第15話1.15 イチジマの町

 授業は最初の週だけ5日連続で行われ、その後は週に三回月水金で行うと説明があった。

 魔素コントロールまでを一気に教えてしまい、自主練するようにと言う事らしい。

 

 今日は、その5日の授業が終わった土曜日、ゆっくり寝られる日。なのだが、朝からアズキが部屋に来ていた。

 もちろん匂いを嗅ぐために。

「アズキ、おはよう」

 一連の行為――匂いを嗅ぐだけ――だが終わりかけたころ目が覚めた。

「トモマサ様、おはようございます。すぐに朝食になさいますか? それとも、もう少し休まれますか?」

 アズキがお腹の匂いを嗅ぎながら聞いてきた。

 少し休みたいのだが、その間ずっと匂いを嗅がれそうなので起きることにした。

「ご飯にしよう。その後、魔素コントロールの自主練かな」

「分かりました。朝食の準備をいたします」

 ちょっと残念そうにアズキが朝食の準備に出て行った。

 着替えをして食堂に行くとヤヨイが待っていたので一緒に食事を始めた。給仕はアズキだ。

 今日のメニューは、ご飯に、豆腐の味噌汁、卵焼き、魚の煮凝り、煮豆と純和風の朝食だった。

 美味かった。特に煮凝りが。何の魚か聞いてみたら、魔物だと……魚の魔物もいるのか。

 そりゃそうだな。美味いなら何でもいいけどね。


「今日、図書館に行こうと思うのだが、どのあたりにあるのだ?」

 カリン先生から本を読めと言われていたこと思い出した俺は、図書館の場所を知りたくてヤヨイに聞いた。

「図書館? 街の? 官公庁があるあたりの端っこになるから屋敷からは、少し遠いわね。歩いても行けるけど、急ぐなら馬車がいいわね。もしくは、図書室なら王城にもあるわよ。父さんなら自由に使っても構わないわ。蔵書量は、国で一番よ」

 そりゃそうだろう。要は国会図書館だろ? ありとあらゆる本がありそうだが、今は一般常識的な本が読みたいだけだ。

「うーん、今日は、街の図書館に行くことにするよ。街も見たいしね」

 王都に来て未だ街に出ていない俺は図書館よりも街の方が気になっていたのだ。

「そう。詳しい道は、アズキが知っているから案内してもらって。よろしくね、アズキ。ちゃんと、手をつないでいくのよ。迷子になるから」

 ヤヨイににやにやしながら言われた。

 また揶揄ってやがる。


「ヤヨイ様、了解しました」

 いつの間にか帰ってきていたアズキが、普通に答えていた。

 手をつないで二人で図書館とか、まるでデートだな。傍目からは中の良い姉弟ぐらいにしか見えないのだろうが……。

 朝食後、魔素コントロールの自主練をした。

 すっかり日課になっている。

 アズキは、「支度をします」としばらく外していたが、自主練が終わる前には帰ってきていた。


 そして帰ってきたアズキを見て驚いた。服が変わっていたのだ。

 いつものメイド服ではなく蒲公英色のワンピースを着たアズキ。

 黒い髪と尻尾によく似合う。初めて見る私服にどぎまぎする。

「どうですか、この服。ヤヨイ様に頂きました」

 アズキに聞かれて、困ってしまった。

 普通にかわいいと言えばいいのだろうが、40歳のおっさんには恥ずかしい。

 仕方がないのでうんうんと肯いて誤魔化しておいた。

 それだけでも、アズキはうれしかったようだ。尻尾がはちきれんばかりに振られていた。


 屋敷を出て二人で歩いていくとアズキが問いかけてきた。

「まっすぐ、図書館に向かいますか?」

「……少し街も見たいな。1000年前のもので残っているものってあるのかな?」

 少し考えて答える。

 するとアズキが肯いてくれた。どうやら、あるらしい。

 アズキの案内で街を徒歩で移動していく。

 オグチの街より大きい、首都だし当然か。などと考えながら歩いていて気が付いた。山の形が変わっていないことに。

 おかげで、現在位置が分かってきた。

 王城は日裏ヶ城跡地に建てられたようだな。

 裏山の高谷山山頂には、物見櫓が立っている。

 そして、あそこに谷があるということは、ちょっと行くと俺の家だな。


「アズキ、近くに俺の家があるだろう? いや、家のあった場所か。近くに行けるかな?」

「え、分かるんですか? 流石です。家は無いですが、跡地には資料館が立ってます。ご案内します」

 家の跡地に資料館……何か、嫌な気配がする。

「アシダ王家の資料館はこちらです」

 アズキに言われて見た先には、大きな建物が立っていた。

 有料だったので立ち去ろうとしたが、アズキが入場料銅貨5枚を払ってしまったので仕方なく中に入った。

「お金は、ヤヨイ様より預かっていますので。ご心配なく」

 言葉を添えるアズキ。だが、問題はそこではない。

 いやヤヨイの金なのは俺的には問題なのだが、そうではない。

 とてもとても嫌な予感がするのだ。

 

 そして入ったアシダ王家資料館――やはり俺には痛い展示品ばかりだった。


 俺のぼろ家を再現したミニチュアに始まり、俺の残した資料たち、止めに気まぐれに書いていた日記まで公開されていた。写本であるが。

 丁寧に歴史家のコメントが付いている。

 日記を公表するってプライバシーの侵害じゃないのか。

 今すぐ、公開をやめさせたい。破り捨てたい……。と思うが身分を隠している俺に出来るはずもなく。

 2/3ぐらい占めている俺の展示の代わりに妻や次女、後世の王たちの展示を増やすようアンケートを書くぐらいしかできなかった。


 ちなみに、貨幣は、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、銭貨とある。紙幣は無い。

 文明的には江戸時代に近そうだし仕方がない。銭貨=1円、銅貨=100円、銀貨=1万円、金貨=10万円、白金貨=1千万円である。

 鉱物の原価に近い価格になっているそうだ。


 街では、銭貨、銅貨、銀貨あたりが主流で使われている。

 金は貴重で数があまり無いためだ。日本の金鉱山は、はるか昔に掘りつくされて残ってないから仕方がない。

 今は魔法で少しずつ作り出したり、土の中から集めたりしているとカリン先生が言っていた。

 白金貨も、プラチナと金から作り出すようだ。

 比率は極秘で王様や国の銀行頭取など数名しか知らないらしい。

 聞けば教えてくれそうだけど、偽造するつもりもないから必要ない。


 話を戻そう。


「はぁ~、来るのじゃなかった」

 資料館から出た俺は、思いっきりため息をついていた。

 だが。

「素晴らしい資料館でした。トモマサ様の偉大さを改めて実感しました」

 アズキはべた褒めである。やめてほしい日記の中のポエムなんて人に見せるための物じゃない。

「早く、別のところに行こう」

 いつまでも目を輝かせているアズキの手を取り歩き出す。

 手を繋いで歩くのも恥ずかしいのだが、今はそれどころではない。なるべく早く離れたかったのだ。

 アズキを引っ張りしばらく歩き、やがて商業区に着いた。


 商業区に入った俺は、もう必要ないと手を離そうとした。

 だけどアズキが「ヤヨイ様のご指示ですので」と言って離してくれなかった。

 尻尾がぶんぶん横に振れている。嬉しい時の動きだ。

 それを見てしまった俺は、無理やり手を離すことも出来ず――仲よくデートのような雰囲気へと突入していった。

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