十四話 消えた角倉岬

 四月七日(日)

 俺と詩織は約束通り訓練を始めた。


「よく覚えてね。滅魔師は斬魔刀を扱うだけが力じゃない。霊術も使いこなせてこそ一人前の戦士と呼ばれるの」

「しかし、聞いた話では霊術を覚えるのは時間がかかるそうじゃないか」

「基礎訓練をしていない人はね。でもかず君はすでに習得済みだから、後は実践で使える術を覚えるだけだよ」


 俺達は学校の訓練場へと来ている。

 分かりやすく言うなら運動場がもう一つあると言えばいいのだろうか。

 紙無高等学校は敷地面積が広大、中には様々な施設が建てられており生徒数もかなりのものだ。マンモス高校とも言うべき規模である。


 話を元に戻そう。


 霊術――霊力を元に発動される超常的な力である。その種類は多岐にわたり対妖魔戦においての要とも言われている。ただその有効性は対人戦においても高く、実際は妖魔に限らず人と人との争いにも度々使用されているようだ。

 では具体的に霊術とはどのような物かと言えば、代表的なのが五芒結界である。五芒星を描くことにより魔を退ける結界を張る。結界にも種類があり、退魔結界、封魔結界、物理結界、特殊結界などなど。結界と一言で言うが、実際は膨大な種類が存在する。


 ただ、今日習う術は結界ではない。

 詩織によると『体上術』と呼ばれる系統だ。


「体上術は主に身体能力を底上げする霊術なの。使いすぎると反動があるけど覚えていて損はないかな」

「人外である妖魔と渡り合うには、それくらいしなければいけないってことか」

「そうだね。生半可な覚悟じゃ戦えないと思う」


 人外と戦うにはこちらも人外にならなければならないと。

 滅魔師として生きるのはやはり過酷なのだな。


「始めるね。私の真似をして」

「分かった」

「火霊呼応、第三の力源より出でし奔流、体上の祭壇をもって我が身に敵を打ち砕く向上をもたらしたまえ、カイ


 同様の呪文を唱えると体に力が漲る。

 意味は全く分からなかったが効果は得られるようだ。


「まずは『霊言』を覚えるところからだね」

「いや、今のはすでに暗記した」

「たった一回で!?」

「驚くようなことか?」


 これくらい普通だろ。それに俺は暗記が得意なんだ。

 あの程度一回聞けば充分。


 詩織は刀を抜いて構える。


「次は上昇した動きになれる訓練だよ。殺す気でかかってきて」

「了解だ」


 眼鏡を中指で上げる。


 セーブは昨日の夜に行っているのでここで死んでも問題はない。

 もちろん死ぬ気はないし殺す気もないが。


 強化された脚は俺の体を想像よりも強く蹴り出した。

 斜め下から切り上げた斬撃を詩織は難なく防ぎ、すぐさま後方へと下がる。俺はそれを追うようにして次の攻撃を繰り出した。


 刃と刃がぶつかり甲高い金属音が響く。


 俺と詩織の間で力と刀がせめぎ合う。


「かず君飲み込みが早すぎるよ」

「評価は?」

「九十八点」

「あと二点はどうした」

「それは――」


 足払いをされて俺は地面に転んだ。

 切っ先が眼前に突きつけられ勝敗は決する。


「ふむ、そう言うことか」

「術を使っていると注意力が落ちやすくなるんだ。戦いではほんの一瞬の気の緩みが命に関わる、くれぐれも気を抜いちゃだめだよ」

「肝に銘じる」


 さすがは詩織か。こうもたやすく負けてしまうとはな。

 彼女との実力差は思っているよりも大きいようだ。


 俺は立ち上がりながら服に付いた土を払う。


「思ったんだが……この力を使っていれば、屋上での戦いも俺に勝てたんじゃないのか」

「あの時は緊張してて霊術のこととか頭になかったんだ。純粋な実力で勝つことばかり考えてて。それにほら、かず君も術を全く使わなかったし」

「俺に引っ張られたってわけか」


 確かにあの戦いに込める想いは強かったように思う。

 殺すと言ってはいたが、実際のところ彼女は殺害を目的にしていたわけではなく、俺と交際をすることが主題だったわけだしな。好きな相手が使わない手段は自分も使わない、と無意識に思っても何もおかしくはない。


