第19話1.19 アズキの事情2

「ですので、大変うれしいのですが、トモマサ様からのプロポーズを受けることは出来ません。奴隷ならなれるのですが」

「は? プロポーズ?」

 アズキの突然の発言に法改正などどこえやら、固まってしまう俺。

 意味が分からない。正に青天の霹靂だ。

「はい! 昨晩、犬獣人の特徴を撫でていただきました。本当に本当にうれしかったです。本来ならば、その時点でプロポーズを受け入れたことになるのですが……申し訳ありません」

「な、なんですと!」

 俺の悲痛な言葉が部屋に響いく。


 犬獣人の特徴って耳と尻尾か? を撫でたらプロポーズ⁉ なんてこった。そんな風習知らないよ。カリン先生、なんで教えてくれないの!

 俺は、ただ、犬耳と尻尾触りたかっただけなのだよ。それがプロポーズになるなんて気付かないよ。


「……ごめんなさい」

 次の瞬間、俺は土下座していた。

 なにしろ謝るしかないのだから。知らなかったとはいえ。

「トモマサ様、頭をあげてください。謝るのは、私の方です」

「いや、俺の方だ。ごめん。犬獣人の風習、知りませんでした。ただ、触りたくて、耳と尻尾を触りました。本当にごめんなさい」

「……そ、そうですよね。永い眠りから目覚めて数十日のトモマサ様ですものね。風習を知らなくて当然ですね。はは、あまりに嬉しくて一人舞い上がってしまったようですね」

 俺が顔をあげるとアズキの綺麗な瞳から一筋、涙がこぼれていた。

 プロポーズされて嬉しくて、でも立場上断るしかなくて断ったら全くの勘違いだった。

 12歳の少女には辛すぎる現実だ。

 俺の心が締め付けられる。

 なんてひどい男だ。

 俺の軽率な行動が、目の前の少女に涙を流させている。

 こんなにも慕ってくれる少女の涙に、俺の心はかき乱された。


「アズキは、俺と……ゲフンゲフン」

 結婚したいのか? と口から出そうになったが、なんとか止めた。

 今は、そんな事を確かめる時じゃない。

 

 俺がどうしたいか伝える時だ。


 そしてよく考える。

 1000年という途方もない寝坊をした俺に、打算もあるだろう、ヤヨイの思惑もあるだろう、でもずっと寄り添っていてくれたアズキ。

 俺が好きだと憚らず、手をつないだり、匂いを嗅いできたりこちらが困るほどのスキンシップをしてくるアズキ。

 そして、そんなアズキの好意に甘えながらも、亡くなった妻を持ち出して自分の気持ちすら誤魔化していた俺の何と情けないことか。

 そんな考えに至り俺は心を決めた。

 妻よ、俺は、俺は目の前の少女を守りたい。だから許しておくれ。と謝りながら。

 

 果たして。

「アズキ、俺と結婚してくれ!」

 俺はアズキにプロポーズした。

「……トモマサ様!」

 固まるアズキ。

 だけども俺は止まらない。

 思いの丈をぶつける。

「混乱させて、ごめん。なんて言うか、アズキの涙を見て決めたんだ。ずっと守って行くって。……妻の死を知ってすぐこんなこと言っている俺を信用できないかもしれない。昔を思い出して、妻と比べるかもしれない。でも、今はアズキを守りたい。そう思っている。だから、もう一度言おう、結婚してくれ!」

「う、うれじいですぅ~。トモマザ様、どってもうれじいです~。でも、でもわだじは、わだじは……」

 そして今度は嬉し涙を流すアズキ。

 何か言っているがよく聞き取れない。

 きっと大罪人の娘だから結婚できないと言っているのだろうが、そんなこと俺が決して許さない。必ず、必ず結婚できるようにしてやると決意しながら、俺は座っているアズキの頭を抱きしめた。

