第14話1.14 魔素コントロール

 朝起きたら、アズキがちょうど脇の下辺りの匂いを嗅いでいた。

 起きたのに気付いたのか、「おはようございます」とあいさつをした後、続きで匂いを嗅いでいった。

 昨晩ほど激しくないのだが、相変らず胸が至る所に押し付けられる。

 一通り終わったあたりで、止めに入った。

「おはよう、アズキ。もういいかな? 朝から元気だね」

「はい。トモマサ様の匂いが元気の源ですから」

 尻尾がはちきれんばかりに振られている。

「俺が来るまでは、どうしていたんだ?」

 気になったので聞いてみた。

 誰かほかの人の匂いを嗅いでいたのだろうか? それはそれでいい気はしないのだが。

「いえ、これまでは匂いをかがなくても平気でした。犬獣人が主人を決めると始まる習性なのです」

 主人に決めちゃったのね。

 しかし主人ってどうやって決めるのか? これも聞いてみた。

「本能的に分かるのです。トモマサ様の匂いを嗅いだ時にこの人だって確信しました」

 やっぱり匂いが決め手なのね。

 こんなかわいい子にたとえ匂いでも一目惚れされるのだから、喜ぶべきなのだろうな。

 元気に振られている尻尾を見ながら朝食に向かった。


「あら、話がまとまったみたいね。アズキ、おめでとう。早く弟か妹が見たいわ。頑張ってね」

「はい、ヤヨイ様。ありがとうございます」

「まてまてまてまてヤヨイ、そこまで進んではない。アズキも正確に伝えてくれ」

 話が早すぎだろう。

 何でいきなり子供の話になるのか? ヤヨイに弄られているのは分かっているのだが、俺は大慌てで否定する。

「あら、まだ、うじうじしているの? あんまり女を待たせるものじゃないわよ」

 昨日、母さんの話をしたばかりだろ! そんな簡単に割り切れるかと思うのだが、ぐっとこらえる。

 ヤヨイが10歳のころから口では勝てないからだ。

 1000歳の今は、象とアリみたいなものだろう。


 アズキは、ハラハラした顔して見ていた。

 尻尾が小刻みに揺れている。

 大丈夫だよ。俺が一方的にやられるだけだから。

「何も言い返さないのね。つまらないわ。勝てない勝負はしないってことね。良いわ、朝食にしましょう。アズキお願い」

 アズキが、てきぱきと朝食を並べていく。匂いを嗅いでいる時とは大違いだなと思いながら見ていると、ばっちりと目が合った。

 にっこりとほほ笑んだアズキに、顔が赤くなる。

 横ではヤヨイが「青春ねぇ~」と言いながら、にやにや笑っていた。


 食後は、カリン先生の魔法の授業である。

「おはようございます。悩みは解決しましたか?」

 朝から元気なカリン先生が部屋に入ってくるなり聞いてくる。

「ええ、まぁ……」

 曖昧に答えておく。

「うーん、あんまり上手く行ってないようですね。また困った事があったら、いつでも相談に乗りますよ。遠慮無く言ってくださいね。あと、私に手を出したくなった時も……ね」

 後半モゴモゴと赤くなりながら言っている。だから手を出すつもりはなりませんって言っているのに……。


 授業では魔法発動の手順について説明を受けた。

「魔法の発動のためには、体の中の魔素を通して対象物の魔素に命令を出す必要があります。魔素は、命令に応じてあらゆることを実行してくれます。でも、曖昧な命令を実行するためには大量の魔素が必要となります。だから、少ない魔素で魔法を発動するために、より細やかな命令が必要なのです。例えば、物を燃やすためには、対象物の熱エネルギーが増えるように命令することが必要ですし、物を冷やすには、その逆が必要となります。燃えろや、冷えろと言った簡単な命令では、大量の魔素が必要となり普通の人間では魔法の発動が出来ません」

「なんだか、物理の授業を受けているみたいだ」

「まさにそうですよ。魔法使いになるは、魔素のコントロールだけでなく、現象をよく理解することが必要なのです。どうして氷は冷たいのか? とか、どうやって音は伝わるのか? 等を、説明できるぐらいになると少ない魔素量で魔法が発動できるようになりますよ。一般人が魔法使いになれないのはこのあたりの知識が問題ですね。トモマサ君は、そこそこ知識あるようだけどかなり偏っていますね。特に常識がないです。もっと本を読んで下さい。魔法学園の図書館にはまだ入れないですから、街の図書館ですね。蔵書量は少ないけど何でも読んでみることをお勧めします」