 とは言えもし使われていたら俺に万が一も勝ち目はなかっただろう。


「それじゃあ次は『鋼躰法』を覚えようか。こっちは霊術じゃないからさっきみたいにあっさり習得って感じにはいかないと思う」

「具体的にはどのような技なんだ」

「特殊な呼吸法で守りを強化するの。すごい人は霊術と組み合わせて銃弾も跳ね返すんだよ」


 ほう、それは是非とも体得したい。

 戦闘服だけでは心許なかったからな。


 詩織に教わった呼吸法は予想していた以上に難しいものだった。


 しかもすぐに効果は現われない。徐々にだ。故にダメージを受ける前にあらかじめ呼吸をしている必要があるのだ。


 その日から俺は鋼躰法を会得するために地道な訓練を開始した。



 ◇◇◇



 四月九日(火)

 詩織と一緒に下校する。


「どうしたんだろ岬ちゃん」

「風邪じゃないのか」

「そうなのかな」

「気にかかるのなら見舞いに行けばいいじゃないか」

「うん」


 昨日と今日、角倉岬は学校を欠席していた。

 学校側に連絡はなく欠席理由は不明。

 ムードメーカーである彼女がいないおかげで教室は妙に静かだった。


 俺と詩織は岬のことが心配になり家へ行くことにする。


「おかしいな……人気がない」


 角倉家の前で詩織はつぶやく。

 俺は門を開けて扉に手を掛けた。


 ――鍵が開いている。


「ごめんください」


 中に声をかけてみるが反応はなかった。

 詩織の言う通り人のいる気配がない。


「家族揃って出かけてるのかな」

「鍵を開けて行くか普通」

「だよね。でもそれくらいしか思いつかないし」


 ひとまず今日のところは帰ることにした。

 角倉家の門を出ると詩織から提案が向けられる。


「明日は夜回りに付き合ってもらえるかな」

「夜デートだな」


 いきなり抜刀したので俺も即座に反応して防ぐ。


「デ、デデデ、デートじゃないよ! 夜回りだよ!」

「どっちでもいいが、恥ずかしくなったら斬りかかってくる癖をいい加減治せ」

「まだ付き合ってないんだからね!」

「キャラが崩壊してるぞ。いいから落ち着け」


 刀を収めた詩織は顔を赤くしていた。

 まったく油断も隙もない。

 こいつ本当に好感度100%なのか。数字間違ってないよな。


 俺は詩織と家の前で別れ帰宅した。





 適当に夕食を作りリビングのソファに座る。

 TVの電源を入れると食事を始めた。


『昨晩八時頃、紙無町の路上にて新たに女性の遺体が見つかりました。遺体はいずれも体液を全て失った状態で発見されており、妖魔の犯行ではないかと専門家は指摘しております。これで亡くなった方は十一人となります。警察は妖魔の犯行も視野に入れ、連続殺人事件として現在も捜査を続けております』


 ニュースキャスターの言葉に俺は眉をひそめた。

 犬神を退治したはずなのに事件はずっと続いているのだ。


 だとすると犯人は犬神ではなかった、そう考えるのが妥当だろう。


 脳裏に拳銃を撃つ角倉岬の姿がよぎった。


 そう言えば岬はどうしてチュパカブラを追いかけていたのだろうか。

 あの時は単にデビルハンターだからと納得していたが、よくよく考えてみれば少し不自然だ。

 デビルハンターは無償では動かない。もしその鉄則が本当なら、チュパカブラは狩らなければいけないだけの犠牲者をすでに出していることになる。


「待てよ。チュパカブラって吸血をする生き物だったよな……」


 チュパカブラは襲った生物の血液を吸うと言われている。

 もちろん現実には存在しない都市伝説的な生き物なので事実かどうかは不明だ。


 だがもしこの連続殺人事件がチュパカブラによって引き起こされていたなら、岬が俺の目の前で撃ち殺した理由も説明が付く。


「犯人であるはずのチュパカブラは殺された。なのに未だに事件が続いているのはなぜなんだ」


 他のチュパカブラがいるのか?

 それとも似たような何かがこの町に潜んでいる?


