第7話1.7 オグチの町3

 朝食後、昨日の馬車で街へ出た。

「どこか行きたいところは、ございますか?」

「昨日は高級そうな店ばかりだったので、庶民の市場に行きたいな」

 アズキの問いに希望を伝える俺。

 もうほとんど疑ってはいないのだが一応確認しておきたい。

 下町的な雑多なところなら嘘をつく事は出来なさそうだという考えの元で。

「分かりました。この時間ですと、朝市が立っているはずです。そちらにご案内いたします」

 アズキの返答に頷きながら、もう一つ要望を伝える。

「あと、魔法が見たいのだが、アズキは使えるのか?」

「申し訳ありません。私は使えません。基本的に獣人は、目に見えるような魔法は苦手です。魔素を筋力に使っているので。魔道具なら使う魔素量が少ないですので使えるのですが」

「そうなのか。なら、魔道具の店に連れてってくれ」

 これも一応の確認だ。

 百聞は一見に如かず。どんなに信頼している人からの言葉でも、見た方が確実なこともある。

 まぁ、半分以上は、興味からなのだが。

「分かりました。朝市の後、ご案内いたします」

 こちらも了承を経て馬車は進み、昨日見えた商業街へと降り立った。

 常設の店だけじゃなく、ゴザを敷いて商品を並べている露店もあるような庶民の市場へと。


 露天の商品を眺めていくと、多種多様な物が並べられており昔のフリーマーケットを思い出す。

 その中でもやはり食べ物が多く、ついつい見てしまう。

 そして理解した、米、麦、大豆、野菜たちに大きな変化は無いようだと。

 これまでの食事でもわかっていたが。あと、肉も売られているが、数は少なかった。

 畜産はあまり盛んではないのだろうか? アズキに聞いてみると、「このあたりの肉類は、狩猟にて捕られたものになります。魔物の肉もあります」とのことだった。


「魔物の肉って食べて大丈夫なの?」

「はい。大昔は忌避されていたようです。ですが現在では、味も良く魔素量が増えますので貴族の方なども好んで食べられています」

 アズキの返答に俺は少し驚いた。

 育てた牛より野生の魔物のほうが美味いってことのようだ。おかげで畜産は流行ってないらしい。

 そんな畜産事情に感心しながら少し先に行くと、美味そうな香りがしてきた。

 テイクアウトの屋台が並んでいるエリアに入ったようだ。焼き肉串、唐揚げの店が多い。何となく祭りの雰囲気だ。

「トモマサ様、なにか、買われますか? お金ならヤヨイ様から預かっておりますので遠慮なさらず、おっしゃってください」

 準備の良いことに驚いた。

 露天に文無しではつまらないだろうけど、ますます娘のヒモ化しているのが気になる。

 なるべく早く身の振り方を考えないと、このまま寄生してしまいそうだ。とか思いながらも、せっかくなので戴くことにする。


 魔物肉の串焼きとお好み焼き的な物があったので買ってみる。

 もっと食べたいが、流石に食べすぎになりそうなので断念した。

 食べてみた串焼きの肉は、鳥の腿肉に近い感じだった。

 店の店員に何の肉か聞いてみると、サンダーバードだと答えが返ってきた。

 雷鳥のことかと思ったが、どうやら本当に電気を纏った鳥らしい。

 この辺りでよく出没する魔物で、一撃で仕留めないと纏った電気で体が焦げて食べられなくなるそうだ。


 ちなみに、お好み焼きだと思ったものは、豆腐田楽であった。

 美味いのだが、子供の体にはもうちょっと油っ気がほしいところだった。


 露店で腹ごなしをした後は、魔道具の店へと向かった。

 露店街から離れて少し歩く。そして見えてきたのは、少し大きめの建物だった。

「こちらが魔道具屋でございます」

 アズキに勧められるまま建物に入り、中を物色する。

 すると売っていたのは、火を起こす道具、水を浄化する道具、洗濯する道具など、白物家電みたいなものばかりだった。


