八話 届かない手

 俺は詩織と岬を連れて下校する。


 どうやらこの二人は一緒に登下校をしているらしい。

 初日――四月一日に一人だったのはたまたまだったようだ。


 そんなわけで俺も二人に付き添ってこうして帰宅している。

 しかし美少女に挟まれるというのは実に気分が良いもの、両手に高値の花ともなると周囲の男子の目が羨望と嫉妬にまみれている。下卑た喜びであることは分かってはいるが、やはりうらやましがられるのは男としては誇らしくある。

 ただそれと同時に罪悪感を抱いていた。本来の俺は成人したエリート、たとえゲーム内で、身体は高校生だとしても、未成年に手を出そうとしているという認識は背徳的――じゃなく犯罪的だ。常識的な社会人としてはやはり躊躇してしまう。


 中指で眼鏡を上げる。


「岬ちゃんも滅魔師になればいいのに。才能あるよ」

「いやいや、アタシはそういうの向いてないし。きっとあっさり妖魔に殺されちゃうよ。将来は事務系でいいっかなとか思ってるし」

「それもそっか、岬ちゃん争うの嫌いだもんね」

「ふふーん、やっぱり詩織はアタシのこと分かってるなぁ。うりうり」

「ちょ、おっぱい揉まないで!」


 俺は会話に疑問を抱いた。

 まるで岬が武器を持たない一般人のように聞こえたからだ。おかしくないだろうか。彼女は拳銃で俺の脳天を撃ち抜いたんだぞ。しかも躊躇なく。


 指摘しようとして俺はすぐに止めた。


 岬は詩織に自身が武器を所持していることを秘密にしているのだ。それを俺が暴く必要性がどこにあるというのだ。円滑な人間関係を築くにはここはあえて知らないフリをする方が得策ではないだろうか。

 彼女が拳銃を持っていることは俺が知っていればいいのだ。


「でも銀条なんか変ったよね。パンツ欲しがらないし」

「人間というのはいつまでも同じままではいられないのだ。強いて言うのなら大人になったのだろうな」

「まともな大人へのルートがあったなんて信じられないわ」

「くそっ、どれほど変態だったんだ!」


 それ以上は止めろ。俺が泣くぞ。

 以前の銀条和也が変態過ぎて絶望する。


 エリートとして英才教育を受け、望むがままの栄光の道を歩み続けてきたこの俺が、俗物的な最底辺称号の変態などと汚名を着せられるとは。耐え難きを耐えるとはこのようなことを言うのか。この世界はどこまでも俺を殺しにかかるつもりか。


「んじゃね。また明日」


 岬はこじんまりとした一軒家に入っていった。

 見れば確かに角倉と表札が出ている。


「あのね、かず君に相談があるの」


 岬がこの場からいなくなった途端、詩織が俺に話を切り出した。

 直後に選択肢が出る。


・へへ、脱ぎたてのパンツくれたら聞いてやるよ

・俺で良ければ何でも話してくれ

・分かっている。チュパカブラについてだな?


 またパンツを欲しがっている。どれだけしつこいんだこの男は。

 しかもさりげなく再びチュパカブラを論じようとしているのにも恐怖を感じる。一体この世界の銀条和也はどこを目指しているのだ。


 当然ながら二を選択。


 即座に刀の柄へ片手を添えた。

 今までの傾向として選択後は攻撃をされる可能性が高い。

 しかし詩織は刀を抜くことなく話を進める。


「良かった。やっぱりかず君は頼りになるね」


 詩織は潤んだ目で俺を見ていた。

 もしかすると思っているより深刻な相談なのか。


「それで相談なんだけど、今晩私と一緒に夜回りしてくれないかな」

「夜回り?」

「妖魔は夜に活動が活発化するから、異常がないか定期的に見回りを行わないといけないの。それにここ最近、あまり良くない話を聞くから、できればかず君の手を借りられたらなって」

