第76話2.14 魔道具作成授業2

 ソウイチロウ先生は髭面のガッチリしたドワーフの先生だ。

 挨拶もそこそこに授業を始める。

「今日は、魔法ケトルを作るぞ。先ずは、先生が作ってみせるからよく見とけよ。今回から術式が少し増えるから魔法盤(マジックボード)を使う。初めての奴も多いだろうから使い方から説明するぞ」

 そう言うと先生は、一辺20cmぐらいのタブレットのような板を出して来た。

 あれが魔法盤のようだ。

 先生が魔法盤に魔素を込めると魔法盤表面が輝いた。

 起動したようだった。


「魔法盤ってのはな、魔法術式を書き込む補助具だ。複雑な術式になるととても頭の中では纏めきれないのでこうやって魔法盤に順番に記述していくんだ。そうすると間違いが少なくて済むし、修正をかけることも簡単だ。その上、同じ術式を何度でも書き込める。便利だろ。今の魔道具作成では必要不可欠な道具だ。それに、この魔法盤だが授業の間は学園のものを貸し出すので自由に使っていい。ただ、課題で授業中以外に使う場合もあるのでなるべく自分で購入して欲しい。街の魔道具屋か学園の購買で売ってるので検討してくれ」

 口で説明しながらも槌が似合いそうな太い指で魔法盤をなぞって行く。

 器用な先生だ。

 そうこうしているうちに魔法ケトルの術式が完成したようだ。

「術式が完成したら、書き込みたい魔石を手にしてインストールの魔法を実行しろ。それで、定着できる。『インストール』」

 魔法盤が一瞬輝いて定着が完了したようだ。

 ソウイチロウ先生が、金属の鍋の窪みに魔石を入れる。


「これで完成だ。鍋の部分の作り方は、錬金魔法の授業でやるので今日はこのケトルもどきで我慢してくれ」

 そう言って下を指差すソウイチロウ先生の足元には、窪みのある鉄鍋が大量に置いてあった。

「さて、これから実際に皆にやってもらうのだが、一つ気をつけてほしい事がある。それは、この魔法盤についてだ。この魔法盤、起動している間ずっと魔素を使う。大体、毎分10ぐらいだ。魔法学園の生徒なら1時間ぐらいで無くなることはないだろうが、気をつけて作業するように」