 図書館か21世紀ではマンガかラノベしか読んでなかったけど大丈夫かな? 今度の休みにでも行ってみるかな。

 変わってしまった世界を知るにはいいかもしれない。

 カリン先生も何だか説明が貴族寄りだしね。


「それじゃ、体の中の魔素を動かす方法について説明しますね。これが正確にできないと優秀な魔法使いにはなれないですよ。しっかり聞いてくださいね。午後からは実践してもらうつもりですからね」

 気合を入れて説明を始めたカリン先生。

 でも内容は魔素を認識して、ぐっと掴んでばっと動かすといった非常に抽象的な物だった。

 さすが天才と呼ばれることはある。

 どこの巨○軍名誉監督だよ。もっと理論的に話はできないのか? と思ってしまった。

 そんな説明を聞いているうちに午前中の授業は終了となった。


 午後から、魔素コントロールの実践である。体の中の魔素は把握できている。こいつらを思うように動かせる必要がある。

「お、結構動かせるな。右、左、上、下……」

「トモマサ君、なかなか上手ですね。ぐっと掴んでばっと動かせているじゃないですか。次は、決められた範囲の魔素を動かしてみてください。ぐっと掴むときにひゅっと範囲を区切ると出来ますよ」

 俺の顔が渋くなる。なんですか、ひゅっと範囲を区切るって……。カリン先生の指示に従い、範囲指定して動かしてみる。難しい。周りの魔素まで動いてしまう。

「ひゅっと範囲を区切るのですよ。これが上手にできないと、魔法の大きさが発動のたびに代わってしまいます。ベテランなら、魔素一つ一つ認識して動かしますよ。トモマサ君もそのぐらいのイメージで練習してください」

 まじですか。一つ一つなんて認識できないぞ。こりゃ地道な訓練が必要なようだな。集中して、小さい範囲で動かしていく。

 時間はすぐに過ぎていった。


「お疲れ様でした。今、お茶を用意します」

 今は、魔法授業が終わって部屋でくつろいでいる。

 アズキがお茶とおやつを持ってやって来た。

 おやつは、おはぎだった。

「お、おはぎか」

「はい、そろそろ秋分の日なので作ってみました」

 そうか、そんな時期か。

 後で墓参りに行かないとな。

「美味いな。餡子は、大納言小豆か?」

「はい、餡子は大納言小豆で、きな粉は丹波黒大豆です。ご存知だと思いますが、この辺りの特産品です」

 おおぉ、贅沢なおはぎだ。

 1000年経っても特産品は変わってないのだな。

 あまりの美味さにばくばく食べてしまった。

 魔素のコントロールで疲れていたから仕方がない。


 その後、もちろん墓参りにも行った。

 アズキの作ってくれたおはぎを持って。

 墓に行くと、ヤヨイも来ていた。

「あら、父さんも墓参り?」

「ああ、アズキが彼岸のおはぎを作ってくれたからお供えにな」

「父さんやるわね。新しい彼女の作ったおはぎを母さんにお供えなんて。あんまり料理作ってくれなかった嫌味かしら?」

 ヤヨイめ。いつものにやにや顔で、また恐ろしい事を言ってくる。

 本当に勘弁してほしい。

「いや、そんな意味は無いぞ。確かに睦月は料理下手だったけど、感謝しているぞ。本当だぞ」

 そんなやり取りを、アズキがまたハラハラしながら見ているのが分かった。

 尻尾が小刻みに揺れているから。


「そんなに慌てなくても良いじゃ無い。ほんの冗談だから。心配しなくても母さんは、そんなこと気にしないわ。それより、早く結婚して子供が見たいとかいうに決まっているわ」

 いや、それは、お前の願望だろう? ヤヨイよ。今朝、に続いてまたかよ。よっぽど、弟が欲しいようだ。

 本当に勘弁して下さい。

 そんな簡単に心変わりは出来ません。

 その後も、ヤヨイに揶揄われながら屋敷に帰っていった。

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