第18話1.18 アズキの事情
風呂に入って部屋で魔素の把握とコントロールの訓練をしていると、そこにアズキがやってきた。
いつもの匂いタイムである。
寝転ぶ俺の上をはいずるように匂いを嗅いでいくアズキ。
この時俺はというと、間違いを起こさないようにと念仏を心で唱え無になるのが日課だったのだが、今日は何故かじっとはしていられない気分だった。
「ねぇ、アズキ。耳とか尻尾とか触っても良い?」
だからと言って未成年のアズキに襲い掛かるわけにもいかず、これぐらいなら大丈夫だろうと聞いてみた。
飼っていた犬も当然いなくなったので、色々もふもふしたい欲求が膨らんで来たのもあるのだが。
「あ、あ、あ、あの、ト、トモマサ様なら構いません。どうぞ」
匂いを嗅ぐのを止め、顔を真っ赤にしながら耳を出してくるアズキ。
その出された耳に手を出して触ってみる。
うん、犬の耳だ。あぁ、久しぶりの犬耳だ。癒される~。尻尾はどうかなぁ。
次は、尻尾も触ってみる。
アズキがびくぅとして硬直していたが、しばらく触っていると緊張がほぐれたのか匂いを嗅ぎだした。
満足した俺が手を放すと、アズキも満足したのか合わせるように俺から離れた。
この時、見えたアズキの顔が真っ赤だったのが印象的だった。
「アズキ、ありがとう。すごく気持ちよかったよ」
「トモマサ様に喜んでいただいて私もうれしいです。それでは、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
部屋を出ていくアズキ、右手と右足を同時に前に出して歩いていたのだが、俺は耳とか尻尾触るのは恥ずかしいのかなぁと思うだけで深くは考えていなかった。
――
「トモマサ様に耳と尻尾を触ってもらえました」
自分の部屋に帰った私は、一人悶々としていた。
犬獣人にとって耳と尻尾を触らせてほしいという事は、プロポーズと同じこと。そして、それを受け入れるという事は――
「幸せでした。余りのことに受け入れてしまいましたが、こんなに幸せでよいのでしょうか? 大罪人の子である私が。……ヤヨイ様は、私の将来のことを考えてくださっていますが、やはり責任は取らないといけません。血の繋がりは断てないのですから」
勢いで受け入れてしまったプロポーズだが、本当に良いのだろうかという思いに、夜遅くまで悩んだ私は。
「やはりトモマサ様には、すべてをお話ししなければなりません。このプロポーズを今は受けるわけにはいかないことを。明日朝に話をしましょう。返事を遅らせても良いことはありませんから」
やってしまったトモマサ。明日には、覚えのない結婚を断られることになるだろう。もっとも、世間一般から見たら申し込んだのはトモマサの方からである。犬獣人の風習を知っていればだが。
そして、すぐに朝は来る。
――
翌朝、目覚めると、いつものようにアズキが匂いを嗅いでいた。
「おはよう」
「おはようございます。トモマサ様」
今日も元気そうだ、と思いながらアズキに身を任せる。
匂いタイムも順序から言って終わりに近そうだった。
でももう少しかかりそうだと黙って微睡んでいると、すっと離れて行った。終わったようだった。
俺は、起き上がって伸びをする。
「トモマサ様、少しお時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
アズキが固い感じで声を掛けてきた。
改まってなんだ? 加齢臭でもしていたか? 子供の体だ、その心配はないはずだ。
その程度のことしか思いつかない俺。
「いいよ。今日は授業も休みだし、図書館に行こうかと思っている以外は、予定はないよ。何するの?」
「ありがとうございます。でしたら、朝食後すぐにでも少し話を聞いていただきたくて」
「分かった」
軽く返事をして着替えていく俺。
最近はアズキが部屋に居ても意識しなくなっていた。
あれだけ体中の匂いを嗅がれているのだ。少しぐらい裸を見られてもなんとも思わなくなってしまった。
