十話 金・パンツ・銃弾

 俺は自室でじっと待つ。

 傍らには風呂敷に包んだ札束が置いている。


 時刻は十七時そろそろ動いてもいい頃か。


 今夜は詩織と夜回りに出かけるハズだったが、一緒に下校しなかった為に誘いは受けていない。これから彼女が死ぬと思うと歯がゆい気分になるが、今だけは鋼の自制心で耐えるしかない。


 立ち上がって風呂敷を掴み上げる。

 そのまま自宅を出て隣の角倉の家へと訪問した。


 チャイムを鳴らす。


 しばらくしてから玄関が開けられた。


「どなたかしら――ああ、銀条のお子さんね」


 岬の母親だろうか、どこか疲れた表情の黒髪の女性は俺を見るなり目を細めた。

 冷たい視線の意味を俺はよく分かっていない。角倉家と銀条家との間になにかあるのか、それともただ隣に住んでいる変態少年に警戒しているのか。はたまたその両方か。


 俺は深くお辞儀をして突然の訪問を詫びる。


「岬さんはいらっしゃるでしょうか。お話しがあって来させていただいたのですが」

「あの子は出ています。急ぐ要件なら私が伝えておきますけど」

「お気遣い感謝いたします。ただ、学友に関する相談なので親御様にお話しすることができないのです。どうかお許しください」

「そうなの。でもずいぶんとかしこまったしゃべり方ね、気味が悪いわ」


 おっと、逆に警戒心を刺激してしまったようだ。

 初顔合わせということもあってきちんと挨拶をしたつもりだったのだが。ここでもこの世界の銀条和也が足を引っ張るか。くっ。


「でしたら再度改めて訪問させていただきます。失礼いたしました」

「岬にも貴方が来たってことは伝えておくわ」


 再び一礼して角倉家を出る。

 道に出ると眼鏡を中指で上げた。


(作戦が失敗するとは。だがしかし、母親にまた来ると言ったことでもう少し遅い訪問も可能になったとみるべきだな)


 ひとまず一度帰宅する。

 自室に戻り風呂敷をデスクに置いた。


(そう言えばあの母親……岬と似てなかったな)


 考えすぎかもしれない。血は繋がっていても全く似ないことだってある。

 ただでさえ岬は日本人離れした顔立ちをしている。海外出身だろう父親の方に似たのかもしれない。

 もちろんあくまで予想であって彼女の父親が外国人かどうかなんて知らない。


 俺は根気よく岬が帰ってくるのを待つことにした。





 腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 募る苛立ちが大きな溜め息を吐かせた。


「……やはりそれらしい情報はないか」


 俺は倉庫の下――地下ホームで情報収集をしていた。

 ネットなら参考になる情報が得られるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて探しては見たものの、やはり最も欲しい情報は転がっていなかった。


 人狼には銀の銃弾が効く、その程度のことは俺でも知っている。


 もしかしたらと考えもしたが、そもそも俺は銀の銃弾を持っていない。

 だから別の方法を模索するべく検索してみたのだが、案の定その筋の専門家が書いたものではなく素人の作成した対人狼用護身術だった。ヨーロッパ方面では人狼が頻繁に現われているようなのでそういった知識が注目を浴びるのだろう。


 時計に目をやればすでに十八時半を回っていた。

 そろそろ岬も戻ってきている頃だろう。


 風呂敷を掴み地下ホームを出る。


 家の門を出た瞬間、二足歩行の小柄な生き物が目の前を走って行った。


 ぱんっ。乾いた音が響く。

 十メートル離れた場所でその生き物は倒れる。


 反対側を見れば右手で銃を突き出した岬がいた。

 青い密着するような素材の戦闘服、その上からは黒い外套を羽織っていた。

 深くかぶったフードを取って俺を見る。


「何?」

「あれはなんだ」

「チュパカブラ」


 いたのかチュパカブラ。


「それで何?」

「金は用意した。もう一度話をしたい」

「……嫌だって言ったでしょ」

「そんなことは言っていなかった」


 岬は銃を腰のホルスターに収め、片手で俺を押し退けチュパカブラに近づく。

 彼女はしゃがみ込むと黒い袋を取り出し死体をその中に入れた。


「ちなみに聞くけどいくら持ってきたの」

「五百」

「はぁ!?」


 予想していなかった額だったのか岬が勢いよく振り返る。

 そこでようやく俺が持っている包みがなんなのか予想できたらしく、こちらにまで聞こえるような大きさで喉を鳴らした。


「……卑怯だわ。お金で口を割らせようなんて」

「馬鹿め。社会では金は頬をはたくためにあるのだぞ」

「ゲスいわね。だけどその考え嫌いじゃない」


 彼女は角倉家の門を開いて俺を見た。


「何してるの。来なさいよ」

「聞いてくれるのか」

「いちいち言わなきゃ分かんないの」

「すまない。ああ、それとパンツを返そうと思っていた」

「ちょ、路上で出さないでよ! ぶっ飛ばすわよ!」


 ポケットからパンツを出そうとしてすぐに引っ込める。

 この世界の銀条和也がどうのような変態的思考でこれを取ったのかは分からないが、彼女と俺の間にはそれを許容する関係性が築かれているように見える。まぁ、ただ単に呆れられているだけかもしれないが。


