十一話 犬神捕縛

 タイトル画面に戻った俺はしばらく呆然としていた。


「そろそろやる気を出すキュイ」

「黙れ青いイルカ」


 やる気はある。何ら変わりはない。

 ただ、何故死んだのか分からなかっただけだ。


 岬が俺を殺した理由など考えるだけ無駄かもしれない。そもそもこのゲームは理不尽にプレイヤーを殺すようにできているのだ。俺がいくら考えたところで答えなど出るはずもない。

 まったくどこまでも俺を困らせるゲームだ。


「行くか」


 のそりと立ち上がってロードを押した。



 ◇◇◇



 四月二日の19:00に到着。

 一階の玄関では夜回りヘの誘いに来た詩織が待っているはず。


 窓から外を覗けば岬の部屋に明かりが灯っていた。


(予定通り)


 窓を開けて屋根に出ると、そのまま隣の家の屋根に飛び移り岬の部屋の窓を叩く。

 一回目のノックは反応がなかった。二回目もない。


 三回目にノックしたところでカーテンが開けられた。


 普通の服を着た岬は、俺を見るなり顔をしかめて迷惑そうな表情を浮かべる。

 この様子を見るに屋根伝いで会うのは初めてではないようだ。


 窓が開けられ岬が身を乗り出した。


「何?」

「銀の弾丸を売ってくれ」

「はぁ??」


 今度は驚愕の表情に変る。

 何故持っていることを知っているのかと言いたそうな顔だ。


「百万出す。銀の45ACP弾が今すぐ必要なんだ」

「ア、アタシがそんなもの持ってるわけないでしょ」

「売ってくれないのなら詩織にお前がデビルハンターだってことバラすぞ」

「うっ」


 効果ありとみた。

 やはり詩織には正体を隠したいようだな。


 これは脅しと同時に『望むなら秘密にしてもいい』というメッセージでもある。


 俺はさらにたたみかけるように言葉を続ける。


「それとお前のパンツだが、あれは四百万で購入することにした。金は明日用意するから今日のところは口約束で我慢してくれ」

「はぁぁ!? 四百万!?」

「なんだ、角倉岬のパンツはそんなにも価値がないのか」

「ちがっ、ちがうわよ! あるわよ四百万の価値!」

「だったら早く弾丸を持ってこい。時間がないんだ」

「あーもう! いきなりすぎてわけわかんない! ちょっとまってて!」


 タンスを漁り初め、部屋の中にがさごそ音が響く。

 のぞき込めばベッドの上に青い戦闘服が放り出されていた。


「これ!」


 岬は俺の手にあの銀の弾丸を乗せた。

 これで人狼を倒すことができる。


「本当に五百万くれるんでしょうね」

「お前には今回の件で世話になっているからな」

「?」

「明日の夕方渡しに行く」


 俺は岬に礼を言ってから自室に戻り、ひとまず別枠でセーブをした。

 これで何度でも銀の銃弾が手元にある状態でやり直せる。


 それから黒のボストンバッグを掴み一階へ移動。


 冷蔵庫にある肉類を手当たり次第にバッグの中に放り込み、それから香辛料の瓶を全て投げ入れた。これで準備は整ったはずだ。


 玄関へと向かい詩織と合流する。


「かず君、ずいぶんと慌ててたね」

「気にしないでくれ。必要な物を急に思い出したんだ」


 二人で玄関を出て夜道を行く。

 その間、俺は装填されていた弾丸を抜き、マガジンに銀の弾丸を入れる。

 これでいつでも銀の弾丸を撃てる状態となった。


「そのバッグ、何が入ってるの?」

「肉とか香辛料だ」

「えぇ!? ちゃんと夜食あるよ!?」


 詩織は持ってきたバッグを見せて悲しそうな表情だ。


「俺が食べるんじゃない。妖魔対策だ」

「あ、なるほど! いざというとき肉を囮にするんだね!」


 ほぼ正解だな。とはいえ使いどころがあるかどうか分からない。

 あくまでも念のためだ。

 使用しなければ明日の昼飯になる。


