十二話 平和な日常
詩織との夜回りから数日が過ぎた。
学校生活は至って普通、むしろ平和すぎて不安になるくらいだ。
詩織と岬と揃って登校、普通に高校生の授業を受け、昼は三人で食事(桂木は好感度を下げる為に一人で食べてもらっている)、放課後も揃って下校。
絵に描いたような理想の学園生活を送っていた。
「わぁ、かず君のお弁当今日も素敵」
「意外に女子力高いわね……なんなのこの敗北感」
「ふっ、エリートとは万能でなければならないからな」
中指で眼鏡を上げる。
今日の昼食は春をイメージした山菜弁当、彩りを重視した華やかな内容となっている。
実はスーパーで山菜を見かけたときからずっとこれを考えていた。どう調理すべきか昨夜もネットで調べ上げ、ようやく今日を迎えたのである。
どうだ詩織、お前ではこの弁当は作れまい。
だが、俺が向けた視線の先には至高の弁当があった。
一見何の変哲もない弁当。しかし、俺には分かる。厳選された食材、素材を極限まで生かす調理、見る者の食欲を刺激し引きつける色彩、どれをとっても一級品だ。恐らく味も素晴らしいのだろう。
(くそっ、なんて奴だ。まるで三つ星シェフが目の前にいるような錯覚を抱いてしまいそうだ。心なしか弁当が光って見える)
もちろん勝負をしようなどと約束をしたわけではない。これは俺が勝手に抱いているライバル心なのだ。
ただ、この数日間一度も勝てなかった。
詩織は恐ろしいまでに料理が得意なのである。
それから岬の弁当を見ると悲しい気持ちになった。
「な、なによその目」
「なんでもない」
サンドイッチとペットボトルの飲み物。会社でもよく見たコンビニセットだ。
別にコンビニ商品をおとしめるつもりはない。俺も素直に美味いと思っているからな。だがしかし、味気ない様に思うのもまた事実。
彼女の両親は忙しいのだろう、だからこそ哀れみのような感情をより抱かせる。
「明日から岬の分も作ってこようか?」
「いいわよ別に。アタシはこれが気に入ってるの」
「でも栄養が偏らないかな」
「平気だって。詩織は変に気を遣いすぎよ」
気にした様子もなく岬はサンドイッチを頬張る。
不安そうな詩織は俺に視線を向けた。
(ふむ、俺にどうにかしてもらいたいようだな。確かに不摂生は感心しない。何事も健康第一、若くして損なえば将来も大きく変ってくる。ここは俺が一肌脱ぐべきか)
俺は箸でおかずをつまんで岬に差し出した。
「なによそれ」
「食え」
「はぁ?」
きょとんとする岬の口に強引におかずを押し込んでやる。
すると詩織も真似しておかずをねじ込んだ。
「――なにすんのよ!」
「ふっ、親しき者に餌をやっているだけだ」
「アタシはそんなこと頼んで、あむっ」
ひょいひょいと詩織が岬の口におかずを入れ続ける。
まるで雛に餌を運ぶ親鳥。
詩織は岬の食べる愛らしい姿に興奮している様子だった。
「ほらほら、もっと食べて。じゃないと大きくなれないよ」
「アタシ詩織より大きいけど……はぐっ」
「ふふ、岬ちゃん可愛い」
そして、詩織は弁当を空にしてしまう。
仕方がない。俺の弁当を少しだけ分けてやるか。
「ほら」
「へ」
箸で差し出してやると詩織は目をぱちくりさせた。
強引に口へとねじ込んでやると彼女は顔を真っ赤にしてもぐもぐする。
「いいなぁいいなぁ、俺もそこに混ざりたいなぁ」
離れた場所で一人弁当を食べる桂木。奴は羨ましそうにじっとこちらを見ていた。奴だけではない。クラスの全ての男子が殺気の籠もった目で俺を見ているではないか。
「詩織ちゃんと岬ちゃんに間接キスできていいよなぁ」
「!?」
そうだ、今の行為はまさにそれ。
あまりにも二人が自然に接してくるので、親戚の子へおかずを分けてやるような感覚でやってしまった。
普段は決してこんなことはしないのに……迂闊だった。
そう思うと俺は顔が熱くなるのを感じる。
同様に詩織も岬も恥ずかしそうにうつむいていた。
「よーし、俺も二人におかずを分けてあげるぜ」
「けっこうです」「いらない」
桂木撃沈。彼は涙ぐんで静かに母親の作った愛情弁当を食べ始めた。
教室中から彼へ哀れみの目が向けられる。
そんな桂木の姿を見ながら俺は好感度を表示させた。
飛村詩織 [130/200%]
角倉岬 [10/100%]
歩宮風花 [0/100%]
桂木馬之助[26/100%]
地道に桂木を罵倒しながらも避け続けてきたので好感度は急激に落ちている。
