第23話1.23 閑話 カリン先生の報告

 ヤヨイとの夕食の後、帰り着いた魔法学校の教員寮でカリンは寛いでいた。

 ヤヨイの屋敷での広い風呂に美味しい食事、一介の教師には考えられない待遇を思い出しながら。


「トモマサ君の魔法暴走の結果とは言え役得でしたね。中でもヤヨイ様との魔法談議は特に素晴らしかったです。今なら新しい魔法も覚えられそうなぐらいですね」

 一人ぶつぶつつぶやいていた。

 いつでもどこでも呟いてしまうので、いつも周りに思っていることが伝わってしまい、温かい目で見られるカリンであった。

 見た目は、かわいいのに彼氏ができないのもこれが原因である。

 本人は、全く気付いていないが。


「明日は、学園長への報告の日ね、報告書を書き上げないと」

 魔法学校からの派遣教師であるカリンには、月に一度、学園にレポートの提出が求められていた。

「普段なら、教頭先生に話するだけなのに。今回は、学園長に報告なのですね。さすがヤヨイ様の依頼。期待の度合いが大きいですね。きっちりと報告書を仕上げないと」

 そして、夜遅くまで掛けて報告書を書き上げでから、カリンは眠りについた。


 翌朝、カリンはいつも通りの時間に起床した。

 昨夜寝るのが遅かったため目を擦りながらではあるが、日課である魔素コントロールの訓練をしていく。

 いくら100年に一度の天才と呼ばれるでも、このコントロールだけは日々の訓練が欠かせない。

「今日は、久々に魔素量を測定してみようかな。測定器も借りたままですし」

 カバンから測定器を取り出し、魔素を込める。

 すると――1072になっていた。

「すごく上がっている! 一気に50近くも! 昨年一年で10ほどしか上がってなかったのに。この間測ったのは……、トモマサ君に測ってもらったときだから、10日ほど前ね」


 一般的に魔素量を増加させる方法はいくつか知られている。

 主な物は、魔素を含む食事をすること。

 家畜や農作物に宿っている魔素、これを摂取することにより体内の魔素量が増加するのである。

 ただ通常の食べ物では魔素量が微量であるためほとんど増えない。

 そのため一般の町民などの魔素量は多くない。


 次は魔物を食べること。

 魔物は家畜よりも多くの魔素を宿している。

 それも強ければ強いほど保有魔素量が増えると言われている。

 貴族などは金を出して強い魔物の肉を買い集め、魔素量を増やしている。


 それら以外には、滅多に取る事が出来ない方法だが魔素の多い空間に行く方法がある。

 空気中の魔素が多いと呼吸により魔素を取り込むことが出来るためである。

 ドラゴンなどの強力な魔物の住む領域などが魔素の多い空間にあたる。

 だが、そのような強力な魔物のそばに行くこと自体が難しく自殺に行く様なものだと言われている。


 他にも方法はあるのだが、独り者のカリンには縁のない事なので除外する。

「この10日、何があったかな? 毎日トモマサ君に指導していましたね。後は、ヤヨイ様と食事ですか。ですが、それほど変わった食材が使われていたとは思えないのですが。……ひょっとして、トモマサ君と同じ部屋にいたからですか? いや、あり得ますね。彼の魔素量は25万ですからね。以前文献で下級ドラゴンの魔素量が5万ほどだと書いてありましたね。もう少し検証が必要ですが、間違いないのではないでしょうか?」

 恐ろしいことに気付いてしまった。

 魔素量が増えることはうれしいのだが。

「報告書に書くべきでしょうか? 契約にある守秘義務に当たる気もします。ヤヨイ様に相談してからですね。学園長先生には、黙っておきましょう。魔素量は見ただけでは分からないですから大丈夫でしょう」

