第50話1.50 2人目
自分の部屋に戻るとアズキがやって来た。
カリン先生が来られたようだ。
ついでなのでアズキにお金の話をしておく。
俺名義でたくさんあるので、気にせず使ってほしいと簡潔に言っておいた。
詳しくは、とてもじゃないが話せなかった。
大体、俺、働いてないし。
応接室に行くと、カリン先生がお茶を飲んで待っていた。
「カリン先生、お待たせしました」
向かいの席に座り、軽く頭を下げる。
「大丈夫ですよ。今日は合格おめでとうございます。それで必要な資料を持ってきました。しっかり読んで、記入してください」
「わざわざありがとうございます。カリン先生、忙しそうでしたが、今日の仕事は終わったのですか?」
入学試験で大変そうだったのにここに来ていて良いのか心配になり聞いてみた。
「ああ、試験はすべて終了しましたよ。今年は人数が多くて大変でしたが、おかげで良い生徒に恵まれたようです。『S』判定者が4人もいましたしね。春からが楽しみです。そうそう、ここに来る前に王城に行って執事の方に資料を渡してきましたよ。王様も大層喜んでいるようで今日はパーティーだと言っていました。私も、誘われたのですが、こちらに用があると言って辞退して来ましたよ。王様のパーティーなんて肩こりそうですしね」
カリン先生が、上司に食事に誘われたサラリーマンみたいなこと言っている。と思ったが、カリン先生も一応サラリーマンだった。
若いうちから苦労しているようだ。
少しはねぎらいをと思い提案する。他力本願な提案だけど。
「カリン先生、この後予定がないのでしたら、一緒に食事していきませんか? うちは、パーティーじゃないですので肩こりませんよ」
「うれしいな、お呼ばれしようかな」
カリン先生、即答でした。
しかしヤヨイもかなり偉い人のはずなのだが、こっちは肩こりしないのだろうか? 不思議だ。
夕食はカレーだった。しかも、トロトロ牛スジのカレー。
「このカレー、すごく懐かしい味がする」
まるで妻が作ってくれたような味だった。
「ヤヨイ様が手づからお作りになったカレーです」
アズキの言葉に驚いた。そうか、ヤヨイが……妻の味を受け継いでいたのだな。と。
料理が苦手だった妻が唯一と言っていいほど上手だったカレー。
市販のルーなど使わずに香辛料をひとつずつ合わせて作ったカレー。
心が暖かになる。
「ヤヨイ様、ありがとうございます」
俺が素直に礼を言う。
するとヤヨイは素っ気なく「合格祝いよ。この程度で喜ぶなんて、安いものね」とか言っている。
それでも少し顔が赤い気がする。
照れているようだった。本当に素直じゃ無い娘なのだから。
そんなカレー、あまりの嬉しさと美味さに俺は3度もお代わりをしてしまい、腹がはち切れそうになったのは言うまでも無い。
「いや、おいしかったです。いつ来てもここの食事はおいしいですね。ヤヨイ様の手料理までいただけるとは最高ですね」
食事も終わり、今は俺の部屋で歓談している。
お酒が少し入っているようでカリン先生、ご機嫌である。
16歳だが、成人なので問題ない。
「しかし、トモマサ君、君の魔素量は職員の間でも話題になっていましたよ。あの計測器があそこまで光るなんてって、受付していた教員がビックリしていました」
「どれだけ込めれば良いか分からず、魔素を込めたので少し多すぎたかもしれませんね。あれでも、大分抑えたのですよ?」
「そうでしょうね。全力で込めれば計測器が壊れていたかもしれませんので、その判断で間違いないと思いますよ」
計測器を壊すってラノベのテンプレみたいなことする所だったのか。
ラノベだとそのあと大騒ぎになって戦いになったりするよな。
俺は目立ちたくないので職員室で少し騒がれるぐらいで十分だな。
「それにしても、アズキも『S』判定になるぐらいに魔素量が上がっていたのですね。びっくりしました」
「アズキさんも職員の間で、獣人なのにと話題でしたよ。本当に」
そう言った後、カリン先生が急に黙り込んでしまった。
