二十一話 死を越えた果てに

 その日から俺は桂木家へと通うようになった。

 正確に言えば桂木家の霊術道場へだが。


 俺は学校に行かずひたすら道場で霊術の訓練を続けた。


 早朝から日付が変るまでひたすら繰り返す。

 教えられたのは基本的な数種類の術と桂木家に伝わる基礎封印術だ。

 さすがに部外者に奥義を教えるほど桂木は甘くはなかったが、それでも一度発動すれば最強クラスの妖魔でも数年縛り付けるだけの性能はあると断言してくれた。


 ただ、問題はどうやって封印するかである。


「五条封魔の星陣、玄武、白虎、朱雀、青龍、四神の理を持って魔を封じ込めん、封印結界展開」


 五芒星の中心に置かれた藁人形がビリビリ振動する。

 そして、一瞬にしてガラス玉のような青い球体へ変じた。


 後ろから拍手が聞こえる。


「この短期間で簡易封印まで身につけるなんて驚いた」

「おかげさまで。しかし、実践で使うにはまだ厳しいな」


 桂木は褒めてくれるが、俺にはとても黒夢童子に通用するとは思えなかった。

 奴はほんの一秒でも隙があれば突くことができる。この封印術では完了する前に殺されてしまう。もっと短時間で簡略化された封印が必要だ。


 ちなみに俺が行った封印術は簡易式で強度はほどほどと言ったところだ。本式の儀式封印は強度も高いがその反面施すのに非常に時間がかかる。だからといって簡易がまったく役に立たないと言うわけではない。どんな相手でも最低一週間は持つ……とのことだ。それだけあれば儀式封印をする時間も確保できるので問題にならない。


 ここで課題となるのはいかにして相手を封印陣に誘い込み封じるか。

 陣は一度形成すると動かすことができない。封印の存在がばれればそこで終わりだ。

 尚且つ封印に際し、数秒ほど対象の動きを止めなければならない。術が完全に発動するまで時間がかかるからだ。

 明らかに黒夢童子戦の難易度が跳ね上がっている。

 だがしかし、俺にはこれが切り札であるという確信があった。


「そう言ってもねぇ、これ以上の簡略化はウチの奥義くらいだしさ」

「一つ聞いていいか」

「なんだよ」

「今までの傾向を見るに霊術は体内や物に込めて使用するものが主なように思う。霊力そのものを放出し使用することはできないのだろうか」

「霊力の塊を体外に出して使用する方法は確かにある。けど今の和也には難しいだろうな。霊力ってのは体から離すほどコントロールの難易度が上がっていくんだ。これができるのは相当な熟練者に限る」

