第271話 そしてやっぱり騒ぎになった

 レーヴェ神国には幾つかの騎士団がある。それぞれが魔物の討伐、治安の維持、冒険者と協力したダンジョンの探索などを行っている各騎士団に騎士団長がいるのだが、この国で単にと言えばレーヴェ神国聖印騎士団の団長を指す言葉となっている。


 実は同じような言葉がもう一つある。この国においてあねさん、ねえさん、おねえさま、などという呼称を使う場合、それも唯一人の人物を指す言葉であった。その人物こそ聖印騎士団で一番隊隊長を務めていた今は亡きユリア=イーリス。プレスが力を継承する前の神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクであり彼の恋人であった女性である。


 神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの力に裏打ちされた聖印騎士団の幹部を務めるに相応しい圧倒的な実力、常に人々の平穏を願う慈愛に満ち溢れたその心、そして冒険者達とも気楽に付き合うことができる洒脱な気質を併せ持っており、全ての民から愛される素敵で最高、そして最強な女性と謳われた人物である。


『皆に告げるわ!!プレスはこれからフリーよ!これはチャンス!優良物件だしね!私を忘れさるくらい夢中にさせてものにしなさい!!これは命令よ!!』


 まさかそんな言葉を残していたとはプレスも驚きであったが、同時に彼女らしいと思うプレスである。


「私のお墓を護りながらこの国で騎士を続けるっていうのはやめてよね。それじゃ私があっちで落ち着かないわよ?」

「プレス!旅に出て!私のこの力がきっと役に立つ…。あなたは困っている人を放ってはおけない。きっと行く先々であなたの力が必要になるわ」

「この国は大丈夫。みんな強いから。それは分かっているでしょ?そして、いいこと?世界を回っていい人を見つけ私に報告しなさい」


 絶対に解くことができない死に至る呪いを受けベッドで横になっている彼女から言われた言葉が思い出される。


 徐々に衰弱してゆく中、彼女は笑顔を絶やさなかった。


「ねぇ、プレス…。笑ってよ。私はあなたの笑顔が好き…」


 そこで過去の思い出を中断し、現実へと目を向けるプレス。プレスは改めて周囲を見渡すが、このお祭り騒ぎは止められそうにもない。


「野郎ども!!今日は英雄が女を連れて帰還した記念すべき日だ!!今日という日を祝わなくてどうする!宴だ!!商業ギルドに連絡して酒と食材、料理人を確保!そして王城にここらの地区一帯で宴を開くとの連絡を入れろ!!」


 ギルドマスターがノリノリで指示を出す。呼応するかのように冒険者達から歓声が上がる。


 聞いていた受付嬢やギルド職員たちが動き始めたその時、ギルドのドアが開いたかと思うと王城からの正式な手順で認められたであろう書状を手にした配達人が駆け込んできた。ミランダが慌てて書状を受け取りギルドマスターに手渡す。


 書状を開いて目を通したマスターが握った右手の拳を頭の高さへと振り上げた。これはこのレーヴェ神国の冒険者ギルド独特の風習だがギルドマスターがスタンピードの処理などの大規模討伐依頼で指示を出す際、皆の注目を集めるために行う仕草である。


 反射的にホールにいた冒険者達が動きを止め、ギルドマスターに注目する。


「聞け!王城からの連絡だ!!英雄の帰還を祝って王城の酒蔵と食糧庫を解放してくれるらしい!既に他の街や村にも酒や食料が届いているとのことだ!俺達には費用、酒、食料は全て国が持つから王都ガイアクレイスを挙げて今日という日を祝えとのお達しだ!!」


 この日一番の歓声がギルドの建物全体を揺さぶる。同時に幾人かがプレスの帰還を街中へと伝えるために走って行った。


「こうなるか…。それにしてもあいつは相変わらずだね…。全部お見通しってことかな…」


 喧騒の中、ティアだけはプレスの呟きを耳にしていた。

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