第274話 天才魔道具師
レーヴェ神国の王都ガイアクレイスに夜の帳が下り始める。魔石を使用している街灯に明かりが灯り、雪が再び降り始める。プレスの帰還に沸く王都はその祝いの喜びに沸くと共に、降り始めた雪に覆われつつあることで幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そんな王都にある一軒の食堂。エルニサエル公国のロンドルギアで知り合ったギゼルの店である。プレスとティアはテーブルを二つ繋げてミケ、サラ、カレンと食事を共にすることにした。プレスとティアに再開し挨拶を交わしたギゼルは『美味い物を作ってくるぜ!』と言ってカウンターの中に戻っていった。
そしてプレスは、
「ん!何も言わずに出て行くなんて!」
「黙ってこの国を出て行ったことはおれが…。確かにね…、それに関しては謝罪するよ…」
カレンに謝罪していた。
レーヴェ神国聖印騎士団四番隊隊長カレン=ハイウィンド。
下ろした前髪で片目が隠れているが小柄で見目麗しい容姿をしている彼女は希代の天才と呼ばれる魔道具師で、様々な魔道具を研究・開発することに情熱をかける研究者である。
王城内部に大きな研究施設を持つ四番隊は日々、魔道具の研究・開発を行う騎士団としては特殊な体制を持つ組織として知られていた。本来は戦闘用魔道具の開発を中心とする部隊として創設されたのだが、近年はレーヴェ神国に暮らす民たちの生活を向上させるための魔道具も開発している。特にカレンが団長となってからはさらにその傾向が強くなり、彼女が作成した魔道具の数々はこの国の生活水準を劇的なまでに改善していた。
彼女の功績としては上下水道の整備が真っ先に挙げられる。上下水道の整備と時を同じくして彼女は給湯器を開発した。結果として風呂に入るという習慣が定着し衛生面の観点から民の生活環境が大きく改善された。さらに冷蔵庫の開発・普及による食糧事情の改善。魔導ランタンの出力を自在に調節できる機構を開発したことによる様々な用途に用いられる照明器具の発展。合成繊維と呼ばれる安価な繊維素材の開発は被服の業界に大きな影響を与えている。
日々研究と開発に明け暮れる四番隊の団員が戦いに参加することは原則としてない。しかしそれは彼らが闘うことができないということと必ずしも一致しているわけではないのだが…。
ちなみに魔道具に検証が必要でありかつてこの国で聖印騎士団長をしていたプレスは様々な口実を造られては多くの検証実験に巻き込まれていた。命の危機を感じたこともあったかと記憶しているが、今となってはいい思い出である。
そんなカレンは自身へ何の連絡もないままにプレスがレーヴェ神国を出奔したことにご立腹だったらしい。
「ん!ボクは寂しかった…。ごめんなさいは?」
「ごめんなさい!」
思わず頭を下げるプレス。
「ん!許す!だけどボクはお詫びの品を要求する!」
「お詫びの品って…?」
かつて様々な魔道具の検証に巻き込まれた経験が思い出されて思わず青ざめるプレスである。
「ん!団長は運がいい。マルコさんから天文学者ロマナ=ダリアスの研究記録を貰った。団長が手に入れた物だって聞いた。これをお詫びの品とする!」
「もちろん!あれは元々カレンに渡そうと思っていたからね?なかなかに興味深い内容だったろう?」
「ん!あんな昔にあれ程の研究を行う人がいたとは驚いた。ボクもまだまだ足りていないと感じた。もっと頑張る!!」
ふんす、と鼻息も荒く胸を張る少女の姿はとても可愛らしかった。
そんな彼らのテーブルにはギゼルがリエットとソシソンセックと呼んだ料理がある。プレスとティアの分も『とりあえずの繋ぎだ』ということでギゼルが出してくれていた。
リエットは豚肉を細かく刻み、塩を振って、ラードの中でゆっくりと加熱して作られる料理だと言う。脂肪分がペースト状になるまで冷やすことでパンなどに塗って食べるととても美味しい。
ソシソンセックは塩や香辛料で調味した豚の挽肉を腸詰して乾燥させたものだそうだ。バランスの良い塩加減と肉特有の風味と旨味が複雑に絡み合ってこちらもとても美味しい。
そしてどちらも最高に
「これは飲み過ぎるね…」
「こんな美味しいものが…、人族とはこのように美味なものを作れるのだな…」
「ギゼルさんの腕が大分入っているとは思うけどね…」
「ティアさん!な?あたいの言ったとおりだろ?これは朝まで飲める!」
「だから飛ばし過ぎですよミケさん!」
「ん!でも美味しいのは事実」
「カレン!分かってるじゃないか!今夜はあたいに付き合え!」
「ん!それを行うには対価を要求する」
「カレンさんまで巻き込む気ですか?」
「えー!あんたの検証試験に付き合うのって大変なんだよなー」
「ん!民のため!」
「それは分かっているけどさー」
そうやってわいわいと飲んでいると、
「お待たせした!常連さんと恩人が来てくれた素敵な夜だからこれで楽しんでくれ!」
満面の笑みでそう言いながらギゼルが皿を運んでくるのだった。
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