「物に込める方が遙かに簡単だということか」


 封印術の五芒星には五つの水晶(小)が使用されている。

 全ての石に俺の霊力が込められており、それらが作用することで封印を行うことができる仕組みだ。

 ここで最低限必要なのは俺の霊力なのだが、やはり霊符を使用するしかないのだろうか。


 物に込める……待てよ。


「これに霊力を込めることはできるか」

「銃弾?」


 銀の銃弾を受け取った桂木はきょとんとしたあと、俺の言いたいことが理解できたのかニヤリとした。


「たぶん使えるぜ」

「よし、試してみるか」


 俺達は逢魔山へと向かった。





 山の中腹にある廃工場、そこで俺と桂木は藁人形と相対する。


「跳弾しないように角度に気をつけろよ」

「分かっている」


 コルトガバメントを抜いて精神を集中させ、体内を巡る霊力を銃に流し込んだ。

 俺の中には二つの力の流れが存在する。霊力と魔力だ。

 この二つの違いを大まかにだがすでに把握している。


 霊力は重い力だ。動き出すまでに時間がかかりそれでいてムラがある。反対に魔力は軽い力。動き出しは速く均一的だ。


 高く跳躍した俺は五芒星を描くようにして地面に銃弾を撃ち込む。

 五芒星の配置が完了すると霊言を唱えた。


 着地すると、五芒星の中央にビー玉のようなものが転がっていた。


「成功だ! やったな和也!」

「あとは実践で使えれば完璧だ」


 眼鏡を上げつつ俺は内心で安堵していた。

 ようやく黒夢童子の攻略に希望が見えたのだ。


「桂木、次からは実践を行いながら術を試したい」

「構わないぜ。いくらでも付き合ってやるよ」

「悪いな。恩に着る」


 こうして俺と桂木はさらなる訓練へと踏み込んだ。



 ◇◇◇



 五鳥市蒼金町――某訓練施設。


 駆ける桂木は霊符を取り出し術を放つ。

 霊符は瞬時に燃え散り、無数の岩の槍が出現。

 槍が撃ち出され俺の方へと飛んでくる。


 対する俺も霊符を放つ。


「刃を退ける盾となれ、結界壁」


 霊符が燃え尽きると同時に正面に霊力の壁が出現した。

 槍は壁に当たり砕け散る。


 俺も守ってばかりではない。一気に距離を詰め斜め上方から切り下ろす。

 刀を手甲で弾き返した桂木は、即座に鋭い蹴りで応戦した。


 斬魔刀は必ずしも刀である必要はないようだ。

 桂木の手甲を見ればそれが理解できる。

 秘められた特性を最大限使う為には刀にこだわる必要はない。合理的だ。


「まいった」


 刀の切っ先が桂木の喉元で止まる。

 彼は苦笑しながら両手を上げた。


 ――四十五回。


 訓練のために四月九日から二十三日までを繰り返した数だ。

 一度目の訓練では時間が足らなかった。なにせたった十五日しかなかったのだ。それではあまりにも少なすぎる。そこで俺は最大の長所であるセーブデータを使い、六百七十五日もの時間を得ることができた。

 普通の奴なら投げ出していたかもしれない。地道に努力を重ね続けることができたのは、俺がエリートだからだ。そして、詩織を必ず助けるという想いの証でもある。


「しかし不思議だな。和也ってこんなに強かったけ?」

「この俺が弱いわけがないだろう。エリートだぞ」

「いやいや、説明になってないだろ」


 呆れる桂木に俺は深くお辞儀する。


、今日まで世話になった」

「なんだよいきなり。今生の別れみたいだな」

「親しき仲にも礼儀ありだ。お前には返しきれないほどの恩ができた。もし俺で助けられることがあればいつでも言ってくれ。すぐに駆けつける」

「いいって、つーか俺は野郎の恩義は遠慮してんだよ。可愛い女の子ならいくらでも受け付けてんだけどなぁ。そうだ、だったら詩織ちゃんか岬ちゃんとの間を取り持ってくれよ」

「断る」

「なんでだよ! 恩義はどこ行ったんだよ!?」


 喚く馬之助を置いて俺はその場を後にした。



 ◇◇◇



 四月二十四日(水)

 俺は詩織と買い物には行かず帰宅する。

 自室で戦闘服に着替え装備を身につけた。


 その足で地下ホームに行き愛車にまたがる。

 眼鏡を外しサングラスを装着。

 予備のマガジンも充分なほどに備えている。


 時刻を確認。一時間後には黒夢童子が復活する。

 ここまでの流れはもはや手慣れた物だ。嫌と言うほど奴と対峙してきたからな。しかし一年と数ヶ月ぶりの奴との戦闘、上手く行けばいいのだが。


 エンジンをかけ、隠し通路を開く。

 アクセルを回せばバイクは一気に走り出した。


 滅魔師専用地下通路に出ると、俺は逢魔山を目指して疾走する。


 山の麓へ到着すると、そこから山道を上がり山頂にある神社へと向かう。

 神社の入り口にバイクを停め、長い階段を上がる。

 石の鳥居をくぐれば社まで一直線に続く石畳が迎えてくれる。


 黒魔神社――永い歴史を持つ社としてはずいぶんと黒い。重い空気を漂わせ体に絡みつくような粘ついた妖しい雰囲気に満ちていた。すでに封印は限界に達している。素人の俺でも危険だと分かるくらい、ここはぎりぎりで保たれていた。