「ただいま戻りました」

「お帰りなさ――銀条君が来てるのね」


 出迎えた母親が笑顔から一転して冷たい表情となる。

 やはり歓迎されていないようだ。


「お母様、彼が大事な話をしたいと言っているので、家に上げても構わないでしょうか」

「あまり遅くならないのなら」

「一時間以内には失礼させていただくつもりです」

「そう、ならいいわ」


 俺の言葉を受けて母親は家の奥へと消える。


 俺と岬は靴を脱いで家に上がった。

 角倉家は築年数の古い家のように見える。色あせた壁が目をひき、床は踏むだけできしむような音が鳴った。こういってはなんだが岬から受けるイメージとこの家は、ずいぶんと食い違っている。彼女はもっと真新しく華やかな場所に暮らしている印象を与えるのだ。だからこそなおさらに違和感を覚えた。


「ここで待ってて」


 扉の前で彼女に足を止められる。

 ふむ、散らかっているのだろうか。


「別に汚れてても問題ないぞ」

「アタシに問題があるのよ! というか汚れてないから! 常に驚くほどピカピカで綺麗なんだから!」

「ではこのまま……」

「待てって言ってんでしょ! あんたには察して思いやる心がないの!? この鈍感!」

「ふっ、分かって言っているに決まっているだろ」

「うぎぃいいい! こいつと話してると頭がおかしくなりそう!」


 岬は頭を抱えて悶える。

 アホめ。エリートである俺が最低限のマナーをしらないわけがないだろう。

 しかしながらこの世界の俺が岬と関わろうとする理由が分かった気がする。彼女をからかうと面白いのだ。

 男友達のようなやりとりができるのは彼女の魅力の一つなのだろうな。


 部屋に入った彼女は十分後に扉を開けた。


「……思ったよりも片付いているな」

「あたりまでしょ。アタシの部屋には入れることを光栄に思いなさい」

「あ、そうそうパンツを返さないと」

「うわぁぁああああああっ!!?」


 ポケットから出した下着を彼女は奪い取る。顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。

 これに関しては悪いと思っている。俺のせいではないが、同じ銀条として謝罪はしておくべきだろう。


「パンツをとってすまなかった」

「もういいわよ。銀条がド変態なのは知ってるし」

「いや、きちんと謝らせてくれ! 頼むから変態と呼ばないでもらいたい!」

「分かった! 分かったから迫ってこないで! ちち、近いから!」


 落ち着いたところで部屋の中を改めて見回す。


 パイプベッドに水色の布団。デスクには参考書などが置かれ、椅子にはバッグが置かれている。窓際と枕元には複数の可愛らしいぬいぐるみがあった。思ったよりも可愛らしい、いかにも女の子の部屋といった様相である。

