第5話1.5 オグチの町
ひとしきり泣いた後、少し街を見ようということになった。
娘の胸を借りて泣いたとか、恥ずかしくてまともに顔を見られなくなったからだ。
胸に興奮したわけではない。堅かったし、いや、娘に欲情を抱くわけがない。たとえ超美人のエルフでも。
玄関を出て馬車に乗り込む。徒歩で行きたかったのだが、警護の関係上難しいとのことだった。
俺って誰かに狙われるのか? と思ったが素直に従うことにした。
馬車には、俺とヤヨイのほかにメイドのアズキも乗っていた。
馬車に揺られながら景色を眺める。奇しくも季節は9月中頃、俺が山に登った時期と同じだった。
街は山間に作られているようだ。
外周部にある大きな壁の向こうには山々が見える。
最初は、上品な家が並ぶ区画を走っていた。
目に付く家は洋風の多そうだが、中には純和風の家もある。
どちらにしても、産業革命前、中世ヨーロッパか江戸時代と言った雰囲気だ。
1000年経っても21世紀の科学文明の水準には、追いついていないようだった。
しばらく行くと商業街に出た。店の数が多くなかなか賑わっている。
こちらも、江戸時代のような街並みだが、そこにいる人々の姿を見ると変わってしまった事を受け入れるしかない光景が映し出されていた。
人族の雑貨屋、獣人の肉屋、ドワーフの鍛冶屋など様々な種族が入り混じって商売しているのだ。
「まるで異世界だな。日本とは思えない。しかし、随分賑わっているな。ここは日本のどのあたりだ?」
「えっと、オグチの街は、昔の地名だと石川県白山市あたりになるのかな? アズキ」
「はい、仰る通りです、ヤヨイ様。白山市でも、かなり山側に当たりますが」
ヤヨイの言葉に、アズキが答える。
「そうか、俺が登った山の近くなのか。帰挟者だっけか? は、吸い込まれた狭間の近くで発見されるものなのか?」
「基本的にはそうね。父さんは、山中で猟をしていた猟師により保護されたの。狭間から出てきても寝ているのだから、困ったものだわ」
ヤヨイが、にやにやしながら教えてくれた言葉に俺の顔が赤くなる。
仕方がないじゃないか、昔から寝たらなかなか起きられないから。アズキも少し笑っているようだ。恥ずかしい。
「そ、それより、ヤヨイはこの町に住んでいるのか? 随分早く会いに来たようだが」
無理に話題を変えることにした。
「私は、普段、イチジマの街に住んでいるわ。500年ぶりに帰狭者の情報が入ったから、わざわざ転移魔法を使って見に来たのよ」
「イチジマの街って、俺たちの家があったところか? 名前変わってないんだな」
ヤヨイが「そうよ」と言って肯いている。
しかし転移魔法か、すごいものがあるな。
聞けば行ったことがあるところなら転移できるらしい。
科学文明より便利なんじゃないだろうか? と思ったが、大量の魔素が必要でほとんど使える人がいないらしい。
「そんな魔法使えるなら、実はヤヨイって大魔法使いなのか?」
「一応、昔はこの国の筆頭魔法使いだったわね。今は引退しているけど」
筆頭魔法使い、かなりの要職ではないのだろうか? しかも、引退した今でも国王の相談役みたいな事をしているらしい。
本当に出世したものだ。
そんな話をしながら高そうなレストランで食事をしたり、俺の衣類なんかを買ったりしながら街を見て回った。
支払いはすべて娘である。ちなみに泊まっていた屋敷もヤヨイの別荘だと聞いた。
すっかり金持ちになった娘に感心しながらも、父親としての不甲斐無さを感じ悲しくなった。見た目、完全な子供になってしまった俺の悩みなど、誰も気にしていないのだが。
この変わってしまった世界、俺に何が出来るだろう、難しい問題を抱えながら屋敷に戻った。
娘のヒモになりそうな予感を感じながら、俺は目覚めた部屋に帰ってきていた。
日が暮れてきて酒でも飲みたい気分だが、子供の体なので飲むわけにもいかない。
その上、テレビやネットなども無くすることもない。
明かりだけは魔道具により作られており、部屋の中は明るい。
「しかし、本当に変わってしまったな」
あまりの激変に頭も体も疲れ切っている。ベッドの上で、ぼーっとしていると瞼が重くなってきた。
うつらうつらしているとノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
そう言うと、メイドのアズキが「失礼します」と入ってきた。
お風呂の準備が出来たので呼びに来たようだ。ここの風呂は温泉らしい。
確かに白山には、温泉がたくさんあった。山を下りたら入る気だったし、疲れた心と体にはなかなかにうれしい。
脱衣場で脱ぐのを手伝おうとするアズキを丁重に断り、浴場に向かう。
10名は入れそうな湯船だった。その上、扉の外には露天風呂まであるようだ。
湯で体を流してから露天風呂に入る。檜風呂だった。
洋風の屋敷なのに、ここだけ純和風。日本人の心は忘れてないようだった。
「極楽、極楽」
おっさんのような言葉が出る。見た目は子供だが中身はおっさんなので間違いではない。
温かいお湯に今日の疲れが取れていくようである。
一人、温泉を堪能していると扉の開く音が聞こえてきた。
嫌な予感がする。誰か入ってきたのかとそっと振り返って見てみるとヤヨイとアズキだった。
超美人のエルフと獣人の美少女の二人が、タオル一枚である。
「ぎゃー」
悲鳴が出た。もちろん俺の悲鳴だ。
「父さんどうしたの? 魔物が断末魔に出すような声出して」
「どうもこうもあるか! 俺が入っているところに入ってくるな‼」
「親娘だし構わないでしょ」
と言いながら湯船に入ってくる。
「お、お前は、10歳の頃にはもう俺と風呂に入ってなかっただろ。そ、それにアズキは、家族ですらないんだぞ」
いつの間にかアズキも湯船に入っていた。
ちらっと見ると湯船に風船が二つ浮いていた。バスタオルで包まれてはいるが。目線は、風船にくぎ付けである。
目を反らしたいのだが体が動かない。
気が付けば真横にヤヨイが来て美人台無しでにやにや笑っていた。
「あら、アズキは歴とした家族よ。私の子孫だもの。父さんも可愛い娘たちとお風呂に入れてうれしいでしょう? あの胸もじっくり見てもいいのよ」
恐ろしいことを言う。
知らない間に胸以外すっかり成長した娘と、初めて会う何代も後の子孫とか他人みたいなものじゃないのか? そんなことを考えながらもまだ、目線はくぎ付けのままである。恐ろしい吸引力である。
どっかのラノベで乳引力と言っていたが、まさにそれだ。
「さあ、アズキもこちらにいらっしゃい」
そう言われたアズキが、恥ずかしそうにこちらに近づいてくる。
さすがに緊張しているのか尻尾がピーンと立っている。俺のナニもピーンと立っているけど。
「体洗ってくる!」
俺は逃げ出した。
危なかった。あれ以上近づかれると触ってしまいそうだった。
娘の前でナニを立てて人の胸を触るとか父親として終わってしまう。
室内の洗い場近くに水風呂があったので、何度も頭から水をかぶった。
ナニを鎮めるために。
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