 奴隷にされてはたまらない。ヤヨイとの契約は思った以上に危険なものである事を再度認識したようだった。

「しかし、どうやって検証しましょう。あと10日もしたら分かるでしょうか? しかし、半日一緒にいるだけでこれだけ上がるのでしたら、あの犬獣人のメイドさんはどれぐらい上がっているのでしょうか? 頼めば計測させてもらえるでしょうか? 布団にもぐりこんでいると言っていたし、もし、大人の関係になっていれば、私を超えていても不思議ではないですね」

 大人の関係を想像して顔を真っ赤にしている、カリン。

 まだまだ16歳。成人したとはいえ彼氏のいないカリンには刺激の強い想像だったようだ。

「わ、私もトモマサ君と大人の関係になれば、もっと魔素量が……」

 言いよどむカリン、頭から湯気を出してベッドに倒れこんだ。

 自分の姿を想像して恥ずかしさのあまり頭がマヒしてしまったようだ。

 しかし魔素量を増やす為だけに体を差し出すなんて、魔法使いにとって魔素量の増加は永遠の課題であるようだった。


 気づけば学園長への報告の時間が迫っていた。

 大慌てで部屋を出て、学園長室へ向かう。

 幸いにも魔法学園の教員寮に住んでいたので何とか間に合った。

「ハァハァ、学園長先生、失礼します」

 息を弾ませながら、学園長室に入っていく。

 ダッシュで来たため生き絶え絶えだ。


「カリン先生、ようこそ。どうされたのですか、そんなに慌てて。大丈夫ですか?」

「す、すみません。ちょっと遅れそうだったので走ってきました」

「それは、ご苦労様です。そちらのソファーにかけて少し休んでください。お茶を入れてきます」

 そういって、学園長は、隣の給湯室へと向かった。

 60過ぎた爺さんだが自分でお茶を入れるようだ。

 秘書はいないらしい。

 しばらくして冷たいお茶が差し出された。

 カリン先生は礼を言ってから、のどを潤して一息ついた。


「一息つけましたか、それでは、報告書を読ませていただいてよろしいでしょうか?」

「はい」と昨晩書き上げた報告書を差し出すカリン。

「ふむふむ」

 と読み進めていく学園長。

 何とはなく緊張の時間である。

 一通り読み終えた学園長が顔を上げた。

「なかなか、優秀な生徒のようですな。魔素量も多いようですし。ただ、知識に偏りがあるようですね。何か指導はしていますか?」

「はい、図書館で本を読むように言っております」

「なるほど。それでしたらより具体的に、足りないと思われる知識の本をカリン先生が指導してはいかがでしょう? それを読むように言った方が、本人も取っ付き易いかと思いますし。本は学園の図書館から貸し出しましょう」

「よろしいのですか? 学園外の人間に貸し出ししても」

「ヤヨイ様の縁者なのでしょう? それぐらいの特例は致しますよ。それに、優秀な生徒を入学させられれば、学園のためにもなりますしね。他には気になるようなことは無いですね。カリン先生は、何か困っていることはございませんか? 学園としては、できる限り協力いたしますよ」

「い、いえ特にございません」

 魔素量が増えたことを思い出して、ちょっと焦ってしまったカリン。

 ばれてはいないだろうけど、気が気ではない。

「そうですか? それなら、引き続きよろしくお願いします。今日は、ご苦労様でした」

「はい、ありがとうございました。それでは、早速、図書室で本を借りていきます」

 そそくさと部屋を出ようとしてソファーに足を引っかけて派手に転んでしまった。焦り過ぎであった。おかげで、学園長が訝しむ様な顔でこちらを見ている。

 隠し事って苦手なんだよなぁ。心の中でつぶやく。

 しかし話す訳にはいかない。

 奴隷にされてしまうかもしれないので。


 その後、何とか部屋を出たカリン、図書館へと向かった。

「つ、疲れました。学園長先生は、鋭い人ですからね。きっと隠し事があることに気付いたでしょうねぇ。次の報告は、一月後ですね。それまでに何か対策を練らないと」

 ぶつぶつとぶつやくカリン。顧客と上司に挟まれた営業のような雰囲気で歩いて行く。

「16歳の乙女が、奴隷はちょっと」

 と、またしてもつぶやきながら。

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