「連続殺人か」

「うん。十中八九妖魔の仕業だと思うんだ」


 ふむ、彼女が不安を抱くほどの相手とは、やはり相当な危険を孕んだ存在なのだろう。

 未だ妖魔がどのような外見と能力をしているのかは不明ではあるものの、クリアを目指す以上ここで簡単に引き下がることは好ましいとは言えない。

 うら若き乙女を夜間に一人で出歩かせると言うのも心情的に反対だ。それにできれば彼女には斬魔刀の力を使用させたくないのもある。


「引き受けよう。何時に集合予定だ」

「し、七時で! 私がかず君の家に行くよ!」

「分かった」


 詩織は俺が頷くと「はわぁ、かず君と夜デート……」などと表情を悦に染める。


 なるほど。これはデートの側面もあるのか。

 考えてみれば夜間に若い男女がうろつくのは普通ではないな。常識ある大人としてはたしなめて止めるべきなのだろうが、滅魔師がどのような責務と権限を有しているのか分からない現状迂闊に口を出すのは避けておくべきか。


「夜食は私が作っておくね」

「楽しみにしている」


 詩織はスカートを翻すと、自宅の方へと足早に去って行った。



 ◇◇◇



 帰宅した俺は軽くシャワーを浴びてから冷蔵庫を開ける。

 いつもの習慣でビールを探すも、すぐに今は未成年だったことを思い出し、代わりに某黒い炭酸飲料にて喉を潤す。


「そろそろ買い物もしておかないとな……そうだ通帳」


 金銭面のことを思いだし通帳を探す。

 自室でようやく見つけた俺は中を開いて硬直した。


「一千万!?」


 どう考えたって高校生が持つ額じゃない。この世界の俺はどこかの御曹司なのか。

 とは言えこれで説明が付いた気もする、高校生がたった一人で一軒家に住んでいる不自然な環境。この世界の銀条和也は間違いなく金持ちの子息だ。


 俺は家中の書類に目を通しとある名前を見つけた。


 銀条誠司ぎんじょうせいじ――この世界の俺の保護者であり兄。

 この家は誠司が所有しており俺はそこに住まわせて貰っているようだ。

 兄弟仲はあまり良くないのかもしれない。スマホなどを見ても兄からの連絡はほとんどないようだった。

 もしかすると俺は銀条家から厄介者扱いされているのだろうか。

 こんな隔離するような行いを受け入れている辺りそうとしか思えない。


 ……いいじゃないか。邪魔が入らなくて。


 俺は情報を整理してそう結論を出した。

 こっちは一人暮らしを初めて何年にもなる。いきなり家族と称する赤の他人が現われても困るだけだ。それにゲームをクリアするにはこの方が都合が良い。


 さて、そろそろ準備をしないとな。


 通帳を引き出しに放り込みクローゼットの中を漁る。

 取り出したのはライダースーツのような黒い衣装だった。素材は厚めの伸縮性のある布のような質感、急所を守るように一部に堅い素材が使用されていた。これを着ればダメージも軽減できるだろう。

