三話 運命の出会い2

 白い部屋に戻った俺は、床を転がりながら絶叫した。


「あの女俺を殺しやがった! というかなぜ刀を持っているんだ!? おかしいだろう! 日本の法治はどうなっている!?? なぜ堂々と銃刀法違反をしているんだ!???」


 理不尽すぎる。挨拶しただけで殺されるなど。

 斬られた痛みが今でも記憶にこびりついている。


 良かった。これがゲームだったことに心の底から安堵した。

 あれが現実だったら俺は人生そのものをゲームオーバーしていた。

 生きているだけで人生って最高なんだな。初めて知ったよ。


 震える手で眼鏡を押し上げ深呼吸する。


「このゲームの制作者は頭がおかしい」


 まず最初に思ったのはそれだ。

 より正確に言えば企画者の頭がおかしい。

 なぜこんなゲームを考えた。馬鹿なのか。


 落ち着け銀条和也。まだ慌てる時間じゃない。


 ヒロインに殺されたと言うことは、俺が選択を誤った可能性がある。

 選択肢には好感度を下げるものもあると聞く、俺が選んだ言葉はそれだったのだろう。この際、ただの挨拶で殺されたことは棚上げにする。初見でこのゲームが俺の常識が通じないことは理解した。


 とりあえず接触人物表を確認する。

 そこには二名の名前が記されていた。


 ・飛村詩織ひむらしおり

 ・桂木馬之助かつらぎうまのすけ


 あの子はそんな名前だったのか。

 もう一人は挨拶をしてきた男子学生だろう。しかしながら馬之助とは、この時代にこんな名前を付ける親がいるのだな。ただ、個人的には男らしくていい名前だとは思う。


「とりあえず飛村さんは後回しだ。もう一人のヒロインと接触してこのゲームの傾向を探るべきだな」


 もしかしたらもう一人の方は常識的かもしれない。

 次は刀を持っていないか確認しておこう。


 俺はスタートを押した。





 再び校門へと訪れる。

 最初とほぼ同じ時間だ。


 桂木が俺に挨拶をして去って行き、少し遅れて飛村さんがすれ違って行く。


 俺はあえて声をかけず彼女と並んでまじまじと見た。


 黒のショートヘアーに可愛らしくも非常に整った容姿。

 身長は女子の平均的な身長よりも低いくらいで、胸の発育はほどほどと言ったところか。紺のセーラー服に胸元には白いリボンが揺れている。スカートからは白い脚が出ており黒の膝上まであるソックスが可憐さを強調している。


 そして、腰には外見と釣り合わない一本の刀があった。


 赤い鞘が光を反射し、当然のようにそこに下げられている。

 風格から察するにかなりの業物ではないだろうか。素人目なので確証はないが。


 なぜ学校に刀? 法律はどこへ行った?


 周囲の学生は気にした様子もなく登校する。

 もしやこれは創作によくあるオリジナル世界観なのか。この世界では刀を持つ生徒は普通であり、それを指摘する俺は異端。だとすれば余計なことは考えるべきではないかもしれない。

