二十二話 ゲームクリア
黒夢童子との戦いが終わり全身を疲労感が襲う。
ふらりと倒れかかったところで誰かに背中を支えられた。
「お疲れ様、かず君」
「あんた無茶したわね」
「詩織……それに岬まで……」
俺を受け止めてくれたのは詩織と岬だった。
詩織がここにいるのは分かるが、なぜ岬までいるのだろうか。
二人の後方には微笑みを浮かべる馬之助がいた。
そうか、馬之助に詩織が駆けつけてくるくらいだ、デビルハンターである岬が来ないはずがないんだ。毎回姿を見かけなかったのは、どこかから隠れて様子を見ていたからなのだろう。未だに彼女は詩織に正体を隠しているわけだしな。
「まったくなんて戦いしやがるんだ。あの童子をああもたやすく再封印しちまうなんて。異常つーか、むちゃくちゃだ。だいたい封印術なんてどこで覚えたんだよ。あれ、ウチの術だろ」
「別にいいじゃないか。何事も結果が全てだ」
「なんか腑に落ちねぇ」
そうは言いつつも馬之助は嬉しそうだ。
彼との長い訓練の日々があったからこそこの結果がある。
今ならより力を込めて言えるだろう。親友だと。
俺は表情を引き締め馬之助に質問する。
「一つ聞きたい。なぜ黒夢童子は刀に封印されたんだ」
「説明するほどのことでもないが……その刀は元々封印用に造られてる、で、術は基本的には収める器があることを想定して発動される。空の容器と収めるべき中身が合わさればぴったりはまるのは当然だろ」
「じゃあ青い玉になるのはなぜなんだ」
「そっちも簡単だ。器がないから術は自動で仮の器を生成する。収めるべき器があればいいが、なければそれはそれで適当にどうにかできるって話だ」
ようやく理解が及んだ。
刀に黒夢童子が封印されたのはなるべくしてなった現象だったのだ。
俺の刀がなんの力もない零級斬魔刀だったからこそ起きた出来事。
「銀条、その刀を俺に預けてくれないか」
「どうするつもりだ」
「危険がないか確認する。その上でさらに強力な封印を施し、黒夢童子が確実に出てこないようにしなければならない」
「返してくれるのか?」
「それは保証しかねるな。なにせ国を滅ぼすほどの妖魔だ。上層部がどのような判断を下すのかは俺も分からない。まぁ、返ってこないものと思った方がいいぜ」
本音を言えば刀は返してもらいたい。
だがしかし、彼の表情を見るに黒夢童子だけを取り出すのは難しいのだろう。そう考えると刀ごと相応の場所に預けるのは妥当な判断だ。しかしながらやはり使い慣れた刀を手放すのは惜しい。どうにかならないものか。
「心配するなよ。桂木家としてできる限りのことはしてやるからさ」
「重ね重ね悪い」
「いいってことよ」
突き出した拳に拳を軽く当てた。
やはり良い奴だな馬之助は。
俺は振り返って詩織と岬に笑みを浮かべた。
「帰るとするか」
「うん」「そうね」
こうして俺と黒夢童子との戦いは終結した。
◇◇◇
黒夢童子を再封印したその夜、俺の家に詩織と岬がやってきた。
大惨事を未然に防いだことへの祝いパーティーである。
テーブルには詩織と岬の手作り料理が並んでいた。
「つまめるものは私が作ったの。メインの鍋は岬ちゃんお手製だよ」
「ア、アタシだってこれくらいはできるんだから」
「どれも美味しそうだ。食べていいか?」
「好きにすればいいじゃない」
上目遣いで恥ずかしそうにする岬は、俺がどれから手を着けるのかチラチラ見ていた。
詩織に目を向ければ微笑みながら頷いている。
「……じゃあ鍋をいただこうか」
「そうよね! まず最初は鍋からよね!」
いやいや、そんな決まりはないと思うが。
しかし、せっかく料理の苦手な岬が作ってくれたんだ。ここはまず最初に食べてあげるのが友人としての対応だろう。
くたくたになった白菜を口に入れる。ほんのりと甘く出汁が利いていて塩気もいい。不味くはないが飛び抜けて美味いとも言えないな。よく言えばちょうどいい。どこにでもある普通の鍋だ。
「美味いよ」
「やった! やったよ詩織!」
「うん! 良かったね岬ちゃん!」
抱き合う二人を見ると本当に仲がいいのだと実感する。
鍋と言っても不器用な岬がここまで来るには苦労もあったことだろう、きっと陰で詩織の協力があったに違いない。
それにしても食べれば食べるほど美味く感じるな。俺の好みではある。
「でも、かず君と一緒にお買い物行きたかったなぁ」
「悪かったな。次はちゃんと付き合うつもりだ」
「ちょっと、アタシとも付き合いなさいよ。詩織だけ贔屓するのは不公平だわ」
「そうだな。岬とも買い物に行く」
結果的には詩織との交際はスタートしなかったが、俺はこれでよかったと思っている。まだ六日間あるのだ。それまでに再びデートにこぎ着ければいい。ぎりぎりまで最善を尽くすのがエリートなのだからな。
「かず君変ったよね。すごく強くなった」
「変態なのは変らないけどね。ま、ことある度にパンツパンツ言わなくなったのはえらいわ」
「どれだけの変態だったんだ俺は」
やはりこの世界の銀条和也は救いがたい馬鹿なのだろうか。
そして、俺が去った後に彼はどう思うのだろう。興味は尽きない。
もうじきクリアすると思うと胸がズキンと痛んだ。
(案外俺はこの世界を気に入っているのかもしれん)
詩織と岬ともう会えなくなるのは寂しい。
だがしかし、俺には俺の現実がある。追うべき地位や名誉がある。将来設計だってあるのだ。いずれ非現実的な世界からはさよならしなければならない。それが一番俺のためだ。
二人が帰宅した後、俺は静かにベッドで就寝した。
◇◇◇
ふと目が覚めた。
違和感があったからだ。
ベッドで寝ているはずが肌寒さを感じた。
だが周囲の景色を見て意識は一気に覚醒へと向かう。
白い部屋。俺はなぜかタイトル画面のあるあの部屋へと戻ってきていた。
「クリアおめでとうキュイ!」
青いイルカがそんなことをのたまう。
最初は何を言っているのか理解できなかった。
「どういうことだ!? 俺はまだ詩織も岬も攻略していないぞ!??」
「その必要がなくなったキュイ」
「ちゃんと説明しろ! 何がどうなってクリアになった!!」
青いイルカ――トリトンはキュイキュイと鳴いてウィンドウの近くへと移動した。
すると画面に『飛村詩織』と『角倉岬』の顔が表示される。
「このゲームにはいくつかのルートがあるキュイ。その中でメインとなるのがこの二人の攻略。でも実は裏メインとも言うべき、通常の攻略とは外れたルートがあるキュイ。それが黒夢童子の討伐だキュイ」
「裏のメインルート?」
「そうだキュイ。このゲームはスコアが集計されランクが出る仕様になっているキュイ。その裏ルートは通常の攻略の二倍。最も苦しくて過酷な避けて通るべき最高難易度のルートキュイ」
「だからゲームが終わった……というのか」
話を聞いてようやく冷静さを取り戻す。
俺は知らず知らずのうちに難易度の高い方へと突き進んでいたらしい。
だがしかし、それなら黒夢童子を避けられたと言うことになる。
「黒夢童子は歩宮風花か桂木馬之助に協力することで阻止できたキュイ。復活した時点でほぼ詰みの状態だったのに、強引に突き進んだ結果が今回のクリアに繋がったキュイ。銀条はちょっと頭がおかしいキュイ」
「お前に言われたくないわ!」
しかしながら黒夢童子を避けて通れたというのは割とショックだ。
だったら俺がしてきた血もにじむような努力は何だったのだろうか。
注ぎ込んだ労力と時間を返してくれ。
まぁいい。これで現実に戻れるんだ。
いつまでもこんなところにいるべきじゃない。
「スコアランクを発表するキュイ!」
部屋が暗くなりライトがウィンドウに向けられる。
どこからか太鼓の音が聞こえ、発表前の緊張感を煽る。
「ちょっと待ってくれ」
「なんだキュイ。今、いいところだキュイ」
