十六話 田中商店
風花から有力な情報を手に入れた夜。
俺は黒のジャケットに身を包み地下ホームへと下りる。
そこにあるのは黒の大型二輪。またがった俺はヘルメットをかぶった。
通常、免許取得は十八からだが、滅魔師に限っては特別に十五歳から取得が可能となっているらしい。いかに優遇された存在であるかがよく分かる。
これから行くのは田中商店。
岬が教えてくれたデビルハンター専用の武器店である。
吸血鬼とまともにやり合うには銀の銃弾が必要だ。できればそれ以外にも役立ちそうな道具を手に入れたいところ。
調べて見て分かったことが、吸血鬼は欧州では大きな勢力を誇り、たびたびデビルハンターと刃を交えているそうだ。それ故に対吸血鬼用に武器も戦闘方法も特化しているらしく、デビルハンターは一部ではヴァンパイアハンターとも呼ばれているそうだ。
だとすればそこで購入できる武器や道具は、アレと戦う際にかなり有効であることが予想できる。
俺は便宜上アレを吸血鬼Aと名付けることにした。
吸血鬼Aを倒し岬とその両親を救うには、俺は今できることを全てやらなければならない。結果を出すのだ。それこそがエリートである銀条和也だ。
希望の選択肢はある。
もしなくても新たな選択肢を見つけろ。
キーを回しエンジンを掛ける。
スマホのアプリを起動し、地下ホームの隠し通路をオープンにした。
正面にある壁がスライドすると通路が現われる。
アクセルを回し疾走、バイクは長い通路を走り大きな地下通路へと合流する。
ここは滅魔師専用の移動用地下通路らしい。
いざという時に備え市の下には蜘蛛の巣のように道が張り巡らされているのだとか。
そのおかげで住宅街を無視して最短で移動が行える。
長い地下通路はオレンジ色の照明に満たされている。
田中商店は比較的近い位置にあるので、そろそろ地上に上がらなくてはいけない。俺は金属製の扉の前で停車させ、センサーに免許証を確認させる。
扉が開けばアクセルを回し、地上へと続くスロープを勢いよく上がった。
ここは三ツ矢町。俺が暮らす紙無町の隣に位置する地域だ。
出歩く人があまりいないせいか、まだ二十時だというのに商店街ではシャッターが閉められ静けさが漂っている。
点々とある街灯は不思議なことに妙に不安をかきたてた。
安心感を与えるはずの人工の光が、ここではやけに怪しく見えたのだ。
商店街に入ってすぐに小道に入る。
そこではまだ営業している店があり、煌々といくつもの看板が立っている。
道の中ほどで小さな店を見つけた。俗に言う魚屋だ。
「いらっしゃい、新鮮な魚を仕入れているよ!」
「この時間に魚を売るなんて変っているな」
「ははは、よく言われます。けどね、世の中にはこの時間に新鮮な物を欲している人だって大勢いるんですよ」
「たとえばデビルハンターか?」
その魚屋は探していた田中商店だった。
しかしまぁ、魚屋とは言っているが実際のところ食品なら何でも売っているらしい。表には鮮魚。店内には野菜や加工食品。長期保存向けの商品も並べられている。
はちまきを締めた店主は俺の腕をつかみ店の中へと引っ張る。
「和也君、店先でそんなこといっちゃ駄目じゃないか。ここへは一般のお客さんだって来るんだ。営業妨害で出入り禁止にするよ」
「あ、ああ……次からは気をつける」
そんな返事をしつつ俺は内心で驚いていた。
なぜ店主は俺のことを知っているのだろうか。
その答えはすぐに出た。
この世界の銀条和也が弾丸を購入している店がここだったのだ。
恐らく自室や地下ホームを調べればここの住所は簡単に出てきたに違いない。灯台もと暗しというか、もう少し自分に対して理解を深める必要があるな。
店の奥には下へと続く階段があり、俺は単身で下りて行く。
階段の壁には張り紙がいくつも貼られ、討伐条件や報酬金額などと一緒に怪物のイラストが描かれていた。どの張り紙にも『日本十字教会』という文字が記載されている。恐らくデビルハンターを支援する組織なのだろう。
階段を下りきると再び金属の扉が行く手を遮る。
扉の上にはカメラが付いており、そちらに顔を向けると程なくして扉の施錠が解かれた。
「いらっしゃい和也君」
カウンターには老婆がいた。
上にいる店主の母親だろうか。
