第2話1.2 問診

 数分後、先ほどの美少女が黒いスーツの上に白衣を着た爺さん――ケモ耳無し――を連れてやってきた。

「ご気分はいかがですかな?」

 優しく爺さんが問うてくるのだが、俺はそれどころではなかった。

 ぞわっとしたなにか――まるで体の中を透視されたような感覚――に驚いていたから。

 辺りをきょろきょろ見回す俺。だが特に異変は認められない。

 その後、自分の体にも意識を向けるが、こちらも特に問題はないようだった。

 そんな様子をじっと見ていた爺さんが口を開いた。

「どうかされましたか?」

「いや、なんだか寒気がした気がしたんですが大丈夫なようです。ところでここはどこですか? 病院ですか? 俺は、何か病気にでもなったのでしょうか?」

 山小屋の汚い布団で寝ていたはずなのに、なぜこんな豪華な部屋で? という思いから出た俺の問いに、爺さんは紙に何か書きこみながら対応してくれた。

「ふむ、体調は良好と。ここに来た経緯については、アズキから聞いてないのですかな?」

「アズキさんって、そちらのメイドさんでしょうか。それでしたら何も聞いていませんが……」

 聞いても答えてくれなかったし。それに、それどころじゃなかったし。と言おうかと思ったところで声がした。

「申し訳ありません。先生。先に先生を呼ばせていただきました」

 先生に頭を下げながら、説明するアズキと呼ばれた女性。今度は、俺に向かって頭を下げた。

 そして。

「それと旦那様、私のことはアズキとお呼びください。敬称は不要です。ご挨拶が遅れ申し訳ありませんでした」

 聞こえてくる言葉に、俺は首を傾げた。

 呼び捨ては構わない。明らかにあちらが年下みたいだから。でも、旦那様? それってどういうこと? という思いが湧いてきたから。


 全く理解できない。そう思い問おうとしたところで、先に爺さんの声がした。

「ふむ、話がそれましたな。経緯も知りたいでしょうが、まずは、名前、住所、年齢をお聞かせ願いませんかな」

 もっともな確認だった。故に俺は、素直に答える。

「えっと、芦田 友政、年は40歳です。住所は、兵庫県丹波市○▲□△■です」

 するとアズキ、即座に部屋を飛び出していった。


「どうかしたのですか?」

 疑問に思った俺が聞いてみるが、すぐにわかるとのこと。なんなんだ?

 爺さんは、忙しそうに紙にいろいろ記入していて突っ込んで話を聞く雰囲気でもない。

 そうこうしている所に、扉が乱暴に開かれ外から知らない女性が走りこんできた。


 そして。

「父さん‼生きていたのね」

「……いえ、人違いです」

 叫ぶ女性を俺は即座に絶した。

 

 確かに俺には確かに娘はいる、いるのだが長女でもまだ中学生だ。

 叫んだ女性は、輝くような銀髪の超美人だ。街に居れば、男女問わずに見とれるだろう。

 身長は、160cmぐらい、胸を含めて全体的にほっそりとした体つきの、白いブラウスと青いスカートがよく似合う大人の女性だ。

 銀髪のせいか日本人ぽくない印象だが、何となく雰囲気が妻に似ている。万倍ぐらい美人にした感じだが。

 そんな女性が、俺の返答にショックを受けたのかうなだれている。

 そこに白衣の爺さんが口をはさんでくる。


「ヤヨイ様、いまだ経緯の説明が進んでおりません。準を追って説明されるべきかと思います」

 その言葉に、叫んでいた女性はうなだれていた顔をあげ、「そう、まだなのね」とつぶやいた。

 だが俺は、それとは別のことで驚いていた。

「ヤヨイ……長女の名前だ」

「私が、長女のヤヨイよ!」

 俺の言葉に大人の女性、ヤヨイさんが即座に返事をする。

 そういわれると長女の面影が有る気がしてくるが、二日で大人になるわけがないし。

 新手の美人局かと思わせる状況だ。警戒しないと……。という思いが顔に出たのか、ヤヨイさんが、「順番に話すから、そんな怖い顔しないで」と説明を始めた。



 説明を聞くにつれ、俺の顔が険しくなるのが分かった。余りに荒唐無稽だったから。

 目の前の女性――ヤヨイさん――に頭は大丈夫かと言いたくなったが我慢しつつ最後まで話を聞いた。

 そして終わった彼女の話を要約すると、こうだ。

 

