第29話1.29 剣と魔法5
12月に入り、寒さが強くなってきた。積りこそしないが、雪が舞う季節だ。
今日も朝からツバメ師匠の元、型稽古に励んでいた。
「2の型も形が整ってきたの。毎日、真面目に取り組んでいる証拠じゃ。どれ、そろそろ乱取り稽古に入ろうかの」
「ありがとうございます。ツバメ師匠」
乱取り稽古と言うと、互いに打ち込んで行くやつだな。
昔、高校の剣道の授業でやったことがある。
木刀振りに型稽古と少々退屈していたところだ。
「アズキさん、頼む」
運ばれてきた木箱の中には、胸当て、腿当て、肩当て、小手、兜とすべて革で出来た防具が入っていた。
「修行用の防具だ。何でもよいとヤヨイ様にお願いしておいたのだ。着けてみろ」
アズキに手伝ってもらいながら、防具を着けて行く。
「意外と軽いのですね。あまり動きの邪魔にもならないし」
「本来の鎧甲冑は、そんなに軽くはないぞ。だが、魔法使いのお主に甲冑は必要あるまい。乱取り中なら手加減するから、その程度の防具で十分だ」
防具を付けた俺の前に、木刀を持ったツバメ師匠が立った。
「木刀で乱取り稽古するのですか? 危なくないですか? いや、師匠を信じない訳ではないのですが……」
木刀での稽古で沢山の人が亡くなったって、昔読んだ時代小説に書いてあった気がする。
小市民な俺の恐怖心が湧き上がってくる。
「そのための防具じゃ。それに、痛みになれておかんと、いざと言う時に体が動かんぞ? なに、死にはせん。骨が折れても回復魔法ですぐに治るのでな」
そうか、回復魔法があったな。
俺も初級は覚えたな。
すっかり忘れていた。
「そうですね。魔法がありましたね。自分で回復魔法掛ければいいですもんね」
「なに、お主、回復魔法が使えるのか? なるほど、ならば少々強めでも構わんな」
ツバメ先生の口元がにやりとして不敵に笑っている。
ツバメ先生怖いです。
「お、お手柔らかにお願いします」
俺は、そういうのが精一杯だった。
今、俺のテンションはダダ下がりである。
段取りが始まって数秒後、吹き飛ばされていたからだ。
それも一度や二度ではない。
何度やっても、3秒と持たず吹き飛ばされる。
それに、さっきから回復魔法をかけているのだが、ほとんど痛みが引かない。
初級の魔法では効力が弱すぎるのだ。
「さぁ、もう一度!」
その瞬間、ツバメ師匠の姿が消え俺の体が吹き飛ばされる。
何が起こっているのかさっぱりわからない。
立ち上がってツバメ師匠に向かって木刀を構える。
直後、吹き飛ばされる。
何度目かわからない転倒の後、何とか立ち上がった俺にツバメ師匠は、
「これまで!」
と終わりを告げた。
その声を俺は呆然と立って聞いていた。
「初回で気を失わないとは、中々やるではないか。回復魔法のおかげかの?」
「気を失うの前提なのですか?」
少し回復してきた俺は、問いかける。
「そういう訳ではないが、大体の者は、30回も吹き飛ばされれば気を失うものだ。それを50回も耐えたのだから十分だの。よく頑張ったものだ」
「ありがとうございます」
幼女のツバメ先生であるが、褒められると素直にうれしい。しかし、50回も吹き飛ばされたのか、体中が痛いわけだ。
しばらく回復魔法をかけ続けたらようやく痛みが取れてきた。効いてきたらしい。
「もう回復してきたのか。それなら、もう一回行けそうだな」
ツバメ師匠、やる気らしい。
第2ラウンド開始である。
「ここ!」
2ラウンド目ももう何回吹き飛ばされたかわからない頃、木刀で右脇腹を防御しようとした。
「遅い」
俺の木刀をすり抜けてツバメ師匠の木刀が右脇腹を強打して、俺は吹っ飛んだ。
「少しは、パターンを理解してきたようだな。さあ、立て続けるぞ」
回復魔法をかけながら立ち上がり木刀を構える俺にツバメ師匠が突っ込んで来た。