 アズキも泣きながら抱きしめてきた。


 俺たちは、アズキが泣き止むまでしばらくそうしていた。


「トモマサ様、大変嬉しいのですが、罪が無くならない限り結婚はできません」

 落ち着いたアズキが再度言って来た。抱き合ったまま。

 アズキは座ったままなので、またしても胸が股間に押し付けられる。少し落ち着かないが話を進めることにした。

「法を変えよう。何なら、『建国の父』として強権をふるっても良い」

「い、いけません。トモマサ様。そんなことをしては、トモマサ様の身の安全が失われます」

 すごい勢いで止められた。

 そんなにやばいのか。

 本当に最終手段だな。


「そりゃ、俺だって怖いからあまりしたくない。他に方法があるなら、それを優先するけど?」

 それでも第一優先はアズキの安全だ。

 そのためなら、ためらうつもりは無い。

「他の方法ですか。法を変える方法は私には分かりません。申し訳ありません」

 アズキがしょぼんとしている。

 高度に政治的な話だから難しいな。

「二人では、解決しそうにないな。ヤヨイに聞いてみよう」

 俺たちは、二人で手を繋いでヤヨイの書斎に移動した。


「仕事中にすまんな」

 書斎でソファーに座る俺は断りを入れる。

 横に座るアズキも頭を下げている。

 そんな二人の様子が、いつもと違うことに気付いたのかお茶を入れてくれているヤヨイがニヤついた顔で聞いてきた。

「すっかり仲良くなったようね。二人の子供が楽しみだわ」

 いつもの揶揄いのようだ。

 だが今日からの俺の答えはこれまでとは違う。

「子供か、そうだな。いずれは欲しいな」

 この言葉に、ヤヨイの目が見開きお茶を入れる手が止まる。

「驚いた。本当に驚いた。一体何があったの? どこまで知ったの?」

 俺は真摯に答える。

 さっき本人から聞いた、アズキの過去、罪、そして、この国の法について。

 そして続ける。

「そのうえで、俺は、アズキと結婚したい」

「アズキは、どうしたいの?」

 俺の言葉に決意を感じたのだろうヤヨイ。

 今度は俯いたままのアズキに優しく問いかけた。

「私は、……トモマサ様が好きです。出来るなら結婚したいです。ですが、罪を償わないと……」

 言いよどむアズキにヤヨイは、再び俺の顔を見ながらため息をついた。

「ふぅ。それで、全てを知った父さんは、どうするつもりなの? 強権を発動するつもりなの? それとも国を一から作り変える?」

 辛そうな表情で物騒なこと聞いてくるヤヨイに、俺は国を作り替えるって出来るのかという考えが一瞬頭をよぎったけど、妻と娘が作った国を出来れば壊したくはないと、首を横にする。

 そして。

「いや、出来るなら穏便に済ませたい。暴力で変わった国は歪んでいずれしっぺ返しを食らうと思う。だから、話を聞きに来た。ヤヨイはずっとこの国を変えようとして来たんだろ?」

 ヤヨイは再び深いため息をついた後、俺の顔をじっと見つめながら口を開いた。

「父さんは、不甲斐無い私を叱らないの? 1000年たっても母さんの理想にたどり着けない私を」

 辛そうな、寂しそうな、悲しそうな顔だ。大人になってエルフになって変わってしまった顔だが、なぜか子供のころの顔と重なった。

 ヤヨイが幼稚園ころ友達と喧嘩して怪我をさせて一人飛び出した公園のブランコに座っていた時と同じ顔だ。

 そのヤヨイの顔を見てしまった俺は、思わずヤヨイを抱きしめた。

 子供の体だから何とも頼りないけど。


「叱ることなんて何もないだろ。ヤヨイは頑張っているのだから。父さんの方こそ、遅くなってごめんな。これからは父さんも手伝うから、そんな顔するな」

 俺の言葉を聞いて安心したのか、体から力が抜けるヤヨイ。

 そっと抱きしめ返してきた。

 そして。

「子供のくせに生意気ね。父さんは。速くアズキとすることして子供作ってくれたらいいのだから。……それでも、どうしてもと言うなら手伝わせてあげるわ」

 この言葉に俺は苦笑した。全く素直じゃない娘だと。

 幼稚園の頃は、わんわん泣いて可愛かったのに。と思っていたら、減らず口を叩いて元気を取り戻したのかヤヨイは俺から離れた。

 離れていくヤヨイの顔、見ると目が充血していたけど何も言わなかった。

 今言うと、照れ隠しで100倍になって帰ってきそうだったから。

 結果、誰も口を開かず、ただお茶をすする音だけが響く、気まずい空間となってしまった。

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