 学校で刀は許される、よしインプットした。


 下駄箱へ到着、俺は上履きを取り出し履き替える。


 それから教室へ向かいひとまず席に座った。


 俺の席は中央の列の一番後ろだった。

 教室を見渡せる良い位置だ。


 登校している学生は見知った友人と会話をしており、そうじゃない人間は席に座ったままスマホをいじっている。

 俺の学生時代は携帯は持ち込み禁止だった。

 ゲーム内とはいえ時代が変ったのだと言わざるを得ない。


「よお」


 前の席には桂木馬之助がいた。

 彼は軽薄な笑みをニヤリと浮かべる。


「新しいクラスはどうだ。好みの相手はもう見つけたか」

「まだだ。桂木君こそどうなんだ」

「桂木君? おいおい、俺とお前の仲だろ。君付けなんて止めろよ」

「悪い。それで桂木の方は?」


 よくぞ聞いてくれましたとばかりに彼は、茶色い前髪を掻き上げる。

 桂木は長髪にそこそこ目鼻立ちが良いので見栄えがいい。


「このクラスには我が学年自慢の二大美少女がいる。俺は今日ほどクラス替えがよかったと思ったことはなかったぞ。ブラビッシモ!」

「なぜ突然イタリア語」

「あそこにいるのは純真無垢な現代の大和撫子。飛村詩織」

「ふむ」


 桂木が指さした教室の左側には飛村さんがいた。

 刀は壁に立てかけており常に近くに置いている印象を受ける。


「そして、向こうにいるのが大輪のような笑顔を振りまく角倉岬かどくらみさき


 教室の右側に金髪をツインテールにした少女がいた。

 飛村さんに劣らない端麗な顔立ちに、ハーフなのか日本人離れした雰囲気がある。

 身長はこちらの方が僅かに高く、スタイルも目のやり場に困るほど凹凸がはっきりしていた。


 ……どうやら彼女は刀は持っていないようだ。


「和也はどっちを選ぶつもりだ?」


 どちらかを選ぶとすればなかなか難しい選択だ。

 他人に言ったことはないが、実は俺は割とちっぱい子が好きなのだ。とはいえスタイル抜群の女性も嫌いじゃない。悩ましいところ。


「他の選択はないのか」

「そりゃあ探せばいくらでもいるさ。でもあの神美少女と比べれば他は有象無象だぜ」

「なるほど……別にあの二人に限ったわけではないのか」

「?」


 これだけリアルなのだ、選択肢を二つに絞ることは難しいだろう。

 自由意志が許されるというのはそう言うことだ。

 ここで俺が二人のヒロインに見向きもせず、他のキャラクターに好意を寄せても問題はないはずだ。むしろどう軌道修正してくるのか興味すらある。


 だがしかし、俺は別にゲームを楽しむためにやっているわけではない。


 クリアを目指すのは脱出するためにやっていることだ。

 最大の目的はこのゲームの脱出。異性を理解するのはおまけのようなものだ。

 そこを間違ってはいけない。


「ホームルームを始めるぞ」


 教師が入ってきてそう言った。



 ◇◇◇



 正直ゲームだと思って舐めていた。

 行われることは全て本物そっくりだったのだ。


 始業式で行われる校長の長い話。二年から行われる授業の詳細や渡される教科書。

 教室にいる生徒全てに独自の動きがあり癖があった。

 まるで本当に高校生活をやり直しているかのような錯覚を起こしたほどだ。


 俺はここで仮説を立てる。


 今いる場所はあのゲーム機の中ではなく別のコンピューターの中なのではと。

 はっきり言うがこれだけの演算処理をあのゲーム機でできるハズがない。スーパーコンピューターですらこの世界は創り出せないだろう。人の頭脳以上のスペックを有する機械でなければここを創り出すのは不可能だ。