「どうかしましたか、カリン先生? お酒飲みすぎましたか? お茶、もう一杯飲みますか?」
お茶を入れようとした俺の手をカリン先生が掴んだ。
ビックリして固まった俺にカリン先生が、ゆっくりと話し出した。
「トモマサ君、合格おめでとうございます。半年教えた身としては、大変うれしく思います。なので、そんなトモマサ君に合格祝いのプレゼントを贈りたく思います。何も言わずに受け取ってください」
そう言い切ったカリン先生が、俺の胸に飛び込んできた。
飛び込んできたカリン先生の豊かな胸が俺の体に押し付けられる。
俺は、ますます固まってしまった。ナニがではなく体が。
「わ、私がプレゼントです。ダメ、ですか?」
お酒のせいか赤くなった顔のまま耳元で囁く。
か、かわいい。
抱きしめたくなる可愛さだ。
プレゼント貰ってしまいたくなる。
……でも駄目だ。
俺にはアズキがいる。
将来を誓った恋人がいる。
カリン先生を受け入れるわけにはいかない。
「すみません。カリン先生の気持ちはとてもうれしいのですが、俺にはアズキがいます。そのプレゼント貰うわけにはいきません」
「それはアズキさんが許可すれば貰っていただけるということなのでしょうか?」
カリン先生がとんでもないことを言い出した。
「いや、それは、その……」
答えられない。
アズキが許可を出す? そんなことありうるのだろうか? いや、それよりも複数の女性と関係を持つそんなこと許されるのだろうか? 頭の中で考えるが、まとまらない。
困り切っているところに声がした。
「トモマサ様、カリン先生からのプレゼント貰ってあげてください。私からもお願いします」
アズキであった。
どういうこと? 浮気の許可を出すの? 後で、浮気者って捨てられるの? 訳が分からず、問い返す。
「アズキ、俺は浮気心を試されているのか?」
「私は、トモマサ様の気持ちを試すようなことは決してしません」
「だったら、なんで、そんなこと言う? 俺のことが嫌いになったのか?」
本当に訳が分からない。
「トモマサ様、私はトモマサ様のことが大好きです。そしてカリン先生もトモマサ様のことが大好きなのです。トモマサ様、今のこの国では貴族が妻一人と言うことはあり得ません。必ず複数人と関係を持つことになります。トモマサ様の常識とは異なるかもしれませんが、これが現代の常識なのです。もし、トモマサ様がカリン先生をお嫌いでないのなら、是非貰ってあげてください」
「ヤヨイが言っていた、たくさん娶って、たくさん子を産めってのは冗談じゃなかったのか」
「トモマサ君は相変わらず常識が無いですね。丹波連合王国では、いや、全世界でですが、人口が伸び悩んでいます。原因は、色々ありますが一番は、出生率の悪さです。二人の意思が揃わないと子供が生まれないので、経済的に余裕のない家庭では少人数しか子供を作りません。村などでは、その年の子供の数を決めている所もあるぐらいです。望まない子供が生まれない事は、いい事なのかもしれません。ですが結果として人口増加を抑制してしまっています。他にも、産まれて来る子の魔素量も問題です。魔素量の少ない両親からは、魔素量の少ない子供が産まれ易くどうしても生活が苦しくなるのです。これは、母体中から魔素濃度が環境で育つためだと言われています。ごく稀に多い子供も産まれるのですが、そういう人は、貴族に貰われていってしまうのです。これもあってなかなか子供が増えません」
カリン先生が教壇に立っているときのような難しいことを言っている。
だが、体勢が悪い。今は俺に抱き着いているのだ。
おかげでカリン先生の口が俺の耳元に近くて、息が掛かってこそばゆい。
何だか変な気分になってくるが、簡単に押し切られる訳にはいかない。
本人たちが良いと言っているのだからとは思わなくはないが、まだ踏ん切りがつかない俺。
もう少し理由が必要だった。
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