第99話2.37 閑話 シンイチロウ王子の悩み2
俺が考え込む横で、じっと待てるシンイチロウ王子、嬉しそうに何かつぶやいている。
「この産毛、守らないと。これまで以上にワカメを食べて、野菜をとって、そうそう大豆も食べてタンパク質も取らないとな」
本人つぶやいているつもりなのに段々声が大きくなって来る。
煩いなと思っているところで一つ気になった。ん? タンパク質? ……そうか、確かコラーゲンが減少して毛髪に必要な細胞が死んでしまうとか読んだ記憶があるな。
だからか細胞だけ復元してもすぐ元に戻ってしまうんだな。
コラーゲンを生産するようにしたらいい気がする。
「シンイチロウ王子、もう一度かけますね。『毛髪復元(ヘア・レストレーション)』」
「おお、益々産毛が増えました。トモマサ様‼」
またしても大絶叫である。
かなり煩い。
「今度は、成功ですね。魔素量も100ぐらいまで落ちました」
「さ、流石、トモマサ様です。感動です。何者にも変え難いこの御恩いかに返すべきか。……決めました。トモマサ様。不肖アシダ シンイチロウ、生涯トモマサ様に忠誠を誓います。忠誠の証である私の剣をお受け取りください」
突然、片膝をついて臣下の礼を取り剣を捧げる儀式を始めるシンイチロウ王子。
「や、やめてください。そんな大層な事してないですから」
「いえいえ、私は、もう決めました。何と言われようと、この言葉を翻す事はありません。剣をお受けください」
この後、何を言っても臣下の礼を辞めないシンイチロウ王子に、仕方なく
次期王様からの忠誠なんて受け取っても困るだけなんだけど……。
「トモマサ様、ありがとうございます。それで、申し訳ないのですが、この魔法について一つお願いがございます」
「うん? 誰かに教えましょうか? それとも紙に書いて渡しますか?」
「いえ、それはおやめ下さい。この魔法は――」
シンイチロウ王子が、ものすごく饒舌に話をする。
この魔法がどれだけ革命的であるかという事を。
また薄毛に悩む貴族がどれだけ多いか。
薄毛領主サロンがあるとか。
この魔法があれば、この国が変えられるとか。
あまりの熱の入りかたにドン引きするほどに。
「えっと、要するにどうすれば良いですか?」
「この魔法を使って貴族を、いや反対勢力と言ったほうが分かりやすいですね。その反対する関東の貴族を薄毛サロン、いやトモマサ様の下に取り込みます。ですので、この魔法については内密にしていただいて、私が紹介状を書いた相手にのみ使っていただきたいのです。もちろん、トモマサ様が個人的に使われる分には問題ございません」
「……本気ですか? 貴族ってそんな事で意見変えて大丈夫なんですか?」
頭髪の為にサロンのボスを裏切る。
21世紀の政治家が髪の毛のために政党を裏切るようなものだろう。
この国、本当に大丈夫なのか? 不安だ。
「大丈夫です。行けます。トモマサ様はご存知ないと思いますが薄毛の貴族は大変なんです。豊かな髪は富の象徴とも言われ領民からも尊ばれる流風潮のために。王家は皆、薄毛が強くて悩んでいます。毛の多い家系から姫を嫁がせたりしているのですが、あまり効果は無く……」
肥満が富の象徴の時代があったと聞いた気がするけど今は髪の毛なのか。
意味がわからん。
それよりも、すごいのはアシダ家の薄毛遺伝子か。
どれだけ強力なんだ。
「しかし、そんな風潮の中、良く国なんて作れたな」
「流石に建国当時は違いましたよ。国を統一して落ち着いて来た300年ほど前から、この風潮が強くなったそうです。恐らく王家に対する牽制の一つだったのだと思いますが、最終的に国に根付いてしまったようなのです」
「今回は、それを逆手に取るという事ですか?」
「はい。もちろん、個人的に、妻に捨てられないために薄毛をどうにかしたいと言う欲望もあって、トモマサ様にお願いしましたが」
正直、そっちの欲望がメインな気がするけど俺としてはどっちでも良い。
「アズキを解放するための法改正に役立つなら、いくらでも協力しますよ」
俺の返答にシンイチロウ王子も安心したようだ。
「お任せください」
力強い言葉を残して図書室を出て行くシンイチロウ王子を見送って、俺は元の本に集中していった。
それから一月程の間に、国王を筆頭に領主、代官、騎士、聖職者、さらには大商人などこの国中の100名を超える権力者達が俺の元を訪れていた。
皆、薄毛に悩む人達らしい。
俺が軽く魔法を掛けてあげると、大声で叫ぶ者、滝のごとく涙を流す者、はたまた神のごとく祈り続ける者など多種多様な反応を示して帰って行った。
全ての人が俺に忠誠を誓って。
さらに年末には薄毛サロンは育毛サロンと名前を変え、丹波連合王国最大の勢力を持つようになる。
そのことを知った俺が
「本当に、この国は大丈夫か?」
と盛大なツッコミを入れる事になるのは、もう少し先の話である。
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