「そのスコアランクを発表することに意味はあるのか。どうせ現実に戻るだけだろ」
「これだから勝ち組現実主義者は嫌われるキュイ。ゲーマーにとってスコアランクは最重要と言ってもいいキュイ」
「そうなのか?」
「そうだキュイ。それにこのゲームではランクが高ければ高いほどいい物をもらえるキュイ。ボーナスキュイ」
ボーナスなんてどうでもいい。早く俺を現実に戻してもらいたい。
こんな訳の分からないゲームに閉じ込められてうんざりしているんだ。こっちはばりばりの現役サラリーマンなんだぞ、仕事から離れれば離れるほど勘が鈍ってしまう。
脳裏に詩織と岬がよぎった。
くそっ、なんでこんなに心を乱すんだ。
俺はここを出て行きたいんだ。ずっとそう願ってる。
「じゃーん、ランクはSSだキュイ! 最高ランクでクリアキュイ!」
画面にレインボーのSSがでかでかと表示される。
これでトリトンの言う良い物とやらがもらえるのだろう。まぁ、俺をこんな場所に閉じ込めた奴らが碌な品を出すとも思えんが。もちろん現金なら大歓迎だ。諸手を挙げて喜んでやる。
「ゲーム継続の権利を与えるキュイ!」
「は?」
青いイルカの発した言葉が全くもって理解できなかった。
否、全力で俺の脳みそは理解することを拒んでいた。
なぜなら奴の言った言葉はつまり、この世界から解放されないと言うことだ。
「権利を放棄する」
「それはできないキュイ」
「ふざけるな!? 権利とは選択の余地がある時に使う言葉だろうが! 放棄すると言っているんだから、今すぐ俺をここから出せ!」
「いやぁ、さすがはエリートサラリーマンキュイね。さらなるゲームに挑戦したいだなんて驚きだキュイ」
「確信犯か! そうだろ!」
「なんのことかさっぱりだキュイ」
ちくしょう! こうなると思ってたよ!
ずっと嫌な予感がしていたんだ!
一ヶ月で異性と付き合おうなんてそもそも無理がある。つまり最初からこのゲームは長期を想定して作られているんだ。だからやけに設定が盛り込まれていた。思えば期間外の定期試験の話を聞いたときに違和感を抱いたんだ。あれはこう言うことだったのだ。
「今までのことはチュートリアルとでも思えばいいキュイ。というか実際チュートリアルキュイ」
「とうとう化けの皮を剥いだな!」
「剥いでないキュイ。オイラはずっと可愛いイルカキュイ」
「消したい! 今すぐこいつを跡形もなく消し去りたい!!」
壁に頭をぶつけて怒りを発散する。
落ち着け。冷静になれ銀条和也。
ようは想定していたことが起きただけじゃないか。この程度のことくらいで取り乱すな。俺はエリートだろ。燦然と成功の道を歩み続けるエースだ。
「……今度こそクリアすれば解放されるんだな」
「約束するキュイ」
「期間は?」
「チュートリアルを合わせて一年」
だとすると期限は来年の三月末か。それまでにクリアすればいいと。
すでにゲーム内で一年以上も過ごしている。今さらもう一年増えようが変らないだろう。
「いいだろう。継続を受け入れる」
「了解キュイ。それと一ヶ月ごとにクリア条件が変るキュイ。もし達成できなければ次の月へいけないキュイ」
「ようは今までと同じことをすると」
「そうだキュイ。最後の月をクリアすれば晴れて自由だキュイ」
くっ、どうやっても一年は過ごさないといけない仕様か。
またこの青いイルカと一緒に過ごすと思うと胃がキリキリしてくる。ゲームに復帰したらまず最初に胃薬を飲まなければならないようだ。まさに地獄。どうやら本当の鬼はここにいたようだな。黒夢童子などこいつに比べたら数百倍可愛い。
「応援してるキュイ」
「失せろ!」
俺は眼鏡を中指で上げた。
【完】
死にゲーと化した青春ラブコメについて 徳川レモン @karaageremonn
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