第272話 祭りの午後

 夕日が差し込む大賑わいの王都ガイアクレイス。プレスはティアを伴いとある場所を目指して歩いていた。二人ともフードは目深に被ったままだ。


 午前中にギルドで大歓声が上がった後…、


 正午を知らせる鐘の音を待たずして始まった冒険者ギルドが取り仕切る宴は瞬く間に王都の祭りにと進化した。一週間後にはレーヴェ神国が冬の祭典としている聖冬祭が開かれる。人々は今日をその前夜祭にしようと考えたらしい。これが翌年からの恒例になりそうで少し怖いと思ったプレスであった。


 大通りには聖冬祭と同様に出店が多数出され、飲食店もテラスの如くに店頭の歩道にテーブルを出した。当然の如く通りは人で埋め尽くされる。


 広場では大道芸人や吟遊詩人がその技を披露し人々の注目を集めた。彼らもプレスが一時的とはいえ帰還したこのタイミングこそが自分たちの活躍の場だと考えたのだろう。


 外に出て人々に顔を曝すと更なる騒ぎを招きそうだったためプレスは冒険者ギルドの建物内でギルドマスターや自分をよく知る馴染みの冒険者たちをテーブルを囲むことにした。そうこうしていると王城より運ばれてきた葡萄酒の樽が開けられ皆に振舞われた。


 この国を離れて五年になるが、基本的に冒険者達は変わっていなかった。プレスの馴染みは皆が高位の冒険者である。命を落としているようなことがなかったことにプレスは安堵した。話を聞けばプレスが居た頃よりもさらに国は安定的に発展しているようだ。魔物の被害も少なくなっているらしい。各騎士団と冒険者の連携がよく取れているとのことだった。聖印騎士団の分隊長たちの活躍も相変わらずらしい。


 そんな中、プレスとティアはある人物の話を聞くことになる。


「そういえばプレス!ギゼルって料理人を知っているか?」


 ギルドマスターのガンディアがらそう問われた。


「ギゼルさん?もちろん!エルニサエル公国のロンドルギアで知り合ったんだ!とても腕のいい西大陸料理を得意とする人だったよ。こっちに来たいって言ってたけど無事に来れたんだね。元気にしてる?」


「ああ。あの料理人はすげぇ奴だ!護衛を依頼した冒険者の案内でここにやってきた。お前の冒険者証の写しを見せられた時には驚いたものだがな。お前の紹介だから商業ギルドとの橋渡しは俺の責任でしっかりやっておいた。商業ギルドあっちでもお前の紹介だからかいい物件を探すことができたみたいだぞ。ちなみにギゼルの奴を護衛してきた冒険者達もここで活躍している。なかなか気持ちのいい連中だ」


 そう言ってギルドマスターがグラスに入った赤葡萄酒を口へと含む。


「俺も何回かギゼルの店に足を運んだがあいつの料理はどれも本当に美味いな。東にあるこの国で西大陸の料理はまだまだ珍しい。今は知る人ぞ知る料理屋って感じだがいずれ人気になるだろう。国の外に行くこともある聖印騎士団の連中は特に気に入っているようだしな…」


 そう聞いたプレスはガンディアから店の場所を聞くと日が傾く頃合いまで冒険者達を酒を酌み交わすと冒険者ギルドを辞してティアを伴い外へと出た。もちろんギゼルの店へと向かうためである。


 …ということがあって、プレスはティアを伴い賑わいが衰えることがない通りを歩いている。


「どうやらギゼルさんはいい冒険者に依頼することができたようだね。よかった…。安心したよ」


「うむ。この街でも店を出せようだし、ガンディア殿も彼の料理を褒めていた。順調なのだろうな」


「楽しみだね。それに護衛の依頼を受けた冒険者のパーティって人達にもお礼をしたい気分だよ。彼らが何か困るような事態に直面したらできることはしてあげたいね。優秀な冒険者はこの国にとって大切だし…」


 そんな話をしながら飲食店の多い一つの中通りへと歩を進める。やや細い通りになったからか出店は出ていないが居並ぶ料理店が通りにテーブルを出している。人通りは相変わらず多い。その通りで一店だけ通りにテーブルが出されていなかった。入り口の横に大きな窓が付いており、真っ赤なオーニングと白い壁が周囲の目を引いている。看板の類は見当たらない。


「数年たっても街の通りは覚えているものだね…。ガンディアさんが言っていたのは確かここ…」


 プレスがその店の窓を覗き込んだ時、


「ギゼルさん!天才!!このリエットとソシソンセックがあればあたいは永遠に赤と白の葡萄酒を飲んでいられる!!もう誰もあたいを止められない!!」

「ミケさん!気持ちは分かりますが最初から飛ばし過ぎですよ!!今日は冬の定番料理と紹介頂いたカスレという料理を予約してきたんじゃありませんか?」

「ん。こうなったミケはもう無理。カスレはボクたちだけでたのしむことにする」


 聞き覚えのある声が彼の耳へと飛び込んでくるのであった。

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