第6話1.6 オグチの町2

「逃げられちゃったわね。アズキ」

 私が声を掛けると、アズキは少ししょんぼりしているようだった。

 いや、ホッとしているのかもしれない。

「ヤヨイ様。私、魅力ないのでしょうか?」

「十分魅力的よ。その胸で顔でも挟んであげれば、きっと落ちると思うけどなぁ。目線が釘付けだったじゃない」

「あの、ヤヨイ様。それは……恥ずかしいです……でも、服を着ていたら……」

 アズキが真っ赤になってぼそぼそ言っている。

「そう、まだ初日だものね。ちょっとやりすぎかしら? ……ところで、もう一度確認するけど、本当によかったの? あなたの立場はいろいろ難しいけど、他の道がないわけじゃないのよ?」

「いえ、大丈夫です。今朝、匂いを嗅いで確信しました。あの方は、私の旦那様になる方です。何とか振り向いていただけるようがんばります」

「匂いね。アズキも大人の犬獣人になったのね。分かったわ、私も協力するから、うまくやるのよ。見た目は子供だけど、中身はおっさんだからアズキのその胸には逆らえないはずよ。昔、こそこそ巨乳物の動画見ているの知っているから」

 そう、私は知っている。ロックしていたパソコンの中に隠していたものを。

「そうとなれば、まだ洗い場にいるようだから洗ってあげなさいな」

「はい」

 肯き、父さんの元に向かっていくアズキ。

 私は、にやける顔を隠しもせず見送った。

 そして。

「結構です~」

 と悲鳴に近い声のあと、父さんが風呂から飛び出して行くのを見てさらに笑みを深める私であった。


―――


 翌朝、目覚めると甘ったるい香りと柔らかいものに包まれていた。

 目を開けても前が見えない。

 起き上がろうにも、頭をがっちりホールドされているようで起き上がれない。

 じたばたしていると、だんだんと締め付けがきつくなり呼吸が苦しくなって来た。

 顔をもぞもぞと動かして呼吸を確保しようとする。

 すると。

「あ……ん」

 どこかで聞いたような艶のある声が聞こえてきた。デジャブである。

 そして、その声と感触で思い出した。


「あ、アズキ、離じで」

 そう、アズキがまたしても布団に入り込んでいたのだった。

 俺の絞り出す声で拘束を解いてくれたアズキ。

「旦那様、おはようございます」

 素敵な笑顔であいさつしてくれた。

 布団の中でだ。

 だから俺は、問わずにはいられない。

「おはよう、アズキ。挨拶は、まぁ必要なのだが……今回はどうして布団に入ってきたのかな?」

「え、っと、旦那様がうなされていましたので、介抱して差し上げようと抱きしめていたのですが、しばらくして旦那様のすやすやとした寝顔を見ていますと私も眠くなってしまい、寝てしまったようです」

 何を言っているんだ。

 わざわざ布団に入らずに起こしてくれればいいのにと思っていると、


「最初は、起こそうとしたのですが、全く起きる気配がありませんでしたので、……申し訳ありません」

「……」

 衝撃的な答えだった。

 1000年にも及ぶ寝坊の前科がある俺だけに、そういわれてしまうと俺は何も言い返せない。

 そのため、

「頼むから、もう勝手に布団に入らないでくれ」

 と頼むしかなかった。

 それと他に気になっていたことも告げる。

「それと、その呼び方! 『旦那様』って何か変じゃない? 夫婦じゃないから、普通に名前で呼んでくれ」

「分かりました。まだ、夫婦じゃないですものね。トモマサ様と呼ばせていただきます」

 一応了承してくれるアズキ。

 だが、何か言い回しが気になる。「まだ」とは、どういうことだろうか? 考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。


 その音に、さっと布団から出て身だしなみを整えるアズキ。

 ドアを開け、外に居た見知らぬメイドと話し出した。

「ヤヨイ様からの伝言です。本日、午後よりイチジマの街に帰ります。午前中にご準備をお願いします。分からない事は、私にお聞きください。ヤヨイ様は、術の準備に入る為、お会いする事は出来ません」

 本日の予定だった。しかし準備ね。何かあるだろうかと考えてみる。

 昨日来たばかりの俺は買った日用品を持って行く以外、特に持ち物も無いし、実は暇なのでは無いだろうかと思ってしまう。

 それならばと、アズキにやりたい事を言ってみた。


「特に準備も無いし、外に出てもいいのかな? もう一度街並みを見てみたい」

「構いません。ただ、お一人では危険ですので私も同行いたします」

 許可は出た。ただし保護者付き。

 過保護だなとも思ったが、今の俺は何の土地勘もない子供――中身はおっさんだが――を一人で外に出すのは無理かと思い直す。

 でも警護がと言われるかと思ったが、なにも言わないな。

 昨日のはヤヨイの護衛だったのかなと一人納得し、口を開いた。

「うん、それでいいよ。一緒に行こう。でも、その前に、一人・・で、朝風呂もいいかな?」

「分かりました。ご案内いたします」

 昨日は、ヤヨイとアズキのお陰で温泉を堪能できなかった。

 なので、一人でと念を押して温泉に入る。

 それでも、ひょっとしたらアズキが入ってくるのではないかと警戒していたのに……来なかった。

 逃げる準備をしたままだったので落ち着かない温泉になってしまった。

 来ないなら、言ってくれよ。ゆっくり楽しんだのに……。行くとは誰も言ってないので、ただの独り相撲なのだが。

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