 再び詩織のあの話を耳にする。

 俺は決まった返事をして同様の流れを作る。


 不意に背後から冷気のようなものが流れた。


 直後に詩織が叫ぶ。


「かず君!」


 俺は抜刀して背後に袈裟斬りする。


「ぎゃうっ!?」


 大きな人影から血しぶきが舞った。

 前回と同様ほんの一瞬ひるんだものの、後方へと跳躍、距離を取ると威嚇のつもりなのか姿勢を低くして唸る。


「ぐるるる」


 茶色い毛に覆われた人狼。

 鋭い獣の目は俺を睨み、唾液に濡れた牙をむき出しにした。


 すかさず銃を構えるが奴は跳躍、建物の屋根へと飛び移り、俺達を見下ろしてから逃走を開始する。


「かず君は回り込むように動いて。捕獲は私がする」

「挟み撃ちだな。分かった」


 詩織はまっすぐ犬神を追いかける。

 俺は側面を移動し奴が現われるだろう場所へ先回りする。


 そして、バックから肉を取り出し道に置いた。


 電柱の陰に身を潜めその時を待つ。


「まて~! 逃げるな~!」


 詩織の声が聞こえる。

 どこからか破壊音が響き獣のうなり声が木霊した。


 近い。もうすぐここへ来る。


 再び俺にあの冷気が感じられた。

 これは殺気だろうか。感じたことのない死を予感させる冷たさが身体を震わせた。

 少しずつだが俺は成長しているようだ。以前なら分からなかったのだから。


「ぐるるる?」


 来た。息を殺す。


 肉をむさぼるような音が聞こえ始める。

 まんまと罠にかかったようだ。

 まだ詩織は追いついていないようだが好都合。


「喰らえ!」


 電柱の陰から飛び出しコショウ、ガラムマサラ、パクチー、山椒、唐辛子を混ぜた袋を投げつける。

 しゃがみ込んで豚肉を食べていた奴は、顔面に飛んできた袋にひっくり返った。

 ほぼ同時に袋からなんとも言えない色の粉が噴出し、辺りにもうもうと砂煙のように漂う。


 あ、これ俺もヤバい。


 慌てて口を手で押さえる。

 恐ろしいことに肌がピリピリする。


「あぎゃっ! ぎゃふっ!! ぎゃふっ!!」


 起き上がった犬神は大きなくしゃみを始めた。

 効果抜群、奴は涙を流して悶えている。


「かず君!」

「俺が一撃を入れる、お前が捕まえろ!」


 駆けつけた詩織は頷いた。

 バッグからロープを出して構える。


 奴は目と鼻を押さえながらも激しく動き定まらない。

 ここは一瞬でも動きを止める必要がある。


 ガバメントを構え狙いを定めた。


 トリガーを引いた刹那、銀の弾丸は発射される。

 犬神の脚に命中すると時間を止めたかのようにピタリと停止した。


「捕縛!」


 ロープが奴に巻き付きひとりでに締め上げる。

 素早く駆け寄った詩織は、懐から出したお札を犬神の額に貼り付けた。

 直後、奴は力なく倒れてしまう。どうやら気絶したようだ。


「かず君! やったよ!」

「ああ」

「これで犠牲者も出なくなったんだよ!」

「ああ」


 俺はあいづちを打ながらずっと詩織を見ていた。

 これで彼女は助かった。俺は最も望んだ結果を掴んだのである。

 もう彼女が犬神に殺される心配はない。


「あ、来た」


 振り返ると、黒いハイエースが近づいてきていた。

 目の前で停車したかと思えば、黒い戦闘服を着た体格の良い四人の男が出てくる。

 いずれも腰に刀を帯びており物々しい雰囲気だ。


 彼らは捕らえた犬神を車に運び入れ乗り込む。

 車はほんの数秒で走り去っていった。


「なんだったんだ」

「全滅連の人達だよ。捕まえた妖魔はあの人達が連れて行くの」

「どこへ?」

「たぶん本殿かな」


 何を言っているのかさっぱりだが、ようは捕まえた妖魔をどうこうできる組織があるということなのだろう。

 まったくもって覚えることが多すぎて嫌になる。