そろそろ一緒に昼食をとっても問題ない頃だろう。
この世界の銀条がそうだったように、俺もまた桂木は嫌いではないようだ。
「やっぱり明日から岬ちゃんのお弁当も作ってくるね」
「そうして。今日みたいなのが毎日続くと精神が保たないわ」
「うん」
結局、詩織が作ると言うことでひとまず片は付いたらしい。
ほんの一瞬『俺のも作ってくれないか?』との思いがよぎったが、三人分の弁当を作らせるのはどう考えても大きな負担だ。ここは余計なことは言わない方がいいだろう。それにもし断られたら恥ずかしいではないか。羞恥心で死ねる自信がある。
そっと中指で眼鏡を上げた。
◇◇◇
食事後、図書室へ来た俺は机にコーラを置いた。
もちろん俺が飲むためではない。
窓際に座る銀髪の少女への相談料だ。
「いらっしゃい。先輩」
「今日は何の本を読んでいるんだ」
「眼鏡男子の嫌がる行為ベスト百って本」
「正直に言え。本当は俺のこと大嫌いだろ」
軽口を叩きつつ席に座る。
こんなやりとりはいつものことだ。風花は俺にさして興味もなければ好意も嫌悪もない。常にニュートラルな立ち位置から俺を相手する。
そして、俺も彼女には興味がない。いや、これはあまり正しくないか。興味はあるが彼女がそれを望んでいないのであえてそうしていると言うべき。風花からは余計な質問をするなというオーラが伝わってくるのだ。故に俺は必要以上に踏み込まないことを決めていた。
「それで相談なんだが、どうすれば滅魔師として強くなれる」
「強くなるとは具体的に?」
「戦闘方法だ。この先も妖魔との戦いがあることはほぼ確実だ。それまでにできるだけ強くなっておきたい」
「修行的なことをしたいと」
パタンと本を閉じて机に置く。
それからコーラを手に取ってタブを開けた。
「飛村詩織に指導を頼むべき」
「詩織に?」
「彼女は全国でもそう多くはないAクラス滅魔師、しかも最上位であるSクラスに最も近い人物の一人と目されている。彼女の指導を受ければ実力はぐんぐんうなぎ登り」
ふむ……やはりそうなるのか。
実は俺も詩織から指導を受けるべきだと考えていた。ではなぜこのような質問をしたのかというと、もしかしたら詩織よりも知識が豊富で経験豊かな指導者がいるのではと考えたからである。
もちろん知らないなら知らないで別に構わない。もともとそこまで期待はしていなかった。
「霊術なら桂木馬之助に聞いた方がいい」
「なぜそこであいつの名前が出てくる」
「……?」
俺の言葉が理解できないらしく小首を傾げる。
「桂木家が三大十二小家の一つなのは先輩もよく知ってるはずでは?」
明らかに怪しんでいる。ジト目で俺を見ていた。
ここにいる俺は以前の俺とは別人なのだと説明するべきか。だがそうなればこの世界がゲームだと教えなければならなくなる。言ったところで信じてもらえる確率は低いと思うが、俺の発言が悪い影響を与えないとも限らない。上手く濁すのが無難か。
「最近物忘れが酷くてな。差し支えなければ教えてくれ」
「……まいっか。三大十二小家は代々有力な滅魔師を輩出する由緒正しい血筋にして、対妖魔の中核であり、滅魔師の象徴的存在。日本のほぼ全ての滅魔師は彼らの傘下にいると言われている」
「ふむ、華族的なものだろうか。で、桂木家はその一つであると」
風花はコーラを一口飲んでから話を続けた。
「桂木家は霊術を得意とし、その強力な退魔によって妖魔を封じる。言わば結界のエキスパート。中でも桂木家三男桂木馬之助は才覚に恵まれ、桂木家の麒麟児とまで呼ばれている」
「あいつそんなにすごい奴だったのか」
「そう、貴方とは違って」
意味深な物言いに眉をひそめた。
俺が滅魔師として大した才能がないことを知っていると言いたいのだろうか。
「ところで霊術とはなんなんだ」
「霊力を使用して発動される術のこと。妖魔が扱う妖術とは相反する力を持っていると言われていてる」
「もしかして斬魔刀も霊術によって作られているのか」
「おおむねその認識で正しい」
俺が不可思議な力だと認識していたものは霊術だったのだな。
ようやく理解が追いついてきたぞ。つまり霊術と斬魔刀を駆使して妖魔を倒すのが滅魔師という存在ということか。
この程度の情報は最初に開示しろ青いイルカ。
漂うイルカを睨み付ける。
「オイラに惚れたキュイ?」
「自意識過剰なのか!」
