第71話2.9 復元魔法

 ある日の昼前のことである。

 俺は講義の空き時間にマリ教授の研究室のドアをノックした。

「どうぞ」

 中から声がしたのでドアを開けて中に入る。

 俺の他にはアズキとルリが付いて来ていた。


「こんにちは、マリ教授。カーチャ王女は来て無いですね」

「ああ、トモマサ君。わざわざ済まないね。王女は、今頃、上級回復魔法の講義の最中だ。心配いらない」

 今日のマリ教授、前回のだらしない格好とは異なり、髪もセットしているし服装も白ブラウスにタイトスカートと正にメガネの似合う美人教師と言った装いだ。

 正直、優しく勉強を教わりたくなる――いや、俺は何を言ってるんだ? 軽く頭を振り妄想を振り払う俺。

 

 気を取り直して。


 それよりも俺は前回、研究室で奴隷騒動があってから、シンゴ王子のいない所でカーチャ王女に出会わないように注意していた。

 今回も遺失魔法の講義終わりにマリ教授にカーチャ王女が来ない時間を確認して訪問している。

 それでも心配なのだが。


「それでは、話を始めましょうか? 時間もあまり無いですし」

 ソファーに座り俺とマリ教授は遺失魔法の一つである復元魔法の復活に向けての話し合いを始めた。

 まずはマリ教授の研究状況を聞いていく。

「復元魔法を最後に使っていたのは、700年ほど前の帰狭者だと言われている。その帰狭者は、多くの弟子を取り復元魔法を教えていたようだが、使えるようになった者はいなかったそうだ。その時に使われた資料の一部が現在も残っており、王城の図書室に保存されている。それの複写がこれだ。原本は、公開はされてないが基本的には同じものだと言われている。その後の研究で、こちらの資料も参考になるとの文言が見つかっており、現在は、こちらの研究を進めている所だ」

 資料をパラパラと見て行く。

 中身は漫画だった。

 しかも超有名な、7個のボールを集めるやつを手で書き写した物だった。

 絵が汚い。

 作者先生に謝れって想うほどに。


「以前の帰狭者は、本当にこれ見ろって言ってたの?」

 確かにピッ○ロの腕は再生するけど、あれ人間じゃ無いから。

 こんなん見て再生魔法使えるなら、俺すぐに使えるんじゃ無いのかと思ってしまう。

 後の研究の資料も知らないラノベの一節で、これなんて普通に回復魔法の呪文を唱えている代物だった。

「トモマサ君は、これが何かわかるのかね?」

「この漫画なら知ってますよ。昔全部読みましたから」

「本当か? それなら、復元魔法使えるのでは無いのか?」

 うーん、試した事が無いので分からない。周りに復元させるものも無いしね。という思いから素朴な疑問をぶつける。


「試してみるのは構わないのですが、何を復元させますか? マリ教授は、いつもどうされているのですか?」

 俺の言葉に顔がみるみる赤くなるマリ教授。

 なぜ、復元させるものを聞いて恥ずかしがるのか訳が分からない。と俺が訝しんでいると返事があった。


「わ、私はあの昔、失った、あの、あそこ、あそこの……」

「あそこってどこですか? マリ教授何処か欠損部位が有るのですか? 見たところ五体満足っぽいのですが?」

 上から下までずっと見てみる。

 服を着てるので見えない所は分からない。

 足の指なんかも靴を履いてるので分からないな。あそこがどこか分からないので何とも言えないが。


「だから、昔の男に破られた、あ、あそこの膜を復元したいのだ」

 真っ赤なままのマリ教授、下腹部を押さえて必死に訴えて来た。

「昔の男に破られた、下腹部の膜って、えええーーー、マリ教授、まさか、その膜を復元する為だけに研究してるんですか⁉」

 ドン引きである。

 何考えてるんだこの人。

 確かに騙されて捨てられたと聞いたけど、それを無かった事にするために研究しているとは。

 真面目に来た俺が馬鹿らしくなって来てしまう。


「いや、それだけのためでは無いぞ。ちゃんと、手足を失って困ってる人の為に研究しているんだぞ。本当だからな。ただ、手近な復元対象が無いのでだな。仕方なく、身を挺して研究していたんだぞ。決して、決して昔の男を忘れるためでは無いぞ」

 必死すぎるマリ教授の弁解だけど、最後の言葉で全てをさらけ出してる気がしてしまう俺。

「ははは、もう帰って良いですか?」

 本心が漏れ出していた。

「いや、待ってくれ。頼む。確かにさっきの話は、不真面目に聞こえたかもしれないが、私は、本当に真面目に研究しているんだ。復元魔法を待ち望んでいる人は、沢山いるんだ。その人たちの為にも、本当に頼む」

 泣きそうな顔で椅子から降りたマリ教授、実に見事な土下座でした。

 動作に全く淀みが無い。

 実は凄く慣れているかのような。

 俺の正体を知った時も土下座してたし……。


 しかしメガネの美人教授の土下座、何だかゾクゾクしてくる。

 俺にSっ気は無いはずなのに、新たな性癖に目覚める前に止めさせないと。

 俺はマリ教授の肩を掴んで体を起こさせる。


「止めてください。分かりましたよ。待っている人たちの為にも協力しますから」

「本当か。ありがとう」

 顔を上げたマリ教授、潤んだ瞳で微笑んでいた。

 その顔を見た俺は思わず見惚れてしまった……。


「と、取り敢えず、復元する動物なり何なりを用意してください。教授の膜で試すのは、遠慮させていただきますので」

「そ、そうだな。私の膜は、自分で治す事にするよ。復元対象なら近いうちに、昆虫でも捕まえてこよう。昆虫の足なら、簡単に実験できるしな」

 あくまで膜は治すつもりのようだ。

 残念な人だった――。


 こんな話をしていたら昼になったので俺は帰る事にした。

 次週の同じ時間に再度訪問することを約束して。

 資料を持って帰って見てみるかと聞かれたが、やめておいた。

 あの汚い絵の漫画を読む気がしないので。

 原本が王城の図書室にあるならそっちを見たほうが良い。

 一般人には見れないらしいけど俺は顔パスで入れるだろうし。

 あとヤヨイにも一度復元魔法について聞いてみた方が良さそうだな。

 今度の休みは、一回、屋敷に帰ろうと思いながら寮へと帰った。

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