 誰か必要な情報だけまとめた資料を俺に提供してくれ。


「へくち」「くしゅん」


 詩織と俺は同時にくしゃみをする。

 未だに漂っている香辛料がむずむずさせるのだ。

 やり過ぎた感は否めない。


「どこかで夜食を食べよっか」

「そうだな」


 夜の公園のベンチに揃って座る。

 詩織は大きめのタッパーを開けて俺に見せた。


「美味しそうなおにぎりだ。いただくよ」

「うん」


 運動の後のおにぎりは、どうしてこんなにも美味なのだろうな。

 もう一つのタッパーから卵焼きをつまみとって口に入れる。やはり詩織の料理の腕は一流だな、俺が認めただけのことはある。


「かず君ありがとう」

「ん?」

「準備してくれた物ってこのためだったんだね」

「……そうなるのかもな」


 あえて濁した。何度も死んでいるなんて言えるわけないからな。

 この夜回りが終わったら岬にはもう一度礼を言っておこう。それとアドバイスをくれた風花にも。ま、本人達は何のことか分からないだろうが。


「また夜回りに付いてきてくれる?」

「もちろんだ」


 笑みを浮かべると詩織は赤い顔でぼーっと見ていた。


「もしかして顔にご飯が付いているのか?」

「え!? ち、ちち、違うよ!」


 両手を振って全力で否定する。

 ずいぶんな慌てようだ。


 訝しげに見ながら唐揚げをつまむと思わず至福の声が漏れる。


 なるほど、その味付けできたか。くっ、なんと癖になる味。

 悔しいが唐揚げに関しては俺は足下にも及ばない。


「なんで悔しそうなの?」

「エリートだからな」


 俺と詩織は無事に夜回りを終え帰宅した。



 ◇◇◇



 翌日、学校に行った俺は図書室へと出向いた。


「――お礼?」

「そうだ」


 風花を見つけてコーラを渡す。

 受け取った彼女は不思議そうにしていた。


「鉄骨飲料は?」

「よし、今すぐどこに売っているか教えろ」

「冗談」


 ぷしっ、とタブを開ける。

 おいおい図書室で飲むなよ。


「ご褒美に良いことを教えてあげる」

「なんだ」


 風花はコーラの缶を机において、すいっと滑るようにして俺の顔に顔を寄せた。

 眩しいくらいの美少女が唇がぶつかりそうなほど接近してくるのだ、冷静であることを常としている俺でもさすがに動揺してしまう。


「角倉岬に注意した方がいい」


 そう言って身を引いたかと思えば、机の近くに戻ってコーラを飲む。

 なんなんだこの少女は。未だによく分からん。


「注意しろとはどう言う意味だ」

「アクエリアスレモンを一年分くれたら教える」

「……言うつもりはないってことか」


 だがしかし、注意しろとはどっちの意味だ。

 要領を得ない助言は逆に迷惑なのだが。


 窓が開いているのか図書室のカーテンが揺れ、生ぬるい風が入ってくる。

 光が差し込み風花の銀髪は眩しく輝いた。

 こうして日の当たる場所で見ると、やはり詩織や岬に引けを取らないくらいの美しい少女だ。なぜヒロインに含まれていないのか逆に不思議なくらい。


「先輩……そんなに見つめないで」

「急に態度を変えるな。気持ちが悪い」


 無表情でそんな台詞を吐かれても何も感じないぞ。

 お前はもう少し色気という物を学んでこい。


 眼鏡を中指で上げる。


「今後も相談があればのる。報酬はジュース」

「覚えておく」


 俺は風花に軽く手を振って図書室を出た。



 ◇◇◇



 夕方、俺は包みを持って角倉家を訪れる。

 もちろん約束の報酬を支払う為だ。


「ほんとに来たんだ」

「嘘を言ってどうする」


 出迎えてくれた岬は家の中に招いてくれる。

 ただ、今回は母親とは顔を合わせることはなかった。


 彼女の部屋へ入ると俺は正座して包みを開く。


「銀の弾丸で五百万なんて話がうますぎる気がするけど……」