つい反応してしまった。
だが風花は特に気にした様子もなくコーラを飲んでいた。
ちなみにだがこの青いイルカは俺以外には見えない仕様になっているらしく、今も彼女には俺しか認識できていない。
断言しよう、空中を漂う青いイルカなど見えない方が幸せだ。
「訓練は詩織に頼むつもりだ。その方が実践的なことを教えてもらえそうだからな」
「妥当な判断。霊術は習得するのに時間がかかるし才能に大きく左右される分野でもある、それよりもすでにある技術を発展させ、洗練した方が強くなると言う目的は達成されやすい」
俺もそう考えたから詩織を選んだ。
得体の知れないものより自分が理解しやすい方を選んだ、と言った方がいいのかもしれない。剣術やそれに付随する事柄は幾分まだ俺に優しい。さらに付け加えれば詩織の好感度を上げる良いチャンスでもある。
実のところここ数日目立った進展もなく少しだけ焦りを覚えていた。
期間は一ヶ月しかないのだ。有効に使わなくてはいけない。
俺は聞きたいことが聞けて席を立つ。
そろそろ昼休みも終わり。
次の授業に向けて動かなくてはいけない。
図書室を出ようとしたところで風花から呼び止められる。
「先輩ってもしかしてこの学校を普通の高校だと勘違いしてたりする?」
「どうしてそう思う」
「桂木馬之助に対しての驚きが少し違う気がした」
「…………」
風花は答えを聞くこともなく話を続ける。
「この学校は滅魔師育成の機関、在籍する八割の生徒に対妖魔の知識と技術がある。学生の身分で武器の所持が認められているのもそう言った建前があるから」
「だがほとんどの生徒は武器を持っていないようだが」
「全員が所持したらどうなるか想像してみればいい。喧嘩が殺し合いになる。だから学校では強い自制心を備えた成績上位者のみに許可している」
強い自制心……があるはずの詩織に俺は何度も殺されているのだが。
しかし、岬が銃を隠している理由の一つが、規則によるものなのはなんとなく察する事ができた。他にもありそうではあるが単純に考えればまずはそこだろう。
そこでふと、とあることに思い至る。
「俺は成績上位者なのか」
「先輩は下から数えた方が早い」
ふぐっ、強烈なボディーブローをもらったような感覚だ。
全てを主席で卒業してきた俺が下から数えた方が早いだと、なんて拷問、なんて屈辱、ここは地獄だったのか。いや、地獄だったな。
とにかく許しがたい事実だ。今すぐにでも改善させるべき事案である。この俺はエリート、どこに行っても重宝され高評価を与えられ信頼が寄せられなければならない存在だ。底辺などとは無縁でなければならない。
「今月は学校の都合で取り締まらないかもしれないけど、来月からは武器の所持はできなくなると思う。それが嫌なら定期試験で頑張るしかない」
「それはいつだ」
「五月中旬」
ゲームのスケジュール外じゃないか。とするならそこまで気にしなくても良いと言うことか。だがしかしなんとも気にくわない。この俺が成績下位などと。この世界の銀条和也はよく平気だな、呆れて言葉も出ないぞ。
俺は怒りの炎を胸に秘めたまま、静かに眼鏡を上げた。
「情報感謝する。また相談に乗ってくれ」
「次は桃の天然水でいいから。ヒューヒュー」
「そんな懐かしい飲み物よく知ってるな」
両手ピースをクロスさせて風花はポーズを取る。
まったくもって正体不明な一年生だ。
もう少し声に抑揚があればかわいげもあるものだが。
図書室を出るとそのまま階段へと向かう、教室は隣の校舎にあるので一度一階まで下りなければならない。
「ふざけんなよてめぇ!」
「ははは、あの女俺のベッドでよく鳴いたぜ」
階段の踊り場では二人の男子学生がにらみ合っていた。
どちらも腰に刀を帯びており危険な雰囲気だ。
どうしたものか。このまま横を通ると争いに巻き込まれるかもしれない。
だがもうすでに次の授業開始まで時間がない。ここは覚悟を決めて通り抜けるべき。
俺は静かに階段を下りて踊り場を通り抜けようとする。
「ぶっ殺してやる!」
「やれるものならやってみろよ」
一人が抜刀し斜め下から切り上げる。
もう一人は寸前で躱した。
「ぎゃぁぁあああああ!」
代わりに横を通っていた俺が斬られてしまった。
【YOU DIED】
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