――その後3ラウンド行われたが、最後までツバメ師匠を捉えることは出来なかった。
だが、回復魔法には自信がついた。あと、痛みにも少しだけ慣れた気がする。
次の日は少しの疲労感が残っていたが、体の痛みはなかった。
「回復魔法、すごいな。体に全く痛みがない」
自画自賛である。
「それは良かったです。何度も何度も倒されていましたから、少し心配していました」
匂いを嗅ぎながらのアズキが少し止まって口を開いた。
「それで本日は、どのようになさいますか?」
さらに予定を聞いてくるアズキに少し考えた俺は、前から行きたかった高谷山の山頂に行くことにした
週に一度しかない休みだったので、今日しかないと思って。
「アズキは、山頂の櫓に行ったことがあるのか?」
さっきトイレに行った時外を確認したら、今朝の屋敷のあたりは濃霧だった。
丹波のあたりでは冬場よく見られる天気である。
丹波霧と呼ばれ、昼夜の温度変化が高い時に現れる現象である。
「夏場に一度行ったことがあります。こんな、霧の濃い日は行ったことはありません」
「そうか、それなら、山頂に行ったら驚くぞ」
朝食を弁当にしてもらいアズキと共に山道を歩く。
八合目あたりまで行くと段々と霧が晴れてくる。
それから数十分ほどで山頂に着いた。
山頂の櫓にはいつの間にか連絡が入っていたようで、若い兵士が櫓最上階の見張り台に案内してくれた。
「おお、変わらんな」
眼下には雲海が広がっていた。
その姿は1000年前と何ら変わらない景色であった。
「雲の絨毯が綺麗ですね。夏に見たのとは全く違います」
アズキも、普段は見られない景色に感動している様子だった。
「雲海は、もっと高い山に行くと、どこでも見られるのだが、この程度の高さの山だと限られた場所でしか見られないのだ。妻も好きで良く子供を連れて見に行っていたよ」
昔と変わらない景色に妻のことを思い出す。
しんみりとしてしまった。アズキも少し寂しげな顔をしていた。
「駄目だな。もう過ぎたことなのに……。少し型稽古をするから、終わったら朝食にしよう」
1000年過ぎたと言ってもトモマサの時間感覚では、まだ数か月、そんなに早く忘れられる物ではない。
落ちてしまった気分を盛り上げるように木刀を出して稽古を始めた。
そして30分ほど型稽古をした後、朝食を取る。
持って来ていたのはアズキ特製のおむすびであった。
具は、昆布にカツオ、梅干し、肉のそぼろなどどれも美味かった。
いつの間にか、櫓の兵士達にも差し入れしたようで、帰りには揃ってお礼を言われた。
よっぽど美味しかったようで、隊長のような人からまた来てくれと懇願された。
むさい男しかいない櫓に美少女が握ったおむすびか、そりゃ喜ばれるか。
確かに女の子成分が足りない。
いつもは自炊しているようだし。
櫓からの帰り道。アズキがそっと手を繋いできた。
「あ、アズキ?」
「ヤヨイ様のご指示ですから」
それは、街に行った時の話だろう? って言おうと思ったが、止めておいた。
俺が寂しがっているのと思って慰めようとしているのだろうとしていることが解ったからだ。
それにとても心が安らいだ。
「ありがとう」
代わりに出た言葉に、アズキは優しく微笑んでいた。
恥ずかしくなった俺はしばらく黙っていたが、気持ちを切り替えるため軽い話を切り出した。
「兵士たち、アズキの握ったおむすびに大喜びだったな。やっぱり可愛い子の手作りは嬉しいみたいだな」
「え、差し入れ分は厨房のおばあさんに握ってもらったのですが……。トモマサ様の分は、私が握りましたが」
アズキよ、それは絶対に言ってはいけないぞ。
そして次の時は、ちゃんとアズキが握ってやれよ。
俺はアズキにそう言いながら屋敷に向かって歩いて行った。
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