第47話1.47 調教2

 朝食を食べ終えた俺達は、王城へと向けて歩いている。

 朝から皆が頑張ったのか、城門までの道は綺麗に除雪されていた。

 ルリは少し後ろをテクテクと歩いてきている。猫なのに寒いのも気にならないようだ。

 城門にたどり着くと、門番も慣れたもので俺とアズキの顔を見ると城内へと通してくれる。

 図書室に通っているうちに顔を覚えられてようだ。

 城門を抜けて魔獣の厩へ向かう。

「流石に、厩への道は除雪されていないな」

「仕方ありません。朝方まで降っていましたから、城の人通りの多い所を除雪するのが優先なのでしょう」

 新雪を踏みながら進む。

 サクサクという音が気持ちいい。

 ルリも突然雪の中に飛び降りて駆け回り出した。

「はは、新雪が楽しいみたいだ。猫なのに本当に寒さに強いな」

 同意するアズキと2人、厩に向けて進んで行くとルリも「おいていかないで」とばかりに付いてくる。

 そんな雪道を少し進むと魔獣の厩に到着した。

 厩では、すでに皆働き出しており除雪する人、魔獣に餌をあげる人など忙しそうにしている。

 その中に見知った顔があったので話を聞くと、調教師が横の事務所で待っているとの事なのでそちらに回った。

「お邪魔します」

 気持ち頭を下げながら、事務所に入る。

 中には、熊みたいなヒゲもじゃのおっさんがいた。

 いや、よく見ると本当に熊だった。

 熊獣人のようだ。


「お待ちしておりました。調教師をさせていただいております、アキタ トシスエです。よろしくお願いします」

「初めまして、アシダ トモマサです。よろしくお願いします」

 ソファーを勧められたので軽く頭を下げてから座る。

 後ろからついて来ていたルリは、するりと俺の膝の上にやって来た。

「そちらが、調教する魔獣ですか」

「はい、ルリです」

「可愛い猫又ですね。この辺りではあまり見ない毛色ですね」

 ルリを見て目を細めている。

 魔獣の事が可愛くて仕方がないといった顔だ。


「早速ですが、調教のカリキュラムを説明します」

 しばらくルリに見惚れていたトシスエさんが、ゆっくりと説明してくれる。

 基本的には犬の調教と同じようだ。

 主人の命令に従うとか人を襲わないとかである。

 訓練はだいたい1ヶ月で終わるらしい。

 ただし覚えが悪いと長くなることがあるそうだが。

 最初の訓練は、まず主人と離れる事らしい。


 俺はルリに言い聞かせる。

「ルリよ。これからこのトシスエさんに訓練してもらう。俺は帰るから頑張れよ」

 言われたルリは、キョトンとしている。

 俺はダメかもしれないと思いながら、ルリを地面に置いて少しずつ離れて行く。

 しばらく様子を見ていたルリは「待って」とばかりに俺に飛びついてくる。


 もう一度、ルリに言い聞かせる。

「ルリは、ここで訓練する。いいな」

 そう言いながら頭を撫でてやると、まるで、「分かった」とばかりに「ミャァ」と小さく鳴いたので、また、その場に置いて少しずつ離れて行く。

 が、さっきの倍ぐらい離れた辺りで走って飛びついて来た。


 一応、俺が帰ることは分かってはいるようだ。

 でも離れると寂しいらしく飛びついてくる。

 仕方がないので、おやつで気をそらせた後で、こっそり離れる事にした。

 トシスエさんが用意したおやつをあげると夢中で食べだしたのでその隙にルリの視界から見えない所に隠れた。

 おやつを食べ終えたルリは、俺がいない事に気付いたようだ。「ミャー、ミャー」と悲しげな声が聞こえてくる。

 出てって抱きしめてやりたい気持ちになるが、ぐっとかまんだ。

 昔、ヤヨイを初めて保育園に預け他時も同じように泣いていたな。

 そんな昔の事を思い出して悲しんでいるとルリの鳴き声は聞こえなくなっていた。


「他の魔獣達と遊び出しましたよ。かなり順応が早いですね。賢い子だ」

 俺のところに来たトシスエさんが教えてくれる。

 まずは他の先輩魔獣達と遊んで社交性を身につけるそうだ。

 その間に俺は、主人としての振る舞いやしてはいけない事を学ぶ。

 本当に犬の躾と変わりが無い。

 最も犬より魔獣の方が賢いのでかなり楽なようだが。


 最初に訪れた事務所に戻り話を聞く。

 昼までは、主人への講義である。

「魔獣はとても賢いです。下手をすると人間より賢い子もいます。ですので気をつけて下さい。主従関係がしっかりしていれば問題無いのですが、まれに魔獣に愛想を尽かされる主人もいますので」