 時刻はすでに五分前。もうじき奴がここに姿を現わす。


 五時きっかりに社から光の柱が衝撃と共に出現する。

 衝撃波が走り抜け落ち葉や砂埃を舞い上げた。

 俺は刀を抜き放ち、来たるべき吸血鬼の王との戦いに備える。


 夜が周囲を覆う。


 光が収まり地面にゆっくりと黒夢童子が舞い降りた。


「我はどれほど眠っていたのか……まだ頭が定まらん」

「黒夢童子! いざ尋常に勝負!」

「お? おお、目覚めと同時に餌が来るとは幸運だ」


 俺と童子の戦闘が開始される。



 ◇◇◇



 ――七回目の戦闘。


「少々手こずってしまった」

「くそっ、まだかっ! まだ届かないのか!」


 心臓を抜き取られ死亡。



 ◇◇◇



 ――十八回目の戦闘。


「我の動きを読むとは少し驚いたぞ」

「あがっ!?」


 首筋に噛まれ死亡。



 ◇◇◇



 ――二十五回目の戦闘。


「再び封印できると思ったか下郎め!」

「ぐげっ!」


 首を飛ばされ死亡。



 ◇◇◇



 ――三十七回目の戦闘。


「はぁ、はぁ、なんだこの人間……まるで我を知っているかのように先回りする」

「もう……少し……」


 喉を掻ききられ死亡。



 ◇◇◇



 ――そして、四十六回目の戦闘。



 地面に降り立つ黒夢童子。


 俺はここに至るまで四十五回死んだ。

 総計すれば八十回死んでいることになる。

 だが、その分俺も強くなり続けた。


 奴の癖は全て把握した。おおよその行動と思考パターンも。

 ここに限って言えばほぼ完璧に動きを予測できる。

 そして、俺の戦闘技術も奴に並んだ。ここからが本当の勝負だ。


「我はどれほど眠っていたのか……まだ頭が定まらん」

「黒夢童子。お前と戦うのもあと少しだ」

「お? おお、目覚めと同時に餌が来るとは幸運だ」


 俺はサングラスを中指であげてニヤリとする。

 視界が夜間モードに切り替わり奴の姿をはっきりと捉えた。


 刀を構え、精神を研ぎ澄ます。


「お前に教えてやる。エリートを敵に回した恐ろしさを」

「えりーと? 何を言っている?」

「いざ尋常に勝負!」

「一方的な狩りになるとは思うが、よかろう付き合ってやる」


 奴は闇を固めたような漆黒の刀を出現させる。

 まずは未だ油断している黒夢童子の目を覚まさせてやろう。


 瞬時に肉薄し、俺は斜め下方から一閃。

 血しぶきが舞い黒夢童子は痛みよりもまず驚きに目を見開く。

 流れるままに体を横に回転させ後ろ回し蹴り。


 モロに蹴りが入った奴は背中から社へと突っ込んだ。


「うがぁぁぁああああっ!」


 直後にすさまじい速さで飛んでくる。

 俺は奴の刀を正面から受けとめ、なんとかその場で耐えきる。


「驚いたぞ人間っ! 我をああもたやすく斬るとはな!」

「だったらこれから起こることも驚くのだろうな」

「なにっ!?」


 つばぜり合いの状態から一気に力を抜いて横に逃げる。

 体勢を崩した奴は前のめりとなるので、俺はすかさずその背中を斬る。


「ぐがぁぁああああっ!?」

「痛いだろ。俺はその何百倍もの激痛に耐えたんだ」


 振り向きざまに降られる刀を皮一枚で躱す。

 腕の長さと刀の長さは把握済み。速度、方向、タイミングも俺の予測の域を出ない。


「なぜだ! なぜ当たらない!!」

「見えているからだ。お前の動き全てを」


 寸前で刃を避け続ける。

 全く見えなかった動きも、今では動体視力が鍛えられはっきりと追うことができる。

 思考は戦闘用に単純化され、最少限度の動きのみで対応可能。そして、それらに付いて行くことができるのは鍛え上げた肉体があるからだ。当然だが並大抵のことでこれらは身につかない。