 俺が山に登ったあの日を境に世界は大きく変わったとのこと。

 科学文明が崩壊し魔法文明が発達したらしい。猫型ロボットが「もし○ボックス」でも出した。的な話だ。

 その上、あの日から1000年もの歳月が流れているとのこと。

 今、31世紀だという。それなら、なぜ俺は生きている。そして俺の娘だというヤヨイが生きている。

 中二なライトノベル以下の設定だ。騙すならもっとあるだろうにと思ってしまう。


「父さんは、次元の狭間に嵌ったの、その狭間で1000年間眠っていたの。そして、私は、エルフになったの。エルフは、長寿だからまだ生きているの」

「ははは……」

 俺は全く信じられず、乾いた笑いしか出てこない。

「私の耳を見て、ほら尖っているでしょ。触って確かめてもらってもいいのよ。私も少しの間だけ次元の狭間に嵌って出てきたらエルフになっていたのよ」

 そう言って耳を見せてくる自称ヤヨイさん。確かに尖っている。昔読んだロー○ス島戦記に出てくるエルフの耳そのままだ。

「すごいな、ハリウッドなみの造形技術だ。近くで見ても継ぎ目が分からない。そこまでして俺をだまして何しようとしているんだ?」

 少し苛立ってきた俺は、思わず悪態をついてしまった。

 おかげで自称ヤヨイさんが悲しい顔をしている。美人にそんな顔をされると心が痛むが、ここで良い顔をするとひどいことになりそうなので心を強く持ってじっとヤヨイさんの顔を見る。


「そうよね。早々に信じられないわよね。それなら、父さんの体はどう? 変わったとこ無い?」

 次は俺の体の話だった。ひょっとして俺の耳も、と思って触ったが普通の耳だった。他にもと思って体を触っていく。

 特に変わりはない気がするが……あ、髭が無い。剃ったとかじゃなくて全くない感じだ。

 すね毛や脇毛もないぞ。嘘だろ。ツルツルじゃないか。寝ている間に脱毛したのか? どういうことだ? 中学生の頃みたいだ! 因みに毛髪だけは増えていた。21世紀では、ハゲ親父だったので。

「気が付いた? 父さん、体が子供に戻っているのよ」

 そう言ってヤヨイさんが見せてくる鏡を見ると、子供の俺が写っていた。14~15歳ぐらいか。懐かしい顔だ。ついでに言うと、視力も良くなっている。以前は、0.1ぐらいしか無かったのに、メガネがなくても良く見えるようになっていた。


「なんでこうなった?」

「さっき説明したでしょ。次元の狭間に入ると、体に異変が起こることがあるって。私は、エルフになったし、父さんは子供に戻ったみたい。原因や法則は解明されていないわ。研究しようにも今は次元の狭間が見つからないもの。少しは信じてくれたかしら?」

 懇願するように見てくるヤヨイさんに、俺は考え込んでしまっていた。

 人がエルフになったり子供になったりする。あり得るのか? などと考えてもう一つ思い出した。あのプリムの代わりのケモ耳に。

「ひょっとして獣人になったりもしたのか?」

「ええ、アズキは犬の獣人なの。次元の狭間で変わってしまった人間の子孫ね」

 ヤヨイさんのアズキを見ながらの言葉に、俺もアズキのケモ耳を改めて見てみる。

 すると見られて恥ずかしいのかアズキの耳がぴくぴく動く、さらにアズキをよく見ると尻尾もあってフリフリと動いている。

 その尻尾を目線で追いかける。すると何故か、心が落ち着いてくる。犬好きな俺には、何とも安らぐ光景だったから。


 尻尾を見ながらしばらく情報を整理してみたが、やはり内容がぶっ飛びすぎていて信じることが出来そうに無い――だが騙すつもりも無いのように思える、

 騙すならもっと信じやすい嘘をつくと思うから。振り込め詐欺みたいな……。

「それなら……君は本当にヤヨイなのか?」

 唐突な俺の問いに。

「そうよ」

 と即座に首を縦に振るヤヨイさん。

 だけど。

「すまん。まだ、全ては信じられない。だけど、話を聞く必要はありそうだな」

「良かった。時間はたっぷりあるわ。まずは朝ご飯を食べながら、ゆっくり話しましょう。父さんに話したいことがいっぱいあるの」

 そう言って嬉しそうに微笑むヤヨイさんの表情に、中学生の弥生の面影が重なり――俺はヤヨイさんを弥生として“一応”受け入れることにした。

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