店内は意外にもポップな内装をしていてピンクやパープルやライトグリーンのペンキで彩られている。かかっているBGMもヒップホップというのだろうか、韻を踏んだ明るめの音楽が響いている。
反対に置かれている商品は物々しい重火器。
棚には無数の弾丸、壁にはアサルトライフルなどが威圧感を放っている。
俺は棚を回って商品をざっと見た。
店内はコンビニの二倍くらいの広さを有している。印象としては必要最低限取りそろえたといった感じだ。
銃などの類いは少なくその付属品などが大部分。
この店はすでに銃を持っている客に向けてのものなのだろう。
ほどなくして銀の45ACP弾を見つける。
あまり売れ行きのいい商品ではないのだろう。置かれている個数が少ない。
俺は弾丸の入った箱をカウンターに持って行き老婆に尋ねる。
「これを買う人はいるのか」
「たまにいるけどそういうのは外から来た人だね。ウチで定期的に買うのはアンタくらいだよ」
銀の45ACP弾を四箱購入する。
それから老婆にお勧めはないか相談した。
「――吸血鬼向けの武器ねぇ。相手の強さにもよるが、そこまでは分かんないんだろ?」
「ああ、どの程度の相手なのかは不明だ」
「んじゃあ、とりあえず動きを封じる道具が有効だろうね」
老婆はカウンターに三つの道具を置いた。
「これは銀を混ぜた射出機付きワイヤー、こっちはナイトスコープ機能付きサングラス、で、こっちが太陽光を再現する懐中電灯だ」
一応だが機能を確認する。
腕に装着するだろう黒い機械は金属製のワイヤーが収められており、指の動きと連動して射出されるようになっていた。敵の動きを封じ込めるだけでなく、色々と使えそうな気がする。
ナイトスコープ付きサングラスはスポーティーなデザインだった。
俺が眼鏡を掛けていることを考慮して度付きの物を出してくれたらしい、かけても視界ははっきり見える。
夜間用に切り替えるのはサングラスの中央部分にあるスイッチに触れるだけでいい。さりげなく切り替えられるのは助かる。
最後に人工太陽光懐中電灯だ。
金属製で頑丈な上に軽量化されていて非常に軽い。老婆に説明によれば太陽に近いスペクトルを出力してくれるそうだ。ただ、明るすぎるので普段は節電モードで使用した方がいいと教えてくれた。
合わせて計四十五万円。
これが高いのか安いのかははっきりしないが、なんとなく安い様な気はする。
なにぶん戦闘用の装備を買うのはこれが初めてだ。相場が分からない。
ちなみにここはニコニコ現金支払いのみ受け付けているらしい。
クレジットカードなどは足が付きやすいとかなんとか。どこからこれだけの武器を仕入れているのか気になってしまう。
鮮魚を売っているのもそれが関係しているのだろうか。
老婆は購入した商品を段ボールに詰め俺に渡した。
店を出て地上に上がれば、店主が「またな」と背中を叩いて見送ってくれる。
ちょうど店先ではOLらしき女性が魚を購入していた。確かにこの店が必要な人は大勢いるようだ。俺も含めて。
◇◇◇
四月七日(日)
岬が攫われたあの日が再び訪れた。
すでに岬の動きはおおよそ把握している。
問題があるとすれば両親と吸血鬼Aの動きだ。
だが、俺はこの三者をあえて無視することにした。
最終的に岬を含めた四名はあの廃工場へ集まる。居場所が確定しているのなら無駄に動き回る必要はない。それよりも俺がすべきなのはどうやって吸血鬼Aを倒すかだ。そこをクリアしなければ岬を助けることはできない。
「すぅうう、はぁぁ」
自室にて詩織に教えられた『体上術』と『鋼躰法』を繰り返し行う。
より効率よく早い発動を目指し、激しい戦闘でも途切れない持続性を獲得するために。
気が付けば時刻は十九時。
外はすっかり薄暗くなっていた。
岬が動くのは二十一時なのでそろそろ戦いに備えなければならない。
自室で戦闘服に着替え刀を腰に帯びる。ホルスターにコルトガバメントを収め、腕にワイヤー射出機を装着。
とりあえずの身支度が終わり地下ホームへと移動する。
PCが置かれた反対側のデスクには購入した銀の弾丸が置かれていて、すぐ近くには弾丸が詰められたマガジンが四つほどあった。俺はマガジンを右大腿部のスペースに挿入、それから懐中電灯を左大腿部のスペースに差し込んだ。
