第112話3.9 敗退

「よくも、トモマサ様を!!!」

「フギャー!!!」

 トモマサが跡形もなく消えたのを見て、いつもは冷静なアズキ、激高してドラゴンに突っ込んでいく。

 だが、攻撃は届かない。


 怒りで単調になった動きをドラゴンに捉えられ、尻尾で薙ぎ払われてしまったから。

 それでも、あきらめないアズキ。

 何度も何度も突っ込んで――ボロボロにされていた。

 

 ルリも同様だ。

 ドラゴンに突っ込んではアズキと共に薙ぎ払われている。


 カリンもアズキとルリの回復に氷魔法にと何度も繰り返しているが、ドラゴンには全くダメージも与えられていない。


 シンゴに至っては、鎧が砕けボロ雑巾のようになり転がっている。

 カーチャが必死で回復魔法をかけているから、一応生きているようだが。


「アズキさん、そろそろ魔素が切れます」

 カリン先生が顔を歪めながらアズキに伝える。

 すると

「分かりました。カリン先生は、シンゴ王子とカーチャ王女を連れて逃げて下さい。その間に私がドラゴンを食い止めます」

 アズキはドラゴンから一瞬たりとも目を話すことなく答える。

 その表情にカリンは、全てを悟ってしまい、

「ダメですよ。アズキさん。死ぬ気でしょう?」

 首を横にしながら伝える。

 そんなカリンの言葉に、今度はアズキが顔を歪めていた。


 それでも

「良いのです。カリン先生。トモマサ様がおられない私に、未来など無いのですから」

 変わらないアズキの決意。


 それを聞いたカリンは――

「はぁ、仕方が無いですね。スバルさん、私達がドラゴンを引き付けますから、あちらの2人を連れて撤退してください。ルリも撤退を手伝ってください。皆さんの撤退を確認したら、我々も撤退しますから」

 自らも残る事を選択した。


「分かった。すまん、恩にきる」

 二人の覚悟が分かったのだろう。

 頭を下げて撤退していく、『明けの明星』のメンバー。


 スバルも二人の願い通りシンゴを担ぎカーチャと共に撤退を始めた。

 だが、ルリは、ルリだけは、話を理解しているだろうにも関わらず、撤退もせず、ただトモマサがいなくなった地点を睨んでいた。


 

 一方のドラゴンも、周りからの攻撃が無くなったタイミングで回復魔法をかけだしていた。

 ドラゴンの目や翼の傷が塞がっていく。

 流石に復元までは出来ないようであったが、状況は悪化の一途をたどっていた。


「カリン先生、私に付き合う必要は無いのですよ? ルリも逃げる気は無いようですし、私とルリで食い止めますから」

 事も無げに告げるアズキ。


「何言ってるんですか、アズキさん。あなたは、私の新しい家族です。新しい妹です。もちろんルリも。決して置いて逃げたりしません。それに、アズキさんとルリでは、ドラゴンを止められないでしょう?」

 そのアズキの言葉に冷静に返すカリン。

 アズキは、妹と面と言われて嬉しいのか、少し赤い顔で口を開いた。

「それは、カリン先生がいても同じではないですか?」

 と。

「はは、痛いトコを突いてきますね。この妹は」

 笑みを浮かべるカリン。


 間もなくドラゴンが動き出そうと言うのに笑いあっている二人、本当の姉妹のようであった。

 どう見ても、カリンが妹だが。


 しかし、笑っていられるのはそこまでだった。

 治療を終えたドラゴンが動き出してしまったから。


「さて、そろそろですかね」

「はい。カリン姉さん」

「にゃっ」

 

 短く告げて、ドラゴンに突っ込んでいくアズキとルリ。

 カリンは一人、驚いていた。

「姉さんか。懐かしい響きね。もっと聞きたいわ」

 と。

 かつて、スワ湖のほとりでよく遊んでいた子に『姉ちゃん』と呼ばれ親しんでいた事を頭の片隅で思い出しながら。

 たが、その驚きはすぐに消え去った。

 目の前のことに集中したために、アズキとルリのフォローしていくことに。


 少しでも長くドラゴンを留めるために――。


 そして、時間にしてほんの数分ほど後。


 魔素の切れたカリンは、なすすべなく傷付いたアズキを抱き締め座り込んでいた。

 血を流して倒れているルリの傍らで。


「流石にもう完全に魔素が切れました。最も弱い回復魔法すら発動しません。アズキさんの血を止めたかったのに」

 超初級の回復魔法。

 ほんの小さな傷を治すだけの魔法それすらも発動しないことを確認したカリンは、アズキを抱く手に力を籠める。

 そして、うつむきがちに口を開いた。


「……それにしても、トモマサ君ったら、どうせ死ぬなら私もかばって死んでほしかったですね」

 その言葉を聞いたアズキも、自らを掴むカリンの手に自らの手を合わせて言葉を紡ぐ。

「私の事を解放してくれると言ってたのにいなくなってしまいました。嘘つきですね」

「これ以上彼女はいらないとか言いながら、町で可愛い子を見つけては眺めてますしね」

「耳と尻尾を触ったのに結婚してくれませんでした」

「他にも……」

 トモマサへの愚痴が止まらない二人。


 最後には――

「トモマサ君の馬鹿たれ~。死ぬなら最後まで面倒見て死ね~」

「本当です。トモマサ様のニブチンが~」

 と叫んでいた。


 対するドラゴンは、アズキとルリの決死の攻撃によって負った傷を癒していた。

 わざわざ回復魔法を発動させてまで。

 血がにじむ程度の傷を。

 より完全な状態で、歯向かう敵を倒すため。


 ――そして傷は癒え、再びブレスの準備を始めるドラゴン。


 ――そのドラゴンを、ただ見るしかできない二人と一匹。

 

 果たして、ブレスは吐き出され2人は目を閉じて死を覚悟した――が、そのブレスが2人に届く事は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る