「勘違いするな。俺は弾丸を百万で購入し、パンツを四百万で買ったんだ」

「そうだった! 私のパンツは超高額で売れたんだった!」


 両手で顔を覆って叫ぶ岬。

 いいじゃないか、長い人生一度くらい美味い話もある。パンツが四百万で売れることだって奇跡的にあるかもしれん。お前はたまたまそれを迎えたんだ。


「ところで岬はどうやって銃弾などを購入しているんだ」

「ああ、それは専門の業者に頼んでるんだよ。ちょっと待ってて」


 岬はベッドから立ち上がってデスクの引き出しの中を漁る。

 差し出したのは一枚の名刺だった。


「田中商店?」

「表向きは魚屋だけど、裏はデビルハンター専用の武器を仕入れている武器店よ。もし銀の弾丸が必要になったら次はそこへ行きなさい」


 名刺の裏には地図が書かれていた。

 ここから結構近いな。


「なにからなにまで悪いな」

「別に大したことしてないけど。つーかなんであんた、アタシがデビルハンターだってこと知ってんのよ」


 その質問は予想していた。

 俺は眼鏡を中指であげながら答えてやる。


「逆に聞くがどうして俺が気が付かないと思っていた。どうせお前は、俺がただの馬鹿な変態だと油断していたのだろう?」

「うっ、それは……」

「お前からはかすかに硝煙の臭いがする。それに普段からも戦いに慣れた者の独特の行動が見て取れた。あとは連続殺人事件が起きているというのに夜に出歩いている点だ」


 ずばっと指し示したところで、岬は雷に打たれたように衝撃を受けた。

 ちなみに俺の指摘は全てでたらめだ。まったく硝煙の臭いはしないし、そんな行動をしているのかも知らない。最後のはなんとなくそうだろうという予想だ。


「参ったわね。上手く誤魔化せていたと思ってたのに」

「心配するな。詩織は気が付いていない」

「それならいいわ。あの子はたった一人の親友だもの」


 彼女は溜め息を吐いて両手を後ろに突いた。


「黙っててくれるわよね」

「敵対しなければな」

「そんな予定ないわよ。こっちはある意味そっち側でもあるんだし」

「?」


 そっち側とはどっち側だ?

 頼むから分かりやすく俺に説明してくれ。


「でも五百万なんて明らかにもらいすぎなのよね。そうだ、アタシがあんたの相談役になってあげる。どうせあんた半分はデビルハンターだし、同業者との情報交換ってことで色々融通してあげるわ」

「それは嬉しいが……半分とは?」

「はぁ? あんた自分で言ってたじゃない、俺の母親は元デビルハンターだって。その銃も亡くなったお母さんの形見でしょ」


 今度は俺が衝撃を受けた。


 この銃が母親の形見だと……?


 ホルスターからガバメントを抜く。

 使い込まれているが手入れが行き届いていて保存状態は良好だ。不思議と持つと安心感があった。ただ、形見だと思うと妙に重く感じる。


 これは間違いなくこの世界の銀条和也が最も大切にしている物だ。


 直感でそう感じた。


「そろそろ遅いから帰ったら?」

「そうだな。今日のところは失礼させてもらう」


 立ち上がって銃をホルスターに入れた。

 そこでふと、岬に撃たれたことを思い出す。


 前回は帰る間際にやられたのだったな。


 まだ今日のセーブをしていないんだ。こんなところでうっかり殺されてはたまらない。

 詩織もだが岬もまだまだ油断できない存在、いくら可愛くても気を許せば即死に繋がる。俺はここ数日でそれをよく思い知った。


「そうだ、聞こうと思ってたけど――「チュパカブラだ!!」」


 岬の言葉を遮って窓の外を指し示す。

 彼女は「え!? どこ!??」と勢いよく振り返った。


 そして、そのまま逃げるようにして岬の部屋を出た。


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