冷蔵庫からコーラ瓶を取り出し栓を開ける。
「すでにセーブは済んだ。もし死んだとしても問題ない」
「あまり死ぬことに慣れない方がいいキュイ」
「だったらここから出せ。今すぐに」
「それはできないキュイ」
青いイルカは相変わらず役に立たない。
この状況に慣れるべきではないことくらい俺だって分かっている。だがそうでもしなければ岬は助けられない。クリアもできない。
たとえ死んだとしても結果を出さなければならないのだ。
コーラの瓶を置いたところで二十時三十分を迎える。
そろそろ出発するべきだな。
俺はバイクに腰を下ろし、眼鏡からサングラスに交換する。
ヘルメットをかぶり、スマホのアプリを起動。
隠し通路が現われると俺はエンジンを掛けて疾走した。
勢いよくバイクが滅魔師専用地下通路に飛び出す。
タイヤを滑らせながら方向転換、回転数を上げて一気に加速した。
オレンジ色のライトが前方から後方へと流れ、ヘルメット越しでバイクのエンジン音が聞こえていた。
ここから逢魔山の麓までおよそ十五分。
吸血鬼Aが廃工場まで岬を運び込むのに一時間近くかかることを考えれば、確実に先回りできるはずだ。
まずは岬の両親を確保する。
あの倉庫にはすでに囚われている両親がいるはず、吸血鬼Aが不在の間に二人を保護し、戦闘の邪魔になるだろう要素を排除しておかなければならない。
それとできれば罠を張っておきたい。奴から岬を取り上げるには先手を打つ必要がある。
バイクは逢魔山近くに到着、スロープを使って地上へと上がる。
そこから山の中腹を目指し移動。目的地である廃工場へと入ると、倉庫の裏にバイクを停めてヘルメットを脱いだ。
「夜間用モード起動」
サングラスを中指で上げる。
夜の闇の中でもはっきりと周囲が確認できた。
俺はガバメントを抜き倉庫の中へと侵入する。
(奴はいないようだな)
動く者はいない。
奥には二人の男女が倒れていた。
駆け寄って首に手を当てた。
(脈はある。やはり気絶させられているだけか)
吸血鬼Aの目的がなんなのかは不明だが、岬に何かをさせるつもりなら人質は生かしておくべきだ。
頭が回る妖魔ならなおのことそうするだろう。
俺は奴が戻ってくる前に二人を運び出し離れた場所に隠した。
そして、倉庫に戻り懐中電灯を床に置く。
俺はそこから反対側の壁際に身を潜め、スマホのアプリを起動する。
時刻を確認しながら待ち続けた。
ザッ、ザッ、ザッ。
不意に足音が聞こえる。
それは確実にこちらへと近づいており俺を緊張させた。
(もうすぐ、もうすぐ戦いが始まる。上手くやれ銀条和也)
僅かに開かれた扉に人影が映る。
それは岬を担いだスーツ姿の男だった。
やはり額からは二本の角が生え、僅かに開いた口には鋭い犬歯が覗いている。
体格は中肉中背に顔つきはモンゴロイド、日本人と自己紹介されれば疑問を抱くこともなく受け入れてしまいそうな顔立ちをしている。
俺は左手に持ったスマホを押した。
反応したアプリは懐中電灯を遠隔点灯させる。
「ぐあっ!?」
吸血鬼Aは光にひるみ岬を床に落とす。
すかさず俺は右手の拳銃で奴の左肩を撃った。
奴は俺を認識するやいなや倉庫の外へと逃げ出す。
どうやら銀の弾丸では犬神のように動き止めことはできないようだ。
追いかけて外に出てみれば奴は肩を押さえて待っていた。
「どうしてここが分かった……」
「なぜそんなことを教えなければならない」
銃口を奴に向ける。
「計算外だ。ようやくあの御方を復活させる事ができそうだったというのに」
「あの御方?」
「だがどちらにしろすでに結界は弱まっている。復活は遅いか早いかの違いだけ。お前達人間が泣き叫ぶ姿が待ち遠しいな」
引き金を引く瞬間、奴は俺に向かって跳躍した。
素早くその場から飛び退き回避。
吸血鬼Aの振り下ろした拳は地面に亀裂を作った。
びりびり。奴は上半身の服を引きちぎり笑みを浮かべる。
「その血を一滴残らず吸い尽くしてやるよ」
「だったら俺は無数の風穴を体中に空けてやろう」
俺と吸血鬼Aの死闘が開始された。
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