 例えば量子コンピューターとか。それくらいなければこの仮想世界は構築できない。


 言ってみればここはマトリックスの世界だ。

 今の俺は肉体のない意識だけの状態だと考えるべき。

 そうじゃなければ生き返ったことが不自然。


 しかしながら俺をこの世界に閉じ込めた存在は何者なのだろうか。

 オーバーテクノロジーで恋愛ゲームを体験させて何を得ようと言うのだろう。

 外の世界の俺は今頃どうなっているのだろう。


「それじゃあ気をつけて帰るんだぞ」


 本日の予定が終了し下校の時間が訪れる。

 教師が教室を去った後、生徒達は緊張を緩めて会話を始めた。


「なぁ和也。マックでも行くか」

「悪いが今日は止めておく」


 彼と俺はよく外食するのだろう。

 思えば社会人になってからそういうのはさっぱり口にしていない。たまにはいいと思うが、あいにく今日は角倉さんに声をかける予定だ。どういった子なのか確認しなければ。


 俺は角倉さんが席を立ったところで同じように立ち上がる。


 そのまま廊下を付いて行き階段の辺りで声をかけた。


「角倉さん」

「あ、銀条」


 振り返った彼女は花の咲いたような笑顔を浮かべる。

 なるほど確かに恐ろしいまでの美少女だ。

 しかもそれを何倍にも増幅させるような眩しい笑顔。

 大人である俺ですら心が揺れそうだ。


「君と少し話をしたいと思ってたんだ。もし都合がよければ軽く付き合ってくれないか」

「いいわよ。てゆーか、中学からの腐れ縁なんだから、その堅苦しい話し方止めてよ。あんたアタシのこと岬って呼び捨てだったでしょ」


 ほぅ、彼女とは中学からの付き合いになるのか。

 まぁそんなことはどっちでもいい。今の俺にとって会話が成立することが重要なのだ。

 この雰囲気からすると飛村さんがおかしかったと見て正しいようだ。普通いきなり切りつけないからな。


 俺と彼女は校舎の裏にある、自動販売機の横のベンチに座った。

 校庭では野球部がすでに活動を始めておりバットで球を打つ音が響いてくる。


「岬はどれがいい。おごるよ」

「じゃあココア」


 小銭を取り出して入れる。

 そこで妙なことに気がついた。


 飲み物の値段が違うのだ。


 現実では一本百三十円くらいなのにここでは百円。

 まるで消費税が導入される前のような値段だ。

 ああ、当たり前だが俺は消費税が導入される以前の時代は知らない。物心ついたときにはすでに百十円だったのだ。気が付けば百三十円、どうにかならないものだろうか。


 よく知った赤い自販機からココアを取り出し、次に俺はブラックコーヒーを購入する。

 まだ肌寒い季節なだけにホットは心地が良い。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 気持ち大きめに距離を開けて隣に座る。パーソナルスペースを意識してのことだ。

 このゲームは何が起こるか分からない。念には念を入れおくべきだろう。


 コーヒーを開けて飲む。程よい苦みが頭をすっきりさせる。

 ここは健康のことを考えなくて良いから最高だな。最近は忙しくてまともに休暇も取れていなかったので、この時間は案外悪くない。超超倍速作動だったか、ぜひその機能をゲーム機能を外して俺に提供して貰いたい。金ならいくらでも払うつもりだ。


「銀条、なんだか雰囲気変ったよね」

「そうか?」

「うん。以前はもっとこう人を寄せ付けない感じだったのに」


 人を寄せ付けないね、一年の銀条和也はあまり人付き合いが上手い方ではなかったようだ。

 そう考えると友人である桂木は貴重な存在だな。


 ここで選択肢が出現する。


 ・「当然だ! 俺は闇を司る孤高の暗黒卿ダークシュバルツなのだからな!」

 ・「えへへ、パンツ頂戴」

 ・「そうか。いつも通りだと思うが」


 なんだこの選択肢……俺を馬鹿にしているのか。

 しかもまたパンツを欲しがっている。俺はどれだけパンツが好きなんだ。


 ここは常識的に三だ。


 だが、その前に選択しない状態で会話ができないか確認するとしよう。

 もしかしたら選択肢を選ばない状態でもゲームを進めることもできるかもしれない。


「岬?」


 彼女は時が止まったように停止していた。

 いや、この世界全体が停止している。

 つまり俺が選択をしている間は会話を進めることは不可能。


 ふぅ、仕方がない。選ぶとするか。

 これで彼女と距離を縮める事ができるのなら問題ない。


 決めたとおり三を選択。


 次の瞬間、岬が表情を変える。

 まるで何かに気が付いたような驚いたような顔。


「さてはお前、偽物だな! 本物の銀条和也はこんな時まず最初に『えへへ、パンツ頂戴』と言うんだ!」

「なんだとっ!?」


 直後に脳天を衝撃が抜けた。


「え」


 彼女は拳銃を握っていた。


 しかも銃口からは硝煙が昇り、すでに弾丸を発射したあとだと分かる。


 俺の意識は途絶えた。



 【YOU DIED】


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