慣れって、恐ろしい。
朝食後、部屋に戻ってソファーで本を読みながら待っていた。
しばらくして、お茶と菓子を持ってアズキがやってきた。
そして向かいに座るアズキ。
ピンと立つ尻尾から少し緊張してるよ事が分かる。
「トモマサ様に、私の全てを知っていただきたくてお時間頂きました。しばらくお付き合いください」
頭を下げるアズキに、全てか、これが夜なら興奮するが、朝だしなぁ。何が聞けるのやら。
「実は私、大罪人の娘なのです」
冒頭から眉をしかめるような単語が飛び出し、話が始まった。
大罪人とは、アズキの父親――ヤヨイの孫の妻の兄弟の子孫ぐらいの遠縁に当たるらしい――のことで、この父親が科学の復興を目指したのが原因らしい。
科学の復興は、魔虫の大繁殖につながるため丹波連合王国では固く禁止されている。
代わりに魔法があるから良いじゃないかと思うのだが、魔素量が少なくて貧困に陥る人もおり万能なものではないということで、稀に科学の復興を目指す人が出るのだそうだ。
困ってる人を助けるために始めることなので実直な人が多く、周りの人も中々に気付かない。
そのため気付いた時には手遅れで魔虫の大繁殖を引き起こしてしまうらしい。
「父は大きな街の領主で、嘘の付けない、とても誠実な人だと言われていました。街のスラムの対策として、個人的に科学の研究を行っていたそうなのです。ですが、それが大きな間違いだったのです。今から4年前、魔虫の大繁殖が発生しました。どのような研究をしていたのかは誰にもわかっていません。なにしろ研究室のあった屋敷の周り数十キロ内には、人工物は何も残っていませんでしたから。……そして、父は研究の責任を取って、母は父を止められなかった責任を取って即座に処刑されました。残された私は、未成年ということで、成人するまで罪の確定を保留されています。犬獣人の成人である13歳になった後に、裁判が行われ判断がなされると聞いています」
なぜアズキにまで罪に問われるのかわからないと聞くと、大罪認定されると個人ではなく家族での連帯責任となると教えてくれた。
科学の復興を目指す人が貧困の対策にと弱者救済を考える人であることが多く、そういった人の抑止力にするために考えられた法であるとのことだった。
「アズキは、何も知らなかったのだろ?」
「はい、父は、完全に隠れて研究を行っていました。母ですら、何も知らなかったようです。それでも、家族であれば罪に問うのが大罪の決まりなのです。過去の判例では、未成年の子供は罪に問われないことも多かったようですが、父の起こした大繁殖は規模が大きく街一つ消えてしまった為、私も裁判が行われることになったようです」
アズキの説明を聞き終えた俺は憤っていた。
何だ、この法。21世紀には考えられない法だな、と。
「アズキも処刑されるのか?」
「裁判結果次第ですが、私の立場だと大体が犯罪奴隷落ちみたいです。被害を被った人たちへの謝罪を込めて生涯働かせられるようです」
なんてひどい世の中だ。親の罪を子供にまで被せるなんて。
「誰がこんな法作ったのだ? 妻か? 娘か? ヤヨイに文句言って、法を変えさせよう」
さらに憤る俺。
「ヤヨイ様も未成年の罪を問わないように変更しようとしたようです。ですが、多数の反対に合い、変更案は却下されたそうです。ヤヨイ様には、本当に感謝しています。今でも、法の変更を試みておられるようですが、反対する勢力があり難しいようです。それでも、罪に問われるかもしれない私を引き取ってくださって何不自由のない生活をさせてもらっています。これ以上の無理はとても言えません」
そうか、ヤヨイも頑張っていたのだな。どうしようもないのか? 俺がしゃしゃり出たら変えられるか? 『建国の父』なら行けるのじゃないのか? 一度、ヤヨイと相談だな。などと考えているところで、爆弾が投下された。
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