 愛想を尽かすとか人と同じだな。部下に捨てられる上司のようなものか。

 その場合はさっさと転職されるんだけど、魔獣の場合はどうなるのか気になった。

「愛想尽かされると、どうなるのですか?」

「最悪、食べられます」

 何ていうか人とは違った。そこは魔物のようだ。

 愛想尽かされないように気をつけよう。


「心配しなくても大丈夫だと思いますよ。愛想尽かされるような主人は、幼生体の時期に良い環境にいない場合がほとんどですから。その点、ルリちゃんはしっかり愛情持って育てられているのが分かります」

「見ただけで分かるのですか?」

「ええ、何度もトモマサ様を探していましたでしょう? 愛想尽くすような魔獣は、あの時点で主人に興味が無いのです。困った事に」

 ずっと一緒にいただけで何もしてないけどなとか思っていると、それが良かったらしい。

 本当に一月の間は、ずっと一緒にいる事が大事なのだとか。


 その後も、魔獣の扱いについて話を聞いていく。

 一月経つと日々の食事も必要になるらしい。

 猫又であるルリへの食べ物は普通の猫と同じだった。

 あまり味の濃いものや脂っこいものでなければ人と同じで構わないそうだ。

 また、個体によっては生肉が好きだったり魚が好きだったりと、個性もあるそうだ。

 一通り話も終わったので、俺達は帰る事になった。

 ルリに会うと訓練の邪魔になるので、夕方までお預けだ。

「それでは、ルリの事、よろしくお願いします」

「はい、お預かりします」

 挨拶をして、屋敷へと戻った。


 昼からの剣術の修行では相変わらずツバメ師匠に吹っ飛ばされながらも無事に終わったので、王城へとルリを迎えに行く。

 魔獣の厩に向かうと先輩魔獣達と楽しく遊ぶルリを見つけた。

「トシスエさん、ありがとうございます。ルリを迎えに来ました」

 遊ぶ魔獣達を眺めているトシスエさんに声を掛けると、その声を聞いたルリが俺を見つけて飛びついて来た。

「こらルリ。トシスエさんの許しを得てからだろ? しょうがないなぁ」

 そう言って、抱いてあげると「寂しかったよう」とばかりに、「ウニャ、ウニャウニャー」と言って来たので笑ってしまう。


「トモマサ様。構いませんよ。もう、訓練の時間は終わっていますから。ルリちゃんは、とても良い子でしたよ。ちゃんと言う事も聞けますし、他の魔獣達とも仲良くなりましたし。言うことなしです」

 トシスエさん、ベタ褒めである。

 ルリが褒められて俺は嬉しくなった。まるで子供を褒められた親みたいだ。

 アズキを見ると同じように嬉しそうな顔をして微笑んでいた。アズキと目が会い、さらに微笑み合う。

 ヤヨイがいたら、「すっかり夫婦ね」と突っ込まれている事だろうと思いながら。

 トシスエさんに挨拶をして俺達は屋敷へと向かって歩き出した。

 ルリは、ずっと俺の腕に抱かれたまま離れようとしない。

 初めて離れたのは寂しかったのだろう。

 城門を出てしばらくするとアズキもそっと手を握って来た。


 薄暗くなった帰り道、アズキとルリと並んで帰る。

 優しい妻に可愛い子供、21世紀の家庭が思い出される。

 不意に涙が出そうになる。

 アズキは、きっと俺が感傷に浸るのが分かったから手を繋いで来たのだろう。

 本当に優しい子だ。そんなことを思っていると、突然、ルリが「ニャー、ニャー」鳴き出した。

 どうやらお腹が空いたらしい。

 俺とアズキは、またまた顔を合わせ、少し早足で屋敷へと急いだ。

 実は、ルリも俺の気持ちに気付いて気分を変えようとしてくれたのかもしれないと思いながら。

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