第17話1.17 カリン先生の隠し事

「それじゃ、本日の最後に、魔法を試してみましょう。魔素のコントロールも安定してきましたし、そろそろ使えると思いますよ」

 一月ほどたったころの授業の終わりに、突然カリン先生が言い出した。

「そうですね。火魔法は、失敗すると危ないので、水魔法で行きましょう。水球を作ってみてください。まずは、私がやって見せます。……『水球(ウォーターボール)』」

 カリン先生の目の前に、水球が出来て浮いていた。

「浮かせるには、別の命令を与えないといけません。ですので、トモマサ君は、とりあえず水球だけを作ってみてください。くれぐれも魔素量には気を付けてください」

 カリン先生の注意に肯き、俺は魔法の行使に集中する。

 魔素を水に変換する命令を――と思っていたけど、途中でカリン先生の、「元からある物質を使うと少ない魔素で実行できる」という言葉を思い出した。そこで急遽、空気中の水分を液化して集めることにする。魔素は、少な目で握りこぶしぐらいを目安として。


「……『水球(ウォーターボール)』」

 呪文を唱えた瞬間、世界が闇に閉ざされた。いや、そんな事にはならない何のゲームだ。

 ただただ、大量の水が現れ頭上から降り注いだだけだ。おかげで屋敷の広い庭全体が水浸しである。その光景にカリン先生は唖然とし――

「こ、この水量……トモマサ君、どれぐらいの魔素を使ったのですか?」

「えー、握りこぶしぐらいでしたが、普通にやっても面白くないので、空気中の水分を集めてみました。えへ」

 ちょっと可愛く言ってみた。カリン先生は物凄く驚ていた。俺の可愛さにではなく話の内容に。

「そうか。そうですね。確かに元からある水分を使えば少ない魔素でたくさんの水を出現させられます。でも、空気中の水分にしては多すぎます。ひょっとして水素原子を、いや、それよりも土中の水分を……」

 腕組みしながら、ぶつぶつ言っている。

 そんなカリン先生を見て俺は気が付いた。

 これまでローブでよくわからなかったが、ずぶ濡れでローブが体に張り付いた今ならよく分かる。

 立派なものをお持ちであった。アズキよりは小さそうだが、腕組みによりかなり強調されている。


 そう胸が。


 思わず視線が釘付けになってしまう。考え込んでいたカリン先生だったけど、俺の視線に気づいたのか、「きゃぁ」と言って胸を隠した。

 小さな手では隠しきれてないが。

「み、見ないでください。せっかく胸がばれないようにだぶだぶローブで隠していたのに余計に強調されていますぅ~。前も講師派遣で行った先で男子生徒が胸しか見なくなったので対策していたのに~」

 だぶだぶのローブで隠していたようだった。まぁ、生徒側が座って先生が立つ位置になると、目の前があの胸になるな。

 目線が行ってしまう男子生徒の気持ちがよくわかる。

 しかし、ここはちゃんと言っとかないといけない。


「カリン先生、僕は、アズキの胸で見慣れていますので、その程度の巨乳では驚きませんよ」

「はぁ、トモマサ君、何のフォローにもなってないですよ?」

 俺の宣言に頭を抱えるカリン先生。

 あれ? おかしいな。とりあえず着替えないとな。カリン先生には、風呂にでも入ってもらうかな。と俺は首をかしげながらメイドを呼んでお願いした。

 ちなみに俺はというと、すぐに来たアズキに着替えを用意してもらった。

 一緒に風呂とかいうイベントは起きないから。

 残念!


 夕食に向かうと、ヤヨイとカリン先生が座っていた。

「トモマサ、カリン先生も一緒に食事していってもらうことにした。さぁ、トモマサも座って」

 突然のヤヨイの呼び捨てに、俺はびっくりして固まってしまった。

 すぐにカリン先生がいるので余所行き言葉になっていることに気が付いて再起動したけど。

 確かに、「父さん」とは、呼べないわな。

「カリン先生、先ほどは失礼しました。体を温めて風邪などひかぬようお気を付けください」

 俺もよそ行きの感じで話しかける。

「いや、気にしなくて良いですよ。初めての魔法に失敗はつきものですから。それに威力という面では申し分のない結果でしたしね。日々の訓練の賜物ですよ」

「ありがとうございます」

 褒められたので、素直に礼を言っておく。

 謝ったのはどちらかというと胸を見た件なのだが、そちらもあまり気にしていないようだ。

 夕食が始まるとヤヨイとカリン先生の間で高度な魔法談議に花が咲いていた。

 おかげで俺は、話について行けず適当に相槌を打ちながら食事を楽しんだ。


 食事が終わった後もヤヨイとカリン先生が話し込んでしまったため、すっかり辺りは暗くなってしまった。

 そのせいか、ヤヨイはカリン先生に馬車で帰るように促していた。

 今は帰るカリン先生を、俺は玄関先まで見送りに来ている。

 玄関先で馬車を待つカリン先生。

 よほど魔法談議が楽しかったのか、はたまた出された食前酒に酔ったのか、終始笑顔である。

 そんなご機嫌のカリン先生の横で、俺はある事について考え込んでいた。

「というかカリン先生って、俺に手を出されたいんですよね? それなのに女性の武器である胸を隠して。そうか手を出す云々の話は、やっぱり冗談――」

 というところで気が付いた。

 自分の声が出ている事に。

 やばいと思って馬車に向かって歩き出そうとしているカリン先生を見る。

 すると笑顔が消え、気付かなかった‼ という思いがありありと見える顔をするカリン先生。

 ばっちりと聞かれていたようだった。

 さらに。

「そ、そうですね。あんなことを言っておいて、何で私は……」

 両手をわなわなと震わせ落ち込むカリン先生に俺は何て声を掛けていいかわからず――ただ、カリン先生の乗った馬車が遠ざかるのを見ているだけだった。


 次の授業から、カリン先生が胸を強調する服――ただローブを脱いだだけだが――に変わったのは言うまでもない。

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