第16話1.16 イチジマの町2

 王都の商業区を、手をつないで歩く。

 何だか気恥ずかしいが、娘みたいなものだと気持ちを誤魔化して店を眺めながら進む。

 すると穀物、野菜、米、服、装飾品、家具、雑貨の店たちや、はたまた21世紀にあったような大きな総合店的な物が目に入る。

 流石は王都、オグチの街とは桁違いに発展しているようだった。

 さらに隣の筋には飲食店街があり、和食、洋食、喫茶、和菓子屋にケーキ屋まである。

 21世紀のこの辺りはのどかな田園風景だったのに、すっかり都会に様変わりしていた。

 

 俺たちは、相変わらず手をつないだまま飲食店街を進む。

 すると漂ってくる旨そうな匂い。その匂いに釣られるように空いてくるお腹に負け、何処かに入ろうと提案してみた。

「どちらに入りましょうか? 代金はまだまだございますので、ご心配なく」

 アズキがにこやかに告げる。

 ここでまた、娘の金で――と思ってしまうが、空腹はいかんともしがたく諦めて食べたいものを考え始めた。

「どうせなら季節の物を食べたい」

 折しも季節は秋。それならと考えた結果がこれだった。

 そんな俺の希望を聞いたアズキが、丹波の秋の味覚を上げていく。

「栗に枝豆にマツタケ……」

 そう、秋の丹波と言えば味覚の宝庫。

 その中でも甘みと言えば、やはり丹波栗だろう。

 思い付いた視線の先の団子屋に、ちょうど『丹波栗たっぷり栗羊羹』の張り紙があったので、そちらに入ることにした。

 熱いお茶に甘い栗羊羹。至福のひと時である。おっさんと言うより爺さんである。40代はまだおっさんだからきっと趣味である。

 アズキも美味しそうに食べていたので良しとしよう。


「アズキぐらいの年だと、ケーキのほうが良かったのではないのか?」

「いえ、私、和菓子好きですよ。父も餡子が好きで、それで私の名前が『アズキ』ってなったぐらいですから」

 和菓子好きで『アズキ』か。

 31世紀でも名前の付け方はベタだった。

 ひとしきり和菓子で盛り上がった後、店を出て、俺たちは、ようやく目的地である図書館にたどり着いた。


 図書館は、立派な建物の中にあった。

 広い玄関から中に入ると、左半分は役所、右半分が図書館となっていた。

 役所には用がないので普通に図書館に入っていく。

 すぐに本に向かおうとしたところで、カウンターの司書さんから声がかかった。

「すみません、本を読まれる場合は、保証金が必要です。お支払いの上でお入りください」

「ごめんなさい。初めて来たので、すぐに入るところでした」

「お若いのに勉強熱心ですね。えっと、おひとり銀貨5枚となります。お二人で金貨一枚ですね。なお、本を汚されたり破損されたりした場合は、返金できませんのでご了承ください」

 アズキが金貨一枚出して、入館証をもらっていた。

 しかし入るのに銀貨5枚ってすごく高い気がするのだが、本て貴重なんだな。

 印刷技術が進んでないのだろうか? そういえば、魔法の授業でも教科書無いな。気を付て読もうと密かに誓った。

 俺の金じゃないからこそ余計に。


「あと、貸し出しには、無料の会員登録が必要です。ただし、一冊あたり金貨一枚の保証金が必要となります。また、貴重な文献などは、貸し出せない場合もありますのでご了承願います。詳しくは、館内の案内板をご覧ください。それと、お探しの本などございましたら、お声がけください。それでは、ゆっくりしていってください」