 だが、すでに俺は岬がそのような可愛らしい存在でないことは知っている。年相応の一面を持ちつつもデビルハンターとしての顔も持ち合わせているのだ。


 岬はベッドに腰掛け足を組む。

 俺は正面に包みを置いて座った。


「人狼の情報が欲しいって言ってたわよね。それって今この町にいる奴のことでしょ?」

「知っていたのか」

「まぁね。アタシ、凄腕のハンターだし」


 キメ顔で自慢気に語る。


「だったらなぜ退治してくれない」

「あのね、アタシは慈善活動家じゃないの。報酬が出なきゃ身体張る意味ないでしょ」

「それはつまり金を払う何らかの機関が、この町にいる人狼の存在をまだ把握できていないと言う事か」

「ご明察、その通りよ。というか薄々気が付いてはいるんでしょうけど、まだ動く段階まで来てないってところね。あの人狼、殺しのペースが早すぎるのよ」


 まるで他人事だな。自分の町に化け物がいるというのに。

 しかし、俺も直接の被害を受けなかったら、そこまで関心を寄せなかったかもしれない。詩織が殺されると分かったから焦って走り回っているのだ。


「ちなみにお前が動いたら人狼は倒せるのか」

「当然でしょ。上位のウェアウルフでも出てこない限りちょろいわよ。あいつ人狼の中でもかなり下っ端だもの」


 人狼の中でも強さに度合いがあるのか。一つ勉強になった。

 ただ、聞いてはみたものの現状で岬に退治を依頼することはかなり難しいだろう。夜回りに出るまでの短時間でできるとは思えない。


 故に今の俺がとれる手段は一つ。


 包みを解き札束を彼女に見せた。

 岬は姿勢は崩さなかったが顔は明らかに動揺していた。


「五百万ある。人狼の情報を俺に売ってくれ」

「……どこからこんなお金出したのよ」

「貯金だ。詩織を救うためなら惜しくはない」


 詩織の名前を出した途端、彼女は訝しげな表情となった。


「詩織になにかあったの?」

「これからあると言うべきだな。俺達は人狼に苦戦している」

「あの詩織が……?」


 岬はしばらく黙り込み考え事をしていた。

 詩織が危険だと分かれば彼女も見過ごすことはできないはずだ。情に漬け込むようで悪いが、今は手段を選り好みできる状況ではない。満足できる結果が重要なのだ。


 彼女は百万だけ手に取った。


「これでいいわ。教えてあげる」

「いやいや、全て受け取ってくれ」

「アタシが百万でいいって言ってんのよ」

「本当は金に困ってるんだろう?」

「うっ……」


 やっぱりな。そんな気がしたんだ。

 金に困っているくせに強がって百万だけなどと、もっと強欲になれ角倉岬。俺はお前の頬を札束ではたきに来た男だぞ。


「では先ほどのパンツを四百万で買わせてくれ」

「ぬぇ!?」

「ほら、よこせ。今からそのパンツは俺の物だ」

「や、やっぱりド変態だった……」


 この際、変態の称号を甘んじて受けよう。

 俺と友人の為に折れたお前にできる俺からのせめてもの恩返しのような物だ。金が欲しいならくれてやる。お前の心意気を俺は気に入ったんだ。


 岬の手からパンツを奪いポケットに入れた。


「さぁ、情報をよこせ」

「こいつ、急に上手に出てきたわね」


 渋々彼女は口を開く。


「あんたも知ってるとは思うけど、人狼は銀の弾丸に弱いわ。でも一般的に言われているような劇的な効果はないの。せいぜい数秒動きを止めるくらいね。仕留めるには頭か心臓を確実に破壊するしかないわ」

「しかし肝心の銀の弾丸がない」

「あんたガバメント持ってたわよね。弾はなんだったかしら」

「45ACP」


 彼女はベッドに外套を脱ぎ捨て、立ち上がってタンスを開く。

 俺はガバメントを抜くと、マガジンから弾丸を一発取り出した。


 弾を受け取った彼女はそれを参考にタンスの中を漁る。


「えーと、ここら辺に……」

「何が入っているんだ」

「見ないで……あー、もう、なんで変に押しが強いかな」

「ふむ、これは興味深い」

「はぁ」


 タンスの中はみっりち銃弾が収められていた。

 底が抜けるのではと思ったが、どうやらこのタンスは特注のようで内部は金属製だった。

 弾丸の一つを見れば、俺の持っている弾丸と同じく六芒星が刻まれている。


 俺は……デビルハンターでもあるのか?


「話の続きなんだけど、人狼は銀の弾丸の他に香辛料にも弱いわ。あいつら鼻が良いからコショウでも振りかけてやればほぼ確実に足止めできる。ああ、それとネットで出回ってるチョコとかネギ類が効くとか噂はデマだから」

「香辛料か、その手があったとは盲点だった」

「あった、これ」


 岬は一発の弾丸をくれた。

 確かに銀でできているように見える。


「知り合いのデビルハンターからたまたまもらったのよ。アタシ45ACPなんて使わないし、どうしようか悩んでたのよ」

「一発か」

「全くないよりはマシでしょ」


 とりあえず岬が銀の弾丸を所持していることは確認できた。

 あとはこれをどうやってあの日に入手するか。


 部屋の窓から外を覗くと、俺の部屋がすぐ近くに見えていた。

 しかも屋根と屋根が至近距離にあり飛び移れそうだ。


 ……いけそうだな。


 これでもし失敗したら、さらに時間を戻ってやり直すしかない。

 俺は結果が全てだと思っている。しかし、失敗を恐れているわけではない。失敗しない者に成功などないからだ。

 何度だってやり直せるのだから諦めるわけにはいかない。


「あ、それといいこと教えてあげる」

「なんだ」

「人狼って食欲旺盛なだけあって食い意地が張ってるのよ。肉でも放り投げれば間違いなく飛びつくわよ」


 確かにいい情報だ。

 冷蔵庫にまだ肉が残っていた気がするな。


 ふと、腕時計を確認する。すでに五十分ほど経過していた。


 そろそろ帰らなくてはいけない。


「時間だ、ずいぶんと邪魔したな」

「今さらだし別にいいけど」


 部屋を出ようとしたところで呼び止められる。


「あのさ、ありがと……」

「なんのことだ」

「お金」

「ああ」

「あ、あんたはアタシに、それだけの価値を感じてるってことよね。五百万払ってもいいって思えるくらいに。そういうことよね」


 何を言っているんだ? 

 あの金は情報提供への謝礼だろ?


 ああ、いや、一応パンツ代と言う事になっていたな。


 ここで選択肢が出てくる。


 ・次は一億でお前を手に入れる

 ・金で人の価値など表せやしない

 ・チュパカブラを殺したお前にそんな価値などあるか!


 まてまて、上と下どうなってる。

 それとチュパカブラしつこいぞ。なぜそこまで思い入れが強い。


 無難に真ん中を選ぶ。



 ぱんっ、直後に乾いた音が反響した。



 脳天を突き抜けた衝撃で俺は床に倒れる。


「だったら詩織を……選ばないで……」


 薄れる意識の中でそんな声を聞いた気がした。



 【YOU DIED】


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