 魔道具って兵器みたいなイメージだった俺の思いなどよそに、アズキがただの石ころみたいな魔道具を手に実演してくれた。

 アズキの手にある物から小さな火種が出る。ライターと同じ道具だった。

 ちなみに兵器みたいな魔道具は、国が管理していて資格のある人にしか販売していないそうだ。

 他にも、雑貨を置いている露店を冷かしたり、鍛冶屋に行って農具や武器を見たりして昼頃には、屋敷に帰った。


 屋敷に帰り、ここ二日いる部屋でぼーっとしている。アズキも部屋を出ており本当に一人だ。

「本当に1000年も経ってしまったのか」

 一人つぶやく。

 自由に街を見て回り、人々に魔法に触れ、世界が変わってしまったことを心が理解してしまった感じがする。

 残っていた猜疑心もすっかり無くなってしまった。


「俺は、これからどうすれば良いのだろうか?」

 先のことを考えさらにつぶやきが漏れる。でも相変わらず考えがまとまらない。

 働こうにも、この現代の常識もないし子供の体だ。

「成長するまでは、どこかの保護に入るのが良いのだろうな」

 そうするなら、しばらくは娘のヒモになるしかないようだ。

 父親としては情けない限りであるのだが。

 考え込んでいるところでドアがノックされ、アズキが入ってきた。昼食の時間となったようだ。


 帰る準備はできたらしく、ヤヨイと二人で昼食をとる。

 話の中で街はどうだったかと尋ねられたので、魔物の肉を食べたことや、魔道具、農具、武器を見てきたことを話した。

 そして、時間の流れを体で理解したことも併せて話した。


 その話の後、黙って聞いていたヤヨイが口を開いた。

「父さん、この変わってしまった世界でどうしたい?」

 そう聞かれたが、俺は返事が出来なかった。

「まだ、二日目だもんね。そんな簡単に返事はできないか。ゆっくり考えてね。特に体が小さい内は、保護者が必要だし。帰ったら学校に通ってみるのも良いかもね」

「学校なんてあるのか?」

 俺は驚いて聞き返してしまった。

 街中では子供が店の手伝いをしている姿がそこかしこで見られたからだ。

「あるわよ。もっとも貴族か金持ちしか通えないけどね」

「すごく金がかかるんじゃないのか? ヤヨイは、かなりの高給取りのようだけど、そんな負担はかけられないよ」

 学校か、現代の基礎知識を勉強すれば就職に役立つのだろうと思うのだが、娘の資産を食いつぶすなんてダメおやじに俺はなれない。

「あー、大した負担でもないけど、父さんが気にするならしょうがないわね。特待生って方法もあるわよ。行きたいなら試してみたら?」

 3流大学しか出てない俺に特待生ってハードルが高すぎるだろ。

 お前もよく知っているだろ娘よ。無茶言うなって目で、ヤヨイを見る。


「前に説明したでしょ。父さん魔素量格段に多いんだから、魔法特待生になれるわよ。まぁ、ちょっとは頑張らないといけないけど」

 慌てて説明してくれた。

 そうか、俺にはそんな能力が付いていたんだ。初めて1000年寝ていて良かったと思える話だった。

「ヤヨイよ。俺頑張るよ! ヒモ親父にならないように!」

「ヒモ親父ってそんなこと考えていたのね。試験は、年明け3月よ。半年ほどしかないから頑張ってね。……もっともどんな結果であれねじ込むけどね。私とアズキの未来のために。フフフ」

 後半何言っているか聞こえなかったが、試験に向けて頑張ろう! と思ったが大きな問題があった。

「ところで、どんな試験だ?」

「ああ、帰ったら先生を紹介するわ。しっかり聞いて、勉強してね」

 大きく肯く俺。結局娘に頼っているが、仕方が無い。

 早い事独立できる様にヒモ親父にならない様頑張ろう。新たな決意を心に刻みながら、昼食を食べ終えた。

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