン。


「くそ、10秒くらいでいいから待ってくれよ。『重力上昇(グラビティ・アップ)』」

 俺は動きの早いドラゴンに文句を言いながら、続けざまに重力魔法を発動させ、ドラゴンの全身を地面に陥没させることに成功した。

 もがき立ち上がろうとするドラゴン。

 だが、その自重からか、翼を切られて飛べないからか、もたついている。

「これで少しは時間が稼げるか?」

 と、睦月のアドバイスを実行してみる。

 すると。


 ――その瞬間、地球が静止した。


 いや、そんな映画みたいな事にはならない。

 ただ、俺が身体強化魔法を脳に集中したため、思考速度が数百倍に加速して周りが止まったように見えただけだ。

 その状態のまま、俺はドラゴンの倒し方を考える。


 何が有効かな。

 全身氷漬けか? 弱点と言う割には氷魔法あんまり効いてなさそうなんだよね。


 それなら切り裂いたほうが確実か。

 でも、どうやって? うーん、硬いものを切るか。

 確か、高水圧では硬いものは切れないんだったな。火を使わないから人命救助には役立つみたいだけど、ドラゴンは倒すのだから考慮する必要もないし。

 それなら刀の強度を上げたほうが効率的なんだよな。

 だけど材料がないな。

 困ったな。

 あ、でも、この間、読んだ金属学の本で何かあったような……。

 そうか完全結晶にすると強度が理論値まで上がるんだったな。

 試してみよう。


 やる事を決めた俺。

 脳への身体強化魔法をやめ、いつもの体全体の身体魔法へと切り替えた。

 そして、折れた刀を回収し錬金魔法を発動させていく。


「鉄以外の分子を除外、結晶構造に抜けがないように分子一つ一つをイメージして元の刀の形に……。うん、出来た。ついでに、切れ味を上げるために刃の部分は、単分子にしよう。某漫画の盲目剣士が使ってた刀だな。これがあれば、死が二人を分かつまで守れるからな……うん、これで、完成だ。理論上最も硬い鉄で最も切れ味のいい刀になったはずだ。それにしても、ごっそり魔素を持っていかれたな。残り1000程か。こんなに魔素を失ったのは、この世界にきて初めてだ」


 完全結晶鉄、不純物を一切含まない純度100%の鉄を結晶構造に一切欠損のない状態。

 この状態になると、普通の鉄の数十倍の強度である理論値強度になるという。

 

 自然界ではもちろんのこと21世紀の技術力でも作成不可能な鉄を、俺は膨大な魔素で無理やり作り上げる。

 さらには、刃の薄さを分子一個分の厚みにする事により極限の切れ味までもたせる。

 正に鉄では最高の強度と切れ味を持つ刀を作り上げる。


 その刀、試しに近くの石に軽く当ててみると、何の手応えもなく真っ二つに切り裂かれた。

 切れ味は最高。刃こぼれすらナシ。


「少しでも触ったら指が飛びそうだな。これならドラゴンも行けるかな? 後は、俺の腕次第か……」

 最後に1番大きな問題を思い出してしまったが、時間もないので決行する事にする。

 現に、ドラゴンは少しづつではあるが重力魔法に抵抗して立ち上がろうとしているのだから。


 ドラゴンの動きを見ていた俺は、こちらの準備ができたタイミングで重力魔法を止める。

 結果、突然、重さがなくなったドラゴンは、勢い余って後ろに転けていた。

 以外と間抜けだった。


 そんな、転んでいるドラゴンの首元に、俺は転移する。

 そして。

 ツバメ師匠に最初に習い、何千回、何万回と最も長くやった技とも言えない技。

 刀を振り上げて真っ直ぐ振り下ろす、剣道でいうところの面の動き。

 最も単純なその動きでドラゴンの首に刀を入れる。

 すると――


『スポン』


 軽い音と共にドラゴンの頭が胴体から離れた。

 血を吹き出しながら崩れ落ちるドラゴン。

 その姿を確認した後、俺はカリン先生たちのところに歩いて戻った。


「トモマサ君。ドラゴンはどうなったんですか?」

 巨体が倒れた影響で舞い上がる砂煙。

 そのせいで見えなくなったドラゴンに不安を抱いたであろう、カリン先生が声を掛けてくる。


「倒しましたよ。何とか」

 俺の言葉に、安堵の表情を浮かべるカリン先生。

 俺はそんなカリン先生の横に座り口を開いた。

「カリン先生、今回は怖い目に合わせて申し訳ありませんでした。俺は、この世界を甘く見ていました。ツバメ師匠やアズキ、もちろんカリン先生にシンゴ王子、カーチャ王女、皆がいれば勝てない魔物なんていないと思っていました。でも、現実は、違ったんですね。」


 俺は一呼吸入れて話を続ける。


「いとも簡単に殺されてしまう世界だったんですね。気を失ってる時に、妻に叱られました。あんたが、グダグダしてるから皆傷付いて行くのよ。しっかりしなさいってね。なので、必死に考えました。ドラゴンに勝てる方法を。最初からやってれば皆をこんなに傷つける事無かったのに、本当に申し訳有りません」


 思いを語る俺を、カリン先生は、ただ眺めているだけだった。

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