 アズキが、入館証を首にかけてくれた。

 子供じゃないのだから渡してくれたら自分でするのに、いきなりかけてくるのだもん。恥ずかしい。

 そんな少し赤くなった顔で見回った図書館。

 蔵書はそこそこあった。歴史書、文学書、学術書、もちろん魔法書もあった。

 その中から俺は、『丹波連合王国の歴史』と『初級魔法』の本を取って読み始めた。


「トモマサ様。そろそろお昼ですが、如何いたしますか?」

 読みふけっていた俺に、アズキが声をかけてきた。

「おお、もうそんな時間か。アズキも良い本があったか?」

「はい、久しぶりにゆっくりと本を読めました」

「それは、良かった。さて昼だったな。近くに美味しい店はあるかな?」

 さっきの団子屋は美味かった。

 あのあたりならいい店がありそうだが。

「すみません。私は店を知りません。先ほどの司書様に聞いてみたら如何でしょうか?」

 アズキの提案に乗る事にした。

 ネットの口コミなどないのだから近くの人に聞くのが一番だと、カウンターに戻り司書に聞いたところ、和食と洋食の店を教えてもらった。

 どっちが良いかな? とアズキに聞いてもきっとお任せしますと言われるだけなので、俺の独断と偏見で、和食の店に行ってみた。

 今が旬の丹波黒枝豆の豆御飯が出てくるらしいので。


「美味い」

「美味しいです」

 俺たちは、今、和食の店――名を『マメマメ』という――の小上がりで出された食事に舌鼓を打っていた。

 頼んだのは、今が旬の丹波黒枝豆をふんだんに使ったという『黒豆尽くし御膳』だ。

 店に入り、黒豆茶を飲みながら待つこと十数分。


 出てきた料理は、ゆでた枝豆から始まり、黒豆豆腐、そして黒枝豆の豆ご飯。デザートも黒豆きな粉のわらび餅と黒豆を堪能した。

 食後は、再び黒豆茶を飲んで寛いだ後、店を出た。

 支払いは、もちろんヤヨイの金である。

 本当のヒモになる日は近いかもしれない。

 いや、そうならないためにも図書館で頑張らなければならない。


 午後も図書館で本の続きを読んでいく。

 アズキは書士さんに礼を言いに行って帰ってこない。

 ちらっと見ると、きりっとした顔立ちで頭にネコミミがある美人の書士さんと話し込んでいるようだった。

 遠くから聞こえてくる単語に洋菓子とかモンブランとかが混じっている事から、美味しいケーキの店の話で盛り上がっているようだった。

 俺は、食後によくケーキの話なんてできるものだ。甘いものが別腹なのは、31世紀でも変わらないらしい。などと思いながら、それなら帰りに買って帰ろうかな。

 ヤヨイに土産の一つも持ってってやろう。と心で決めて、再び本の世界へと戻って行った。


 その後も俺は、夕方までみっちり本を読んだ。

 朝選んだ本が終わった後は、『サルでもわかる獣人の種類』や『誰でも倒せる魔物』を選んで。

 どちらも軽いタッチで疲れた頭でもすいすい読み進められる本だった。

 ちなみに猿獣人はいないらしいということ知った。

 人間が猿獣人だという説もあるようだが。


 帰り道、アズキが聞いていた司書お勧めのケーキ屋に寄る事にした。

「聞いていらしたのですか⁉」

 アズキは恥ずかしそうにしていたけど。

「食後にみんなで食べよう」

 俺が言うと、うつむきがちながら首を縦にしてくれた。

 そして寄ったケーキ屋で、なぜだか屋敷の人全員分と大量のケーキを買うはめになった。

 屋敷のメイドさんたち皆の分を買う事になっていたから。

 確かにみんなと言ったけど、俺としてはヤヨイとアズキぐらいのつもりだったのに――でも、アズキがいつも一緒に働いている人たちだというので奮発して買った。

 ちょっとしつこいけど言っておこう! 俺の金じゃないけど……。

 気持ちの問題ということで。


 大量に買い込んだケーキの箱、何故かほとんどの箱をアズキが持っていた。

「俺ももっと持つよ」

「大丈夫です。私力ありますし。メイドですから」

 傍目も悪いしとお願いしたが、丁重に断られてしまった。確かに俺は、非力だ。いつもアズキにベッドに押し倒されて抗えもせずに匂い嗅がれているのだから。ちょっと体鍛えたほうが良いかも……。そう思えてしまう瞬間だった。


 翌日、すれ違うメイドさん、メイドさん、全員からお礼のラッシュを浴び、俺の金じゃないとゴリゴリ心が削られ、改めて早く金を稼がないと、と決意するのだが、それはまた別の話。

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