 死ぬ寸前まで己を追い込み、勝利を得ることのみに突き進んだからこそ得られた力。


 エリートとは、期待を超える結果を出すからこそエリートなのだ。


 振り下ろした刃をいなし、すれ違い様に奴の首を落とす。

 地面にぼとんと重い物が落ちる音が聞こえた。


「くくく、この程度で我は死なぬ」

「それは知っている」


 振り返れば奴は頭部を失ったまま立っていた。

 地面には笑みを浮かべる頭部がある。


 黒夢童子は首を落としたくらいでは死なない。


 この事実を知ったとき、俺は酷くうろたえた覚えがある。

 どんな生物でも頭部を失えば生きてはいられないのだからな。

 奴は俺が知る生物の枠を遙かに超えた存在なのだ。


「けれど痛みなら与えられる」


 コルトガバメントを抜き放つ。

 込めるのは魔力。


 白い閃光が奴の体を貫いた。


「ぐぁあああああああっ! よくも人間め!」

「そうだ、もっと怒れ」


 胴体に空いた穴は即座に再生を始める。

 体ごと消滅させることができれば、もしかしたら勝てるかもしれないが、今の俺にはそんな攻撃手段は持ち合わせていない。やはり封印しかないのだ。


 頭部を拾い上げて癒着させた奴は憤怒の表情を浮かべている。


 冷静なままでは封印術に気が付かれてしまう。

 全ての意識を俺に向けさせ周りを見えなくさせるのだ。


 来る。


 俺は横に躱す。僅かに遅れて奴が斬りかかってきた。

 黒夢童子は一度怒らせると動きがワンパターンになる。

 直線的で読みやすい。


 動きが分かっていれば、切り込んでくるタイミングよりも僅かに早く避けることができる。あとはひたすら注意を引きつけつつ反撃。


 迫ってくる奴に弾丸を放つ。

 しかし、当たることはなく真横を通り過ぎてしまう。


「はははっ、どこを狙っている! 愚か者め!」

「くっ、動きが速すぎる!」


 もちろん演技だ。当てようと思えばいくらでもできる。

 あくまで反撃を装うことが大事。冷静さを取り戻されては困る。


「大人しく斬られてしまえ!」


 袈裟斬りを躱せば後ろにいた狛犬が斜めに分断される。

 そろそろ稲妻を使う頃だろう。


「これなら逃げられまい! 紫電剛流!」


 黒夢童子の左手から紫電が放たれる。

 俺はあらかじめ取り出しておいた霊符を発動。

 結界壁を斜めに創り出し攻撃を受け流した。


「その程度の防御で我が術が防がれるなど――っつ!?」


 銃弾が奴の頬をかすめた。


 確かに結界壁では完全に防ぐことは難しい。だが、受け流すことくらいは容易だ。来るべき方角とタイミングが分かっていれば、局所的な壁でも対応は可能なのである。


「ならば! 我が夢の中で死ね!」

「うっ」


 視界が歪む。

 ふらりと足下がおぼつかなくなった。

 好機とばかりに奴が切り込む。



「馬鹿め」



 一秒にも満たない時間で俺は現状に復帰し、高く跳躍する。

 空中で体をひねりながら最後の弾丸を地面に撃ち込んだ。


 着地と同時に霊符を三十枚投げ放つ。


「あがっ!? 体が!??」

「重・封縛術」


 通常の封縛術を重ね張りすることで強度を高める方法だ。

 これにより最強クラスの妖魔でも数分ほど動きを止めることができる。


「五条封魔の星陣、玄武、白虎、朱雀、青龍、四神の理を持って魔を封じ込めん、封印結界展開」


 霊言を唱え封印を発動させる。

 これで奴は再び眠りにつく。


「よくも、よくもよくも! 許さんぞ!」

「なんだとっ!?」


 奴の髪が俺の体に絡みつく。

 まだこんな奥の手を持っていたのか。


 五芒星が輝き封印が始まる。

 だが俺の体は陣の内側へ引きずり込まれ逃げ出すことができない。

 このままでは俺ごと封じられてしまう。


 くそっ、ここまで来てゲームオーバーなのか!

 早く俺を放せ!!


「ぶぼっ」


 刀で深々と心臓を突き刺した。

 大量の血液を吐き出す奴は悔しそうな表情だった。


「また、また我は人間ごときに負けたの……か……」


 黒夢童子が光の粒子となって崩れて行く。

 それは空中で渦を巻いて刀へと吸い込まれていった。


 直後、鋼色だった刀身が黒く染まる。


「なにが起きたんだ……」


 俺にはまるで理解できない。

 奴共々封印されるとばかり思っていたのだが。


 眩しい光に目を細める。


 いつの間にか黒夢童子の空間は消え失せ、通常の空間へと戻っていた。

 町の彼方では眩い夕日が沈んでいる。


 俺は空に向かって勝利の雄叫びを上げた。


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