第107話3.4 イソウの町2
「泊まれるよ。馬車も預かってくれるって。とりあえず、馬車を置いて、昼ごはんに行こうか?」
皆の了承を得て、徒歩で昼食に向かう。
そして少し歩いた所に、蕎麦屋があったので入った。
これから狩りに行くし、あまり時間も無いので、手早く蕎麦をたぐっていく事にした。
暑い夏に食べるざる蕎麦は、やはり美味かった。
山葵に山芋に卵にと出汁に入れて食べて行く。
締めに蕎麦湯を飲んで――短時間ながら満足の食事だった。
蕎麦屋を出て、1時間ほど、町から出て森の横を歩いていく。
今日は時間もあまり無いので領域の入り口付近で狩りをする事にしたためだ。
「獲物が少ないな。ブラックディアが2匹ほどか。それも、見つけた瞬間にルリが一蹴してしまうし。私はもっと強い魔物と戦いたい」
「ツバメ師匠、やめて下さい。フラグが立って本当に出て来たらどうするんですか? そもそも、こんな町の近くにそんな強い魔物いたら大変じゃないですか」
ツバメ師匠は明らかに残念そうな顔していた。
明日は、朝から森の中に行くんだから我慢して欲しい所だ。
その後、2時間ほど狩りをしたのだが、魔物との戦いは全てツバメ師匠に任せた。
ワイルドボアとかホーンラビットなど見慣れた魔物だけだったが、ツバメ師匠は嬉々として狩っていた。
本当に戦いが好きなのだから……。
イソウの町に戻った俺たちは、真っ直ぐに宿屋に帰っていた。
見かけた傭兵ギルドが、厳ついおっさんで一杯だったから。
美女に美少女に美幼女? まで連れて行った日には、絡まれる事、間違いなしだと思うので。
ちなみに、美女はアズキの事である。
まだ、13歳なのに完全に大人の女になっていた。
獣人の成長速度恐るべしてある。
年上のカリン先生が悔しがるほどに。
「今日は、ツバメさんが大活躍でしたね。私なんて、ただ歩いてるだけでしたよ」
今は、宿で夕食の最中である。
風呂に入ってさっぱりした後、食堂に行くと席に案内され、食事が出される。
出てきたのは、夏野菜たっぷりの天ぷらに川魚の塩焼きにご飯に味噌汁、中々のボリュームだ。
野菜は採れたてなのだろう甘くて美味しい。
冷酒をキュッと出来れば最高なのだが――カリン先生が許してくれなかった。
微妙に悔しい俺をよそに、女性たちの話は続いていた。
「明日は、森の中に行くんだろう? もう少し手応えのある魔物と戦いたいものだ」
「そもそもカイバラの領域で、そんなに強い魔物いるんですか?」
魔物の強さは、領域に立ち込める魔素量で決まる。
その魔素量は21世紀での科学エネルギーの量に比例している。
ならば、フクチヤマでも存在しない強い魔物がカイバラあたりでいるとは思えない。
21世紀の町の大きさを知っている俺としては、不思議だった。
「そう言う話は、聞いた事無いですねぇ」
「そ、それでもたまに強い魔物が発生する事があるでは無いか?」
カリン先生の答えに、ツバメ師匠が突っ込んでいった。
「確かに、ごく稀に、そのような事例が報告されますが、調べますとほとんどは、傭兵達が自分の失敗を隠すための嘘であると結論付けられています」
「そ、それなら、僅かだが可能性はあるという事では無いのか?」
「確かに、完全には否定できませんけど」
ツバメ師匠のツッコミに、カリン先生、一応認める事にしたようだ。
証明できない事はあるのだろうが、可能性は極めて低いという事だろう。
しかし、この会話、フラグっぽくていかんな。早く終わらせなければ。
「ところで、部屋割りはどうする? 2人部屋3つとってるんだけど」
「それなら、僕とカーチャは同じ部屋で泊まる事にするよ」
いち早くシンゴ王子が言ってきた。
俺はシンゴ王子と相部屋でもいいかと思ったが、まぁ、それもありだろう。
それなら、俺はアズキかカリン先生と相部屋で泊まろうと言おうとしたら、
「では、私がトモマサと同じ部屋で泊まろう」
「え”……」
予想外にツバメ師匠から声が上がった。
「なんじゃ、嫌なのか? 私も婚約者の1人だぞ。同じ部屋で泊まっても問題あるまい」
「まぁ、確かにそうですね。それにしても珍しいですね」
これまで、お風呂に入ってきた事はあっても寝室に入ってきた事は無い、打ち上げの後皆で雑魚寝した事はあるが。
「うーん、よく分からんが、気分だな」
「そう、ですか。でも、同じ部屋で寝ても何もしませんよ。約束ですからね」
ツバメ師匠、それは分かっているのか、普通に肯いている。
まぁ、たまにはナニをしない日があっても良いかと思い受け入れる事にした。
その後も、食堂でゆっくり話をし、部屋に帰ってすぐに寝た。
何もしないと言ったが、ツバメ師匠が求めてきたので、おやすみのキスだけはした。
それ以外は、本当に何もする事なく寝た。
俺の布団に侵入しようとするツバメ師匠を押し返して。
〜〜〜
話はトモマサ達の夏休みが始まる数日前に遡る。
ニッコウの町、関東の盟主、旧エド国の首都であった町での会話である。
「ただいま参上致しました」
領主の館、地下室へと下る階段の途中にあるドンデン返しを越えた先にある隠し部屋。
そこで1人座っている男に向かって何処からともなく響く声に、男は、ただ一言を返す。
「首尾は?」
「は! 神戸に赴いた御庭番より、『リュウノテイムニセイコウ、オウトニムカワセル』と連絡を受けています」
再び響く声に、男は、僅かに口角を上げ答えた。
「それは重畳。引き続き事に当たれ」
「は!」
短いやり取りの後、座っていた男、トクガワ イエヤスは、隠し部屋を後にした。
事の成就に確信を持ちながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます