二話 運命の出会い

 目が覚める。

 いつのまにか横になっていたようだ。


 身体を起こし立ち上がると周囲が様変わりしていることに気が付く。


 真っ白い大きな部屋。


 天井がやけに高く光源となるものは確認できない。

 まるで部屋全体から光を発しているような感じだ。


 俺は状況を飲み込めず部屋の中をウロウロした。


 出入り口はない。トイレもない。それどころか通気口もない。

 あるのは真っ白い何もない空間だけ。


 ぶぅううん。ブラウン管TVを起動させたかのような音が響く。

 部屋の中央に巨大なウィンドウが開いた。


 青の半透明な窓には砂嵐のような映像が表示されており、ざーっと不快な音がどこからか俺の耳に届く。


「なんだ……何が起きている」


 何が始まるのか分からず極度に緊張した状態で画面をじっと見ていた。

 不意に砂嵐が消え画面がポップな校舎のイラストにきり替わる。


 ぱ~ぱっぱらぱ~ぱららら~ぱっぱ~♪


 気の抜ける様なBGMが流れ始めた。

 同時に機械音声が流れ始める。


『こんにちは銀条和也様、この度は当ゲームを手に取っていただきまことにありがとうございます。当ゲームは今ある全てのゲームを過去のものとする、圧倒的リアルを体験することができます。どうか存分にお楽しみください』


 馬鹿な、ここはゲームの中だというのか。

 あり得ない。VR技術が未だ視覚のみに頼っている現状で、五感を感じられるゲームなどオーバーテクノロジーもいいところだ。なんなんだこれは。何かの悪い冗談か。


 機械音声は続ける。


『当ゲームはアクション恋愛シミュレーションゲームとなっております。ゲームを止める方法はクリアすること。それまではここから出ることはできません。脱出したければゲームをクリアしてください』


 ……いま、なんと言った? クリアするまで出られないだと?


『当ゲームは超超倍速作動を行っております。外部時間の一時間は内部において百年の経過を意味します。故に外部での時間経過はほぼないものとご理解ください』

『加えてゲーム内では死ぬことはできません。進行上死亡することはありますが、当ゲームにおいてはタイトル画面に戻るだけなので、安心してクリアを目指していただければと思っております。それでは失礼いたします』

「おい、待て! まだ聞きたいことを聞けていないぞ!」


 ブツン、機械音声は切れる。

 一方的に話をしただけだった。


 画面に項目が表示された。


 [スタート]

 [ロード]


 本当にこれはゲームなのだろうか。

 単純に拉致監禁されているということも考えられる。

 だとすれば何が目的なのか。金か。それとも私怨。

 だがしかしここまで手の込んだことをする意味が分からない。


 ここはしばらく従順なフリをして様子を見るしかないか。


「ふむ……指で押せばいいのか?」


 スタートを軽く指で叩く。

 空間投影型のウィンドウなので感触はない。

 だがしっかり項目は反応した。


 ウィンドウの表示が切り替わり文字が現われる。



 【貴方は五鳥市紙無町にある私立紙無高等学校の二年生です。与えられた期間は一ヶ月、貴方の前には魅力的な二人のヒロインが現われます。どちらを選ぶのも自由。ハーレムを目指すのも自由。全ては貴方の選択次第です】



 ヒロインは二人か……どちらかが俺の好みであればいいが。

 いやいや待て待て。この状況でやる気を見せてどうする。さっき様子を見ると決めたばかりだろう。というか一ヶ月というのは短すぎないだろうか。異性に疎い俺でもさすがに一ヶ月そこらで女性と親密になれるとは思わないぞ。



 【時期は四月、新学期の始まる頃。久しぶりの登校に貴方はドキドキワクワクしています。新しいクラス、新しいクラスメイト、どんな出会いが待っているのか期待しています。もう間もなく始まります。準備はいいですか】



 準備とはどう言う意味だ? この画面でゲームをするだけだろう?

 しかしコントローラーもないままどうやって――。



 【開始です】



 視界が切り替わり、直立だった感覚がいきなり横になっている感覚になった。

 一瞬何が起きた変らず車酔いにも似た感覚が襲った。


 見えるのはどこかの天井。

 俺はポスターの貼られた男子高校生っぽい部屋の中にいた。


 上体を起こしベッドから出る。


 カーテンが閉められていて薄暗い。

 隙間からは日の光が差し込み外で雀が鳴いていた。


 現実……?


 今まで俺は長い夢を見ていたのだろうか。

 エリートサラリーマンだった人生は全て夢であり、実際の俺はただの学生だった。そう思えてしまうほどここはリアルだった。


 ふと枕元に眼鏡があることに気が付く。


 シルバーフレームのスタイリッシュな眼鏡。

 それをかけるとより鮮明に景色が目に飛び込んだ。


「ん?」


 視界の端にアイコンのようなものが確認できる。

 眼鏡を外してみるがそれはそこから動かない。

 つまり俺の目に直接表示されているということだ。


 こうか?


 指でアイコンを押してみれば、視界にウインドウが開き複数の項目が出現する。


 [スケジュール表]

 [接触人物表]

 [ステータス]


 激しく安堵した。

 間違いなくここはゲームのようだ。


 しかしなんと恐ろしいまでにリアルなゲームなのだろうか。

 現実にいるのとまったく相違ない。もしアイコンがなければゲームと認識するのも難しかったことだろう。

 だがしかし、これで少なくとも誘拐の類いではないことがはっきりした。


 ジリリリリリ。


 枕元に置いてある目覚ましが鳴り始める。

 時刻は七時三十分。ずいぶんと遅い目覚まし設定だな。

 俺が学生の頃は六時三十分には起きていたぞ。


 ボタンを押して目覚ましを止め、俺は顔を洗いに一階へと下りる。


 どうやらここは一戸建てのようだ。

 だが、どの部屋を見ても家族らしき姿は見えない。

 両親が住んでいた形跡もなかった。


 俺はこの家に一人暮らしをしているらしい。


「若返っているだと!?」


 洗面台の鏡の前で愕然とする。

 どう見てもそこに映る自分は十代の頃の姿だった。


(ふ~、とにかく落ち着け。騒いだところでどうにもならん)


 ひとまず顔を洗って歯を磨く。

 それから部屋に戻り制服を着て鞄を持った。


「ステータスだったか……今の俺が何歳か書いてあるといいが」


 ステータスを確認した。


 [ステータス]

 銀条和也

 十七歳

 私立紙無高等学校二年

 2年A組


 記載されていたのはたったこれだけ。

 個人情報としては少なすぎやしないか。


 腕時計を確認して外に出る。

 すでに時刻は七時四十五分を回っていた。


 これは予想だが、あんな目覚まし設定をするくらいにここから学校は近いのだろう。その証拠に家には自転車がない。

 表の道では俺と同じ学ラン姿の学生を見かけた。

 彼らを追えば学校に着けるという流れか。


 先を行く男子生徒を追いつつ俺も歩く。


 学校は歩いて十分くらいの場所にあった。

 心なしか俺の母校と似ている気がする。まぁ考えすぎだろう。学校というのはどこも似たような造りだ。


 眼鏡を中指でくいっと上げる。


 校門をくぐり玄関口へと向かう。

 不本意な状況ではではあるものの、望むものを得ることができそうな気はしている。異性との交際までの流れを知るという目的。

 このゲームの制作者の言葉を信じるならクリアが解放条件のようだ。

 だとすればそれまでに俺は異性を理解してみせる。


「おはよう銀条」

「!?」


 背後から声をかけられ身体がこわばった。

 振り返ればそこには男子生徒がいる。

 彼は俺の反応に怪訝な表情を浮かべた。


「どうした変な顔して。なんか顔に付いてるか?」

「な、なんでもない。おはよう」

「おう」


 彼は肩を叩いて走り去って行く。


 そうか……二年生なのだから知り合いがいても不思議ではないのか。

 リアルすぎて思考が追いつかない。

 たかがゲームと考えるのは良くないかもしれないな。


 立ち止まっていると、俺の真横を一人の女子生徒がすれ違った。


 黒のショートヘアーに可愛らしい容姿と前をはっきりと見つめる双眸。

 身体の線は細く後ろ姿は、触れれば折れてしまいそうな儚げな一輪の花のようだった。


 ピッ。女子生徒の頭の上にグリーンの三角が出現。

 どうやらそれはヒロインを指し示す目印のようなものらしい。


 俺は恋愛シミュレーションで好感度というものが存在しているのを知っている。それを上げることで交際にまで発展するのだと。

 ここは声をかけて好感度を上げておくべきだろう。後々の会話もしやすいはず。


 ――この時の俺は彼女の腰に帯びている物が認識できていなかった。


 彼女を追いかけ肩を叩いた。

 振り返ると同時にウィンドウが開き選択肢が出現する。


 ・「おはよう飛村さん」

 ・「お前のパンツをよこせ」

 ・「君はチュパカブラの存在を信じるか」


 なんだこの選択肢。

 俺に地雷を踏めと言っているのか。


 無難に一を選ぶ。


「ひぃ!?」


 驚愕に目を見開く彼女は悲鳴をあげる。

 しかもなぜか顔をトマトのように真っ赤にしていた。


「はわ、はわわわ! ついにこの日が!!」


 何を言っているんだこの子は?

 俺は首を傾げる。


 しゃりん、彼女が腰の物を素早く抜く。

 それは眩しいほど陽光を反射する刀だった。


 得物を振り上げる彼女に俺はひどくあせる。


「ま、まて! はやまるな!」

「ふぎゅううう!」


 涙目の彼女は意味不明な鳴き声を上げて振り下ろす。


「ぎゃぁぁああああああっ!!」


 肩口から斜め下に向けて斬られた。


 そして、俺は意識が途切れた。



 【YOU DIED】


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