 恐らく岬もそのことに気が付いたはずだ。

 彼女が欠席したのもそれを追いかけていたからなのかもしれない。


 しかし……両親も不在なのは気になるところだ。

 もし戻ってきたら事情を聞くとしよう。


 俺は立ち上がってカーテンの隙間から隣を覗く。


 窓には明かりがなく暗闇に包まれていた。



 ◇◇◇



 翌日、俺は約束通り詩織と夜回りに出かけることになった。

 時刻は午後七時。俺は自室にて戦闘服に身を包む。


「しまった。銀の弾丸を購入しておくべきだったな」


 ホルスターに銃を収めて呟く。


 取り出すのは岬にもらった田中商店の名刺だ。

 早い内に見に行こうと考えていたのだが、ついつい後回しにしてしまい今に至る。

 せっかく教えてもらったんだ、明日には顔を出してみるか。


 名刺をデスクに置き、中指で眼鏡を上げた。


「か~ず~く~ん」


 一階から詩織の声が聞こえる。そろそろ時間か。

 もしもの為に別枠でセーブを行いアイコンを閉じた。


 玄関に向かえば戦闘服姿の詩織がいた。


 相変わらず黒い服は密着していてスタイルが浮き上がっている。

 やはり何度見てもエロい。そして、ちっぱいがイイ。

 俺の息子まで戦闘に備えてやる気を出してしまいそうだ。


 俺は詩織と共に家を出る。


「今夜は満月だね」

「そう言えばそうだな」


 今夜は星は見えず雲が覆っている。

 隙間からくっきりと浮かび上がった満月が顔を出し地上を照らす。

 俗に言うおぼろ月である。


 生ぬるい風が吹き妙な怪しさを醸し出していた。


 夜回りもようやく二度目。

 前回は酷い有様だったが今回は何が出てきてもすぐに対応できるはずだ。


 しかしながら俺はどうしてこんなことをしているのだろうな。

 一応恋愛シミュレーションゲームに入ったはずだ。女の子といちゃいちゃしながら楽しく平和に恋愛のノウハウを学ぶはずだったのだ。ああ、俺でも誰かと恋ができるんだなとか実感させる流れになるはずだったんだ。

 なのにこうも痛みと苦しみにまみれて死にまくるのはなぜなんだ。俺が悪いのか。

 否、全てはこのゲームを作り俺を閉じ込めた奴らが原因だ。


 なにが死にゲー型アクション恋愛シミュレーションゲームだ。

 ふざけるな。俺は必ずクリアしてここから出て行くからな。


「かず君、今回も夜食作ってきたからね」

「ありがとう」


 ふん、もう少しだけゲームに付き合ってやるとしよう。

 制作者共は許さんが詩織に罪はないからな。


 そんなことを考えていた矢先、視界に文字が出現した。



 【GAME OVER】



 は? げーむおーばー??


 次の瞬間、視界は暗転し俺は目を覚ます。

 そこはあの白い部屋だった。


(なんだ、何が起きた。なぜここへ戻ってきた)


 未だ混乱しており頭の中が整理できない。

 俺は死んでいなかった。なにかに不意打ちを受けて死亡した感じでもなかった。

 前触れもなく唐突に俺はここへ戻ってきたのだ。


 こんな時は青いイルカだ。

 たまには役に立ってくれよ。


「何が起きたか把握しているか」

「もちろんキュイ」

「教えろ。俺はなぜ戻ってきた」

「角倉岬が死んだキュイ」


 ……なんだって?


「角倉岬が死んだからタイトル画面に戻ってきたキュイ」


 ばかな。岬が死んだだと。

 いやしかし、ヒロインが死ねばここに戻されることは事前に聞いていた。つまり奴の言っていることは本当なのだろう。だがどうして。どうして岬が殺されることになったんだ。いつ、どこで、誰に、どうやって。なぜ。


 落ち着け、冷静になれ銀条和也。

 殺された時刻は分かっている。分からないのはどこで誰に殺されたのかだ。

 今は理由は後回しにする。優先すべきは岬の救出だ。


「アドバイスするキュイ。最新のセーブから救出に向かっても間に合わないキュイ」

「離れた場所にいるということか」

「そうじゃないキュイ。闇雲に探しても無駄に時間がかかるだけだと言ってるキュイ。それなら時間を遡って行動を追った方が効率が良いキュイ」


 なるほど、確かにその通りだな。

 たまには役に立つことを言うじゃないか。

 見直したぞ青いイルカ。


 岬には六日の土曜日に会っている。あれが最後の接触だった。

 だとすれば七~九日の間に何かがあったということだ。


 そして、十日の夜に殺された。


 戻るなら六日からだろう。

 あのカレーを食べた夜からやり直すんだ。


 俺は四月六日へと飛んだ。


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