 毎分10って事は人族の平均が100ぐらいって言ってた気がするから、1日10分しか作業できないってことか。

 魔道具作るのも大変なんだな。

 俺ぐらい魔素量があれば24時間使ってもなくならないから関係のない心配だが。


 説明の終わった先生が、魔素盤とお手本の術式が書かれた紙を渡してくる。

「全員手元に魔法盤と参考の魔術式は渡ったかな? それじゃ、作業を始めてくれ」

 先生の話は終わたようなので、俺は魔法式の紙を手にとって見ていく。

 魔法式は、起動後、加熱(ヒート)の魔法を温度計測(サーモメトリー)で測った温度が設定温度以下の場合に起動し続けるという簡単な術式をであった。

 俺は早速、魔法盤に魔素を込めると画面上に『Maso(マッソ)』と文字列が表示される。

 なんだか某リンゴのパソコンメーカーの製品みたいだな。

 ロゴまで似てる。

 コッチは、柿みたいだけど。


 起動した魔法盤に魔法式を書いていく。専用のペンを使って。

 慣れると指でも書けるみたいだけど初めてなのでペンを使う事にした。

 なにしろフリーのお絵かきソフトに指で文字書くって難しい。

 魔法陣なら書けそうな気がするが今回の課題は魔術式タイプなのでペンが良さそうだ。

 個人的にはキーボードが欲しいのだが魔法盤にはそんな機能は存在しないらしい。


「まずは、Loopを作って、温度が一定以上でIF分岐でLoopアウトか。ふむ」

 魔法文を書いて行く。と言うか完全にプログラムなんですけど。

 仕様はC言語に近い感じだが、魔法陣でも行けるそうなので厳密な決まりではないようだ。

 農業を始めるまで働いていたメーカーではシステムエンジニアしていた俺としては慣れた作業だ。

 10行程度のプログラミングなどものの1分もあれば書ける。

 サクッと書いた俺はインストールするべく魔石を魔法盤の窪みに設置する。


「インストール前にデバッグ出来れば完璧なんだけど。そんな機能は無いよな。まぁ、魔石には上書きインストール出来るだけましか」

 そう、この魔法盤の最大の利点は魔法式の消去が出来ることだろう。

 これにより簡単にトライ&エラーすることが可能となっていた。

 複雑な魔法式は実際に動かして見ないと結果が分からないことも多い。

 例え魔法式の構文を間違ったとしてもインストールはできてしまうのである。

 魔法式的には無限ループに陥ることも有り得るのだ。

 最も魔石内の魔素が無くなれば止まるので早々問題にはならないのだが。


 最後に、もう一度魔術式をチェックしてインストールを実行して用意してある鉄鍋に魔石をセットしたら完成だ。

「さて、試運転だな。先ずは、水を、『水球(ウォーターボール)』」

 鉄鍋を水で満たして魔石を起動する。1分ほどで水がお湯に変わって魔石が動きを止めた。

「お、トモマサ君、早いね。ちゃんとケトルとして機能している。他の皆が苦労していると言うのに素晴らしい」

「ありがとうございます」

 礼を言いならが周りを見ると皆、魔術式を理解するのに苦労しているようだった。

 プログラミングの知識があれば簡単に出来るのだろうが、31世紀の人達がそんな事を知っているはずも無い。

「しかし、こんなに早く出来てしまうとは、困ったな。まだまだ時間はあるんだが、どうしたものかな」

「作りたいものがあるので、その魔法式考えていて良いですか?」

「お、どんなものが作りたいんだ?」

 俺の提案に先生がノリノリで聞き込んでくる。


「そうですね。先ずは、自動……馬なしで動く馬車かな?」

 俺は自動車と言おうとして、やめた。

 自動車が科学の代名詞みたいに言われ恐れられていた事を思い出したからだ。

 そんなもの作ると言った日には犯罪者扱いされかねないから。


「ほほぅ。魔導車だね。なかなかの難題だよ」

「魔導車? そのような言い方をするのですね。開発は進んでいるのですか?」

 どうやら俺と同じ事を考える人はいるようだ。ここは詳しく聞いておこう。

 研究している人に聞くのが1番の近道だから。


 ソウイチロウ先生が魔導車について教えてくれる。

 魔導車、魔法の力で動く4輪の車の事らしい。

 かつて帰狭者の1人が魔石で動く車を提案したのだが周りの反対に会い断念したとの事だった。

 大変革から150年程しか経っておらず、魔虫の発生原因が判明しないのに科学的な物を作る事への忌避感が強過ぎたそうだ。

 あと経済的にもまだまだ安定しておらず人が乗る程の大きさの魔道具など作るだけの余裕が無かった事も原因のようだが。


「そんな事があったのですか。全く知りませんでした」

「それは、そうだろう。800年近く前の話だ。本にも残っていない昔話さ。俺は、偶然にご先祖様の日記を見つけて読んだに過ぎないのだから」

 話に出て来た帰狭者ってソウイチロウ先生のご先祖様なのか。

 凄いな。そんな古い日記が残ってるなんて。


「日記は、その魔導車の構想図面とともに劣化防止の時空魔法をかけた上で保存されていた。余程作りたかったようだね」

「先生、構想図面見せてもらう事は出来ますか?」

 魔導車の構想図面、とても興味がある。

「お、見たいかい? それなら、この後は空いてるかい?俺の研究室に来てくれ」

 そう言い置いてソウイチロウ先生は、他の生徒の様子を見に行った。

 残った俺は1人、魔導車をどう実現するかを考えたり行き詰まっているアズキに助言したりして授業時間を終えた。

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