 ホルスターにガバメントを収め、左の腰に刀を帯びる。

 胸ポケットや腰にある小物入れに、スマホや必要だろうと思う物を入れる。


 準備が終わったところで時間を確認。

 もうじき十九時だ。セーブを行うことができる。


 ピンポーン。


 五分前に詩織が訪問する。

 玄関に下りて出迎えると「少し待ってくれ」と五分ほど待たせることにした。

 何があるか分からないのだ。ここでのセーブは必須だろう。


 十九時を迎えアイコンの項目にセーブが出現する。

 俺は五十ある枠の中で唯一保存されているデータに指を近づける。


 ……いや、上書きより別枠でセーブした方がいい。


 もし今夜先に進めない障害に遭遇してしまえば現在のセーブは詰んでしまう。ここは念のために引き返せるポイントを作っておくべきだ。

 俺は現在の時間を二つ目のデータとして保存することにした。


 詩織と一緒に家を出ると空はすでに星が出ていた。


「かず君の戦闘服久しぶりだなぁ」

「おかしなところはないか?」

「うん、完璧。そこまで遠出するわけじゃないしそれくらいでちょうどだよ」


 詩織も俺と同様に黒いスーツに身を包んでいた。

 ただ、密着した素材なので身体のラインがくっきり浮き出ている。

 こう言ってはなんだがかなりエロい。目のやり場に困りそうだ。


「しかし俺で良かったのか。こんな零級の斬魔刀を持つ俺で」

「かず君だからだよ。Aクラスの私と互角以上に渡り合えるなんてあの学校には数えるくらいしかいないんだよ?」

「つまりは実力を買ってもらえたと言うことだな」

「うん」


 Aクラスというのは恐らく滅魔師の実力を現わすランクだろう。

 いかに武器が優れていようと、それを扱う人間の能力が低ければ意味はない。それに武器に階級を設けるくらいだ人にあってもなんら不思議なことはないだろう。


「ちなみに聞くが以前の俺はどの程度のランクだったんだ?」

「うーん、C寄りのDくらいだったと思うけど……私も直接知ってるわけじゃないからその辺りははっきり言えないかな。でもなんでそんなことを聞くの」

「あー、最近物忘れが酷くてな、教えてくれてありがとう」


 詩織は特に怪しむ様子もなく笑顔で頷く。


 とはいえ以前の俺はDランクか……出来損ないの線が濃厚になってきたな。

 滅魔師としての評価が社会的にどの程度影響を与えるのかは不明だが、確実なことは以前の俺は詩織に夜回りの同行を許されないほど弱かったということだ。最上位がAだかSだかは知らんが、エリートである俺がD評価など許せん。


 いいだろう、これは俺への挑戦と受け取る。

 クリアを目指しつつ最上位ランクをとって見せようではないか。


 中指で眼鏡を上げる。


 俺と詩織は町の中を歩きながら周囲に視線を向けていた。

 並んだ街灯は道の先へと続き俺達を闇へと誘っているように見える。

 四月になったというのに未だに肌寒い空気はこの地に漂っていた。


 白い息を吐く詩織に俺はホッカイロを差し出す。


「この時期はまだ冷えるな」

「うん。ありがとう」


 頬を朱に染める彼女は受け取って握りしめる。

 かちゃかちゃと刀が擦れる音だけが響く。


「一つ聞いても良いか」

「うん」


 俺は顔を前に向けたまま話を切り出した。


「詩織は斬魔刀を使用することをどう思う」

「もしかして代償のことを言ってる?」

「ああ」

「……正直怖いかな」


 意外な答えに俺は目を見開いた。

 彼女は勇猛果敢な戦士に見えたからだ。


「炎鳴児の代償は『記憶を変質させる』こと。これの怖いところは私が変質したと気が付かないところなの。それが当たり前でどこがおかしくなったのか分からない」

「記憶の変質……」

「もしかしたら、かず君に迷惑かけてるかもしれない、もしそうだったらごめんね。私、自分では正しく行動しているつもりなんだけど、ほら、私って思い込み激しくてすぐに突っ走るから、あとからもしかしてって気が付くんだ」

「…………」


 やはりそうか。詩織の俺へのおかしな殺意は斬魔刀が原因だったか。

 矛盾を抱えているにもかかわらず本人の中では整合がとれている、この不自然さを創り出し維持しているのが彼女の代償というわけか。

 だが、そうまでして斬魔刀を使う意味はあるのだろうか。

 嫌なら責任を放棄して普通の高校生になれば良いのではと思ってしまう。


「私ね、お父さんもお母さんも妖魔に殺されたの。だからかな、こんな気持ちを味わって欲しくないって思うの。みんなが幸せな人生を送ってくれたらって」

「だから自分を犠牲にしてまで戦うのか」

「うん。あ、でも自分が幸せになることだって願ってるよ。誰かと平凡で良いから優しくて幸せな家庭を持ちたいって考えてる」


 ちらりと俺を見てから顔を赤くしてうつむいた。

 詩織もやはり年相応の女の子だということか。だが、決して笑いはしない。彼女にはそう言ったことこそが重要だと俺は思うからだ。どんなにささやかな夢であろうと、生きたいと願えることは大切だ。

 そう、ささやかでいいんだ。自分を待っている者がいると信じられるだけで。


「かず君!」


 不意に詩織が警戒を発する。

 俺と彼女はすぐに抜刀したがすでに遅かった。


 背後から何者かに襲われ俺と詩織は地面に倒れる。


「かず……くん……」


 詩織は血まみれで俺へと手を伸ばす。


 駄目だ力が入らない。

 待て、死ぬな詩織。すぐに助けるぞ。


 だが気持ちとは裏腹に意識